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二つとない物語  作者: 福田スケルトン
3/4

プロローグ3

 気が付くと、真っ白な世界にいた。

 僕はどこかに流されている感覚に包まれている。

 ここに来るのは二度目だ。


 来る時と同じように、ただ流れに身を任せればいいのだろうと思って、全身の力を抜いて、置き土産について考える。


 僕は、最後まで隠し通した秘密を、完全に持て余していた。

 自己犠牲では誰も幸せになれない。

 それに気づいた時には、もう”契約”の後だったからだ。


 秘密を打ち明けるチャンスは何回もあった。

 だけど、言ったところで、どうしようもないことだから、これこそは墓場に持っていくことに決めたのだ。


 僕は、右腕の未来を代償に、戦闘能力を得た。


 そして同時に、右腕の過去を代償に、”ウェンツァ”を召喚する契約もしていた。


 僕の右腕が成したことは全て、忘れられる。

 きっと、僕の認識は、現場にいた兵士Aくらいのものになるだろう。


 右腕から、また何かが流れ始めた。

 それはさっきとはまた違った感覚で、重みや幸せなんかが噴き出していくようだった。

 僕の右腕の輪郭が、限りなく薄まっていく。

 皆が、僕のことを忘れていくことが確信できた。


 だけどもう怖くない。

 好きなだけ、持っていくといい。


 これは流石に止められると思ったから、猫にばれないように、こっそり”契約”した。


 だれか気づいただろうか。

 あの剣は、聖剣ではなく、“ウェンツァ”だということに。

 “ウェンツァ”は、強力ではあるけれど、本質はただの剣だ。

 ただし、聖剣みたいに、たくさんの人の人生を狂わせたりしない。


 もう悲劇は十分だ。

 神を自称する正体不明野郎の、掌の上で踊るのは、もう終わり。

 何周も同じことを繰り返し、多くの人を犠牲にし、時に救われ、時に滅ぶ。

 そんなループは、ここで断ち切る。

 そろそろあの世界は、エピローグの時間だ。


 僕の考えは、間違っているのだろう。

 僕が100の苦しみを負うんじゃなくて、100人が1の苦しみを分け合う。

 皆は、そんな考えを持っている。

 そんな人たちだから、僕も本気になれる。


 ともかく、今の僕にできることは、世の中としっかり向き合いながら生きて、もう手の届かない世界を想うくらいだ。


 そんなことを考えているうちに、また意識が遠のいていく。









 目が覚めた。


 それは熟睡した後のように、スッキリとした目覚めだった。

 真っ白い天井が、視界いっぱいに広がっている。

 端の方に、プラプラと揺れる何かがあって、そこから何やら紐が伸びていた。紐を追っていくと、僕の右腕に繋がっている。点滴だ。

 ここは病院か。


 そして、僕の右手を両手で包み込むように握っているのは、父だ。父だとわかる。

 最初から何一つ忘れてなんていないかのように、僕の記憶ははっきりしていた。

 父は、その両手を額に当てて、祈るように、何やらブツブツと呟いている。

 右腕の感覚だけはないままだった。


 モゾモゾと僕が動く気配に気づいて、父は顔を上げた。

 目があう。


 父は飛びつくように僕に抱き着いてきた。

 そして、大声で泣いた。

 泣きながら、別人の様に、僕を心配してくれた。


 いや、ただ僕が父から顔を背けていただけか。

 父はどんな時も、僕のことを考えて、守ろうとしてくれていたのだろう。


 憑りつかれたように仕事をしていたのも。

 いつも死んだようにつまらなそうな顔をしていたのも。

 全然家に帰って来なかったのも。

 全部、僕のためだったんだ。

 不器用な父なりに、母の分までと、頑張っていた。

 今なら、それがわかる。


 ただ僕は、構ってもらえない寂しさから、拗ねていた。


「父さん。」


 僕はそっと呼びかける。


 どうした。どうした。俺はここにいるぞ。

 と、まるで一瞬でも話すのを辞めたら、僕が消えてしまうんじゃないかって思っているように、父は喋り続ける。


「今まで、邪険にしてごめん。」


 父は少しポカンとした。

 そして、もっと顔を崩して、ぽろぽろと、大粒の涙を流した。


「お前が無事なら、それでいいんだ。」


 父は絞り出すように、噛み締めるように、そう言った。


 それから僕らは、今までのこと、これからのことを話した。

 長い長い話だった。

