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古城物語 〜猫たちの時間4〜  作者: segakiyui
4.天使死す
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4

「嫌いなんだから!」

 まるで腕に這い回る毒虫を見つけたように、朋子は吐き捨てる。

「あの人、すううごく嫌いっ!」

 振り返って舌を出し、世界で一番不愉快な場所から逃げるように、どんどん俺の腕を抱えて歩いていく。

「あたしの前であんなふうに笑ったことなんて、一度もないし!」

「えーと」

「周一郎よ!」

 唇を曲げて言い放つ。

「そりゃさ、初めて会った時、かっこいいとは思ったわよ? たった14で朝倉家を動かしてる天才だって聞いたし、見かけもいいし? …だけど、実際会ってみたらどう? 冷たいしにこりともしないし」

 きゅ、と唇を噛み締める。

「やっと笑ったかと思ったら、嫌ぁな笑い方しかしないし…何かこっちを見透かしてるみたいだし」

 朋子はずんずんと幾つ目かの角を曲がった。

 俺にはもう城のどのあたりにいるのかわからなくなってきていた。帰りは是非、朋子と一緒に帰ろう。置いてけぼりにされてしまうと、道に迷って餓死しそうだ。そもそも、こういうバカだだっ広い家にはそれぞれの角に標識とかつけておいてほしい。こっちが食堂とかこっちが洗面所とか。例えば、もし急にトイレに行きたくなったら、一体どうするんだ……。

「う」

 考えた途端、ぞくりとする。やばい。マジに行きたいかもしれない。

「なのにさっきの顔見た? あんな顔して笑って!」

「あの」

 話し続ける朋子にトイレの場所を尋ねようとするが、相手は俺の声が耳に入ってないようだ。

「あのさ、朋子ちゃ」

「にこ? そうよにこっ、よ! 何よあれは一体! 反則でしょ!」

「あのね」

「ほんと、信じられない!」

「ちょっとあのさ!」

「何よもう!」

 ぎらっと目を光らせて振り向いた相手に、おどおどと尋ねる。

「トイレ、どこ?」

「とい……っ」

 朋子はいきなり吹き出した。

「滝さんも信じらんない!」

 いや信じてくれなくてもいいからとにかくトイレに連れてってくれないと、もっと信じられない事態が出現するぞ、と冷や汗を流している俺を、けらけら笑いながら朋子はトイレに案内してくれた。

「ふ、う……っ」

「…終わった?」

「はいすみました、ありがとう」

 外で待っていた朋子にぺこりと頭を下げる。その俺の仕草がおかしいと、また朋子は笑い転げ、何とか機嫌は直ったようだ。

「これ、今までの城主なんだって」

 トイレから離れていきながら、肖像画のかかる回廊を通り抜けた。

「へえ」

「若い人もいるし、おじいさんもいる。女の人はあまりいないね」

「そうだな…」

 さっさと先を歩いていく朋子にせかせかと付いていきながら、肖像画を覗き込む。

 どれもこれも立派な金縁の額に入り、豪奢な衣服で正装している姿は華々しい。こちらを見つめる目の色は違うが、強い意志をたたえる視線は共通していて、暗い背景をバックに、視線のビームで圧倒される気がする。

「滝さん!」

「あ、はいはい」

 少し先で苛ついた顔で腰に手を当てて待っている朋子に、俺はへこへこと走り寄った。今の状況では、彼女の機嫌を損ねたら最後、俺はこの城の中でサバイバルごっこをすることになるのだ、たぶん。

「何見てたの? 面白い?」

「あ、うん」

「よくわからないな……でも、もっと面白いものがあるわよ、ここには」

 朋子はふいに何を思いついたのか、悪戯っぽく瞳を輝かせた。色白の肌が僅かに紅潮する。

「たとえば、ね」

 つい、と側の柱のレリーフに手を触れる。女神の像のようなレリーフ、その手にある時計の振り子のような部分を数㎜、右へずらせてみせる。

 レリーフが動くだけでもびっくりだが、どこか遠い所からきしる音が響いて、がたんっ、と戸が外れるような音がした。それを待っていたように、朋子が柱の隣の壁を押す。そこがゆっくりと奥に沈み、俺は瞬きした。

「ふふっ」

 嬉しそうに朋子が笑う。

「通路?」

 壁の凝った造形に埋もれてわからなかったが、よく見ると確かに小さなドアが作られている。

「こっちよ」

 朋子はそのドアを開けて俺を呼び、平然と中に入っていく。俺はおそるおそる彼女に続いた。

 中には暗く重い闇が沈んでいる。かび臭い匂いと、得体の知れない妙な空気の流れ。肌寒いのは気温が低いだけじゃないよな、きっと?

 ぼうっといきなり灯がともった。片手に小さな光、ランプのようなものを掲げた朋子が浮かび上がる。次の瞬間、ドシーンと重い音をたてて空間が閉じられ、ランプの光以外は、どちらを向いても原始の闇が広がっている場所に閉じ込められた。

「な、なに?」

 だらしないと思うなら勝手に笑ってくれ。怖いものに対して平然としていられるほど図太くない。いくら可愛い女の子の前でも、怖いものは怖い。

「わ、わっ」

 俺は無言で歩き始めた朋子を慌てて追った。


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