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古城物語 〜猫たちの時間4〜  作者: segakiyui
1.エスケープ
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「コ、コンニャクシャ?!」

「婚約者です」

「誰の?」

「僕の」

 沈黙が俺と周一郎の間に漂った。何かの聞き間違いではないかと、真正面から周一郎の淡々とした顔を見つめる。

 春、3月上旬午後、周一郎の居室。

 確かにそろそろ陽気が気持ちに関係する季節ではあるが。

「……お前が女に興味があるとは思わなかった」

 というより、仕事以外のことに、というべきか。

「滝さん」

「あ、うそうそ」

 周一郎がひんやりとした視線を投げてきて、慌てて前言撤回を試みる。

「俺はただ、お前がどんな顔で申し込んだのかと思ってさ」

 それでも20歳前に婚約者って、どこのお貴族さま……まあ、確かに現在の貴族と言っていいほどの財力と地位は兼ね備えているのか。

「別に、申し込む申し込まないということではありません」

 机の上の書類に再び視線を落としながら、周一郎は感情を含まない声で続けた。

「朝倉家にとって、仕事上必要でしたし」

 ひとまとめにした書類を慣れた手つきで茶色の封筒に落とし込む。表に宛先のメモをつけて、処理済みのケースに入れる。続いて次の書類を手に取る。この19歳の手一つで、朝倉財閥の巨額の富と権力は動かされていき、業界の上位から揺らがない。

「どうでもよかったんです。その頃も僕は仕事に追われていたし、結婚相手に悩んでいるほど暇じゃなかった」

「政略結婚か!」

「それほど甘いものではないですよ」

 ちらりと周一郎は魔的な笑みを唇に漂わせた。端整穏やかな容貌が一転して酷薄な印象になる。

「四年以上、会いにも行かない婚約者ですからね、僕は」

 幾分自嘲の響きが滲んだ。

「4年以上も……っていうと、15歳で?」

「14歳です」

「……14歳ですって……相手は文句言わなかったのか?」

 14なんて、世間じゃ中学生だ、将来の展望も何も、相手だって企業のメリット云々を考えて選ぶような年齢じゃない。

「相手は13歳です」

「……戦国時代だな」

「父親の命令は絶対という家ですから」

「ますますだ」

 にしても、最近の13歳が、そんな大人しくはいはいと従うもんだろうか。

「納得してねえんだろ?」

「…さあ」

 周一郎は次の書類に数カ所印鑑を押し、サインを書き入れて首を傾げた。

「不服だとしても通らないでしょう」

「おいおい」

「相手の家は、朝倉家と財力権力とも釣り合っています。海部敏人にとっては有利な縁組みだったでしょうね」

 小休止のつもりなのか、手を止めて静かな口調で話し始めた。


「結婚?」

 周一郎は突然の話に見ていた書類から顔を上げた。

 パートナーであり、義理の父親である大悟は軽く頷き、デスクを離れて周一郎の隣に腰を降ろした。

「永久に独身を通す気はないだろう?」

 たかが14歳の男に独身の何たるかも現実としてはわかっていないはずだが、大悟の口調にはそういう子ども扱いする見くびり感はない。対等の男として、仕事の提案を持ちかけるような表情だ。

「そりゃ、そうだけど」

 周一郎は口ごもった。

「でも、ぼくは今、14、だろう? 世間一般からすれば、ちょっと早すぎることはない? あまり目立つのは困るな。仕事がやりにくい」

「仕事のためだと言ったら?」

 大悟は煙草に火をつけ、ふ、と薄青い煙を吐き出した。その横顔に周一郎には閃くものがあった。

「海部産業だね? 最近海外ルートを延ばしてる」

「その通り」

 その頃、大悟と周一郎が狙っていたのは、海外へのパイプラインとしての海部運輸の力だった。海部は古来から海と諸外国を相手取って伸びて来た商人で、業界の中でも人脈を生かした飛躍力が注目されていた。

「朝倉大悟の狙いとしては、あのパイプラインを自分のものにしておきたい、と」

「察しがいいのは有難いね、説明が少なくて済む。海部には娘が一人いる。朋子という13歳の生意気盛りだ」

 大悟の瞳は穏やかな笑みを裏切る冷徹な色をたたえている。

「どこから聞きつけたのかは知らないが、海部の方でも朝倉家、特にお前に眼をつけていたらしい。朋子をお前が娶ることと引き換えに、朝倉財閥の力を使わせて欲しいと言ってきた。もちろん、こちらが海部の海外への影響力を欲しがっているのを見抜いた上だがね」

 周一郎は苦笑した。『娶る』とはずいぶん古風な言い回しだ。どうせ、海部敏人が口にしたことばなのだろう。事実の表現としては稚拙、実の娘を生贄にする男が言うには、あまりにも美しい。

「そう」

 周一郎は皮肉な笑みを返しながら応じた。

「大悟はパイプラインを得ると同時に、海部の口塞ぎもしたいわけだ」

 朝倉家の影に周一郎の存在があるのを知っている者は少ない。噂でも広められては、人権だの義務教育だので余計な横槍が入るのは目に見えている。

「そういうことだ」

 周一郎の鋭さを知っている相手は、本音を見抜かれても動揺しなかった。もちろん、周一郎のそういう『使い方』も考えていなければ、引き取ることはなかっただろう。

「ぼくなら構わないよ」

 状況を把握してしまえば興味はなくなる。次の書類に手を伸ばす。

「うっとうしいゴシップ好みの記者に追い回されることがないならね。誰でも同じことだし」

「そちらの手配は済んでいる」

 大悟は密やかに笑った。

「じゃあ、話を進めよう」

 もちろん、大悟のことだ、とっくに手駒は動かされつつあるはずだ。

 軽く頷いて、周一郎は確認の済んだ手元の書類を相手に差し出した。

「じゃ、一緒にこれも進めておいて」

「……なるほど」

 一瞥した大悟がひやりとした視線で周一郎を見下ろす。どこか猛獣を思わせる猛々しさに、たじろぐことなくにこりと笑い返した。

「海部運輸を利用した場合の、この前のプラン。一応考えておいたよ、シミュレーション程度だけど」

「進めよう」

 受け取って、大悟は静かに背中を向けた。


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