 けれども父は、僕の言うこと全部を、時折質問をしながら聞いてくれた。

 そして僕も、父の聞くことに正直に答えた


「父さん。」


 最後に、僕が体験した本の中の話をしようと思った。

 信じるのは難しいだろうけれど、僕の話を、まったく切り捨てはしないだろうと確信できる。


「今からまるで信じられないようなことを話すけど、いいかな?」


父は一瞬ポカンとしてから、柔らかく笑った。


「信じるよ。」


 悩みもせず答えた父に、僕は胸が温かくなって、とても安心した。

 この胸の熱が、多分、信頼とか信用とかいうものだろうな、と思った。


「二つとない物語っていう本を・・・」


 それは、さっきよりも、とてもとても長い話になって、話すだけでくたびれてしまった。

 父の感想も待てずに、終わると同時に寝てしまった。

 ただ、僕の話を聞いている時、父は決して馬鹿にしたような顔はしなかった。




 それからは、少し慌ただしい毎日が続いた。


 相変わらず右腕は動かなかったから、リハビリが必要だった。

 医者にも随分根ほり葉ほり聞かれた。

 どうせ信じてもらえないだろうから、急に意識を失って気づいたら右腕が動かなかった、と突き通した。


 警察も一応来た。

 ただ、僕も父も何事もなかったかのように落ち着いていたので、少し話をして帰っていった。


 父はひっきりなしに顔を出した。

 朝や夜だけじゃなくて、仕事の合間にも時間を見つけて、病室に来てくれた。


 学校からも、何人かお見舞いに来た。

 皆、最初は先生に指名されて嫌々来たことを、隠そうともしなかったけど、僕にはどちらでもいいことだった。


 そんな風に、三週間ほど経ったある日の昼、僕は退院した。


 父と一緒に家に帰ると、見違えるように綺麗になっていた。


「家政婦でも雇ったの?」


 ズボラで、家事が苦手なことは知っていたから、素直にそう聞く。


「自分でやったんだ。これからは家事も頑張ろうと思ってね。」


 ポリポリと頬をかきながら、苦い顔をした。

 その仕草は、ハスクさんに似ていた。

 きっと父も、誤解されやすいタイプなんだ、と改めて思う。


「じゃあ、僕にも教えてよ。これからは、一緒にやっていこう。掃除とか料理とか、全部。」


 ハッとした顔をして、次に嬉しそうに、そうだな、と言った。

 一緒にやろう、と。


 父はその後少ししてから、仕事に戻った。

 夜は一緒にピザを焼く約束をした。


 さてと。

 僕には、一つ、やらないといけないことがある。

 夜までに終わらせてしまおう。




 こっちで目覚めたときに、なぜだか病院の枕元に置いてあった本を持って、例の雑貨屋に向かった。


 入り組んだ裏路地を、何度も曲がった。時折、猫や犬やホームレスとすれ違う。

 数えきれないくらい角を曲がった先に、さび付いた鉄の階段と、その上にあるパイン材の扉が、やっと見えた。

 ここに来るのは二回目で、道をはっきり覚えているわけじゃなかったけれど、何故だか、一度も迷わなかった。


「お邪魔します。」


 一番奥にあるカウンターの向こう側で、真っ白な頭のおじいさんが、パイプをくわえて新聞を読んでいる

 彼は、玄関が開く音に反応して、チラリと僕を見たけれど、すぐに新聞に目を落とした。前回と全く同じ様子だった。


 彼の前まで行って、カウンターに本を乗せる。


 彼は、興味なさげに一度本を見た後、すぐに驚いたように二度見した。

 その歳でそんなに速く動いたら、それだけで死んでしまうんじゃないかと、心配になった。

 新聞とパイプを横に置き、何度か僕と本を見比べた後、震える声で聞いてきた。


「行ったのか?」


 主語と目的語がなかったけれど、本の中のことを指していることは、確信できた。


「はい。」


 だから僕も、短く答える。

 彼は、そうかと呟いて、自分の頭を撫でた。

 そして、最初の印象からは想像もできないくらい、優しい口調で話す。


「君の物語を聞かせてくれないか。」


 すぐに、はい、と答えた。そのために来たんです、と。


 彼はカウンターの奥から、小さな椅子を渡してくれて、腰掛けた。

 そして僕は、話し始める。




 終わった後に、壁に掛かっている時計を見ると、僕は3時間くらい話していたようだった。

 それでも、父に続いて二度目だったから、随分スラスラと話ができたと思う。


 彼は、その間、一言も話さなかったけれど、時々唸るような相槌を打っていたから、しっかり聞いていたことはわかった。


