勇者、労働の素晴らしさを知る
第5話
「ヒュー…ヒュー……ヒュー………」
次の日の夕方、勇者は死にかけていた。人間が油断するのを待ち構えていた魔王軍がついに侵攻してきて油断していたアルオンに致命傷を負わせた……わけではない。
理由は極めて単純、スタミナが切れる寸前まで肉体労働を強いられたからだ。アルオンは手に持っていたくわを杖のようにして体重を預け、なんとかその場に立っていたが、その両脚は生まれたての小鹿よりもさらに頼りなく震えている。やがてアルオンはその体勢でいることすら苦しくなり、次の瞬間地面に向かって背中から倒れこんだ。
アルオンは荒い息を吐き出すと、
「くそ…仮にも勇者である俺のスタミナを切れさせるってどういうことだよ。あのババァ、『農家は毎日これぐらい働いてる』とかなんとか言ってたけど、この仕事を毎日は絶対ありえねぇ。だってこれ、俺じゃなかったら死んでもおかしくねぇもの。魔王を倒した後だってここまでしんどくはなかったぞ」
茜色に染まる空に向けて、今日感じた不満を一気にぶちまけた。しかし、口では不満を漏らしながらも、アルオンは一日の終わりを迎えるにふさわしい晴れやかな表情を浮かべていた。それは仕事をするものが等しく味わう、仕事を終えた瞬間のこの世のあらゆるしがらみから解き放たれたかのような解放感と、自分はやりきったんだという達成感からくるものだった。アルオンは大地の力強い安心感を背中に感じながら、今日の感想を漏らした。
「働くってのは、やっぱいいもんだな」
その時だった。
アルオンは懐かしい気配を感じた。しかし、気配を察知した瞬間に起き上がって周囲を警戒するアルオンの様子は、懐かしいとはいってもその気配がアルオンにとって決して好ましいものではないことを如実に物語っている。
アルオンが感じたのは魔族の気配だった。