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勇者、混乱する

 アルオンは一瞬、何かの間違いだと思った。自分が魔犬グリムと少女の気配の区別もつかなかったという事実がとても信じられなかったからだ。しかし、地面に膝をつき、自分を見上げてくる少女のおびえた目つきと、少女が着ている質素な服の右肩部分が不自然に破れ、露出した肌から血が流れ出ているのを見てとると、アルオンは現実を受け入れざるを得なくなった。自分はいたいけな少女と魔界の生物を間違えて攻撃してしまったのだ、と。

 アルオンは罪悪感と、一瞬で自分の人生がゲームオーバーの瀬戸際まで追い込まれてしまったことへの絶望感によって発狂しそうになった。しかし、狂気に呑まれる寸前、アルオンはあることに気づき、正気を取り戻した。

「それは………」

 アルオンは少女の頭を指差してつぶやいた。アルオンの指の先には犬の耳のようなものが二つ、ピクピクと動いていた。その少女の頭からは耳が生えていたのだ。

 その時、アルオンの視界の隅に、地面でのたうつふさふさした尻尾のような物が映った。思わず視線を地面に落とすと、それは尻尾のようなものではなく、紛れもない尻尾そのものであるということが分かった。その尻尾の根元は少女の臀部でんぶに繋がっており、そのことからその尻尾が少女から生えているものであるということがわかる。

 アルオンは目の前の犬の耳と尻尾の生えた少女を、新種の生物を発見した学者のような目で見つめた。そして、

「お前は一体……」

 何者なんだ?と、アルオンが問いかけようとしたその瞬間、その少女は行動を起こした。彼女は突然、倒れていた状態から飛び起きると脱兎のごとく駆け出し、その姿を森の奥へとくらませたのだ。

 アルオンは目の前で起きた突然の脱走劇に、不覚にも反応することができなかった。しかし、すぐに気を取り直すと、逃げた少女を追いかけるためにその身を森の奥へと進めた。

 アルオンは少女を追いかけながら、何故自分があの少女を追いかけているのか考えた。

 傷を負わせたので手当をしなければいけない。間違って攻撃したことを謝らないといけない。いろいろと考えつく理由はあったが、そのどれもアルオンの今の気持ちにピッタリと一致はしなかった。

 アルオンはそんなことを考えながらしばらく少女を追跡していたが、突然、予想だにしない事態が発生した。さっきまではっきりと感じられていた少女の気配が急に感じられなくなったのだ。アルオンは追いかけている間、少女の姿を目でとらえることができなかった。しかし、さっきまでは気配を探知することができたので、その感覚を頼りに歩を進めていたのだが、その頼りにしていた気配が突然感じられなくなってしまったのだ。

 アルオンは一旦立ち止まり、さっきよりも注意深く気配を探ってみた。それでもアルオンの感覚は怪しいものを何もとらえることができなかった。しかし、アルオンはあきらめずに、少女の気配が消えた辺りに向けて歩を進めた。

 しばらく歩くと、木のあまり生えていない広場のようなところに出た。そして、アルオンは広場の中心にある物を発見した。

 それは石で造られた門だった。アーチ型のその門は高さ三メートル、幅が二メートルほどあり、表面には見たこともないような文字がびっしりと彫り込まれている。

 何の変哲もない森の中にあって、異様なまでの存在感を放つその門の、しかしもっとも異様な点は、門のアーチの内側が墨で塗りつぶされたかのように真っ黒だということだろう。門の正面に立てば、そのアーチを通して向こう側の景色が見えるはずなのに、その門は真っ黒い空間が口を開けているだけで、他には何も見えないのだ。それは、明らかに何かしらの空間転移の魔法が働いていることを示していた。

 アルオンは、さっきの少女はこの門をくぐってこの先の通じているであろうどこかに行ったのだと確信した。そして、一瞬迷ったが、アルオン自身も少女を追いかけて、その門の暗闇にその身を躍らせた。


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