 話が終わったあと彼は、そうだったのか、と呟いて深い息をついた。


 カウンターの横にある小さな冷蔵庫から、コーラの瓶を二本掴む。

 何やらごそごそとカウンターの奥で手を動かして、栓抜きを見つけた。

 シュポッ、シュポッと、手際よく栓を抜く。

 ひどく喉が渇いていたから、炭酸の音を聞いているだけで、口の奥にじんわりと涎が溢れてきた。

 彼は、一本を僕に差し出す。


 ありがとうございます。と僕は受け取って、すぐさま飲む。

 全身に染み渡るようにコーラが入ってきて、生き返るようだった。

 全部飲み干して、やっと一息つく。


「次は、あなたの話を聞かせて下さい。」


 彼は、優しそうに微笑んで、それでいて悪戯っぽく言った。


「俺の物語っていうのは、なんだろうな。」


 真意がわからなくて、首を傾げた。

 そんな僕に、彼は諭すように言い聞かせる。


「物語は、まだ終わってないってことだ。」


 まだ抽象的すぎて、理解できなかった。

 彼はさらに続ける。


「君の物語は、一度終わったのか?明日からは、全く新しい物語が始まるのか?そうじゃないだろ。君が今話してくれたことを、もう一度よく考えてみなさい。」


 何か少し、とっかかりのような物が見えた。

 とても重要なことを忘れている気がする。


「あの頃の俺には、気づけなかった。だが様子を見るに、君ならわかりそうな気がするんだがな。」


 考えろ、考えろ、考えろ。

 自分に強く言い聞かせた。

 今この瞬間で、僕の人生が決まると、なぜだか確信できた。


「二つとない物語。俺は、その意味を勘違いしていた。俺の、俺だけの特別な物語。それを心底大事にしていた。だけど、そうじゃなかったんだ。」


 僕の中で、何かがハマった。

 クロスワードの一番重要なピースが分かった時のように、次々に連鎖して広がっていく。

 一瞬と待たずに、全て繋がった。


「わかったか。」


 ニヤリと彼は笑う。


 僕は、叫ぶようにお礼を言う。


「ありがとうございます!やらないといけないことができたので、今日は帰ります!」


 彼は、満点だとでも言いたげな、重厚な笑みで返した。


「また会おう。物語は終わらないのだから。」


 次の瞬間には、後にも先にも、僕の人生のどんな瞬間よりも早く動いて、店の扉に向って走り出した。


 まだ終わってない。

 彼女が言ったように、カッコつけて、心の傷を眺めて悦に浸るには、随分早かったようだ。

 どうして僕は、こんな重要なことを忘れてしまっていたのだろう。


 体当たりするように店の扉を開けて、開き切るのすら待てなくて、隙間に体をねじ込むように、飛び出した。


 階段が軋むのなんておかまいなしに、一気に駆け下りる。

 勢い余って、階段の終わりの壁に、顔からぶつかった。

 鼻血を拭う時間も惜しくって、何事もなかったように、走り出す。


 一歩一歩、しっかりと地面を踏みしめて、強く蹴りだす。

 こっちの世界では、随分長い間運動なんかしなかったせいで、全身が悲鳴を上げている。

 筋肉がミチミチと、骨がギシギシと音を立てる。


 でも、そんなのは関係ない。今はただ、走るんだ。


 走れ!走れ!!走れ!!!


 痛みも苦しみも置き去りにして、僕は一片の希望に向って、一心不乱に走り続ける。








 人生は、小さな物語の積み重ねなんかじゃない。

 独立して、それ1つで説明できる物語なんてないのだから。

 どんな些細なことも、実は全部繋がっていて、それらがたくさん集まって、絡まって、一つの僕という物語になる。


 僕は今、“挫折して、成長して、また失った自分”という物語を語っているんじゃない。

 僕の弱さも、情けなさも、喪失も、勝利も、栄光も、ずっと昔も、ずっと未来も、そしてもちろん今も。

 それらが全部混じり合って、僕がいる。


 もっと言えば、僕の物語は僕だけのものじゃない。

 世界は、ここまでが僕の物語、ここからは君の物語、なんて区切れるものじゃないんだ。


 愛おしくてたまらない人や、殺したいほど憎い人、全然関係もない人、例えば電車で隣に立っただけのような人たちも、きっと、彼ら彼女らがいなかったら、僕はここにいなかっただろう。


 全て、そう、“全て”が、絡み合って、一つの大きな物語になる。


 物語は、この世界という一つしかない。


 だから僕らは”二つとない物語”の中に生きているんだ。


 だから僕は、叫ぶ。


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