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勇者、愚痴る

「なぁにが『親の死体のように荷物を大事にするとは言っても、親の死体のように火葬までするわけじゃないんですよ?』だバカヤロー!俺の一族は代々土葬って決まってんだよ!!」

「坊主。お主、本当に就職の面接に行ってきたのか?それだけ聞くと親の埋葬の仕方を相談しに行ったようにしか聞こえないんだが」

目の前でイライラをぶちまけるアルオンが本当に面接のことを話しているのかわからず、カウンターを挟んで向かいにいるグリーランスは疑問の声を上げた。

アルオンは、酒場『無謀な槍騎兵』《ドン・キホーテ》のカウンター席に座り、店主のグリーランスに先程の面接であったことを事細かに報告していた。しかし、すでにかなりの量のアルコールを摂取しているせいか、その説明は支離滅裂で、面接で何があったのかグリーランスには半分も理解できなかった。それでも、アルオンの様子から面接があまり上手くいかなかったことだけは感じ取ることができたので、彼は苦笑しながらアルオンに問いかけた。

「坊主よ、また駄目だったのか?」

「駄目とかそれ以前の問題っていうかぁ」

そう言うとアルオンは、手に持った真鍮のジョッキの中身に視線を落とした。そして次の瞬間、ジョッキの中身を一息で飲み干すと、空になったジョッキをカウンターにガンガン叩きつけた。

「おい坊主。ちょっとばかし飲み過ぎじゃないか?ここらで一旦落ち着いた方がいいと思うぞ」

「これが!落ち着いて!いられるかぁ!」

アルオンはグリーランスの心配そうな声を無視し、一言ごとにカウンターにジョッキを叩きつけた。

「あの面接官、俺のことを勇者の偽者だってぬかしやがったんだぞ!このアルオン・クロスライダー様に向かってよ」

「まぁ、それは仕方ないのではないか?お主、表向きはまだ王都にいることになっておるし、何より勇者が就職活動するなんて話、聞いたこともないからな。その面接官も、まさか本物の勇者がこんな田舎の村に面接を受けに来るなんて思いもしとらんだろう」

「それにしたって普通、本物の勇者となりすましの区別ぐらいつきそうなもんだがな」

「このような田舎の村ではお主の顔を知らない者も少なくない。何せ、お主は魔王を倒した後、王族に迎え入れると称して王都に閉じ込められてしまったからな。この辺りには、お主の名前と功績だけが伝わってきておるのだ」

「ったく、これだから田舎モンは」

ため息をつくアルオンを見て、グリーランスは苦笑した。

「まぁ、だからこそわしも、こうして静かに暮らしていけるのだがな」

その言葉を聞いたアルオンは、かねてから疑問に思っていたことをグリーランスに問いかけた。

「なぁグリーランス。お前は何で王都に残らなかったんだ?あの頃のお前なら王国軍の元帥にだってなれただろうに」

「そうさなぁ………」

アルオンの問いに、グリーランスは少し考え込むようなそぶりを見せた後、こう答えた。

「細かい理由はいくつかあるが、一番の理由としてはそう」

一息、

「わしは疲れたのだよ」

「疲れた?」

自分の言葉を繰り返すアルオンに、グリーランスは頷いた。

「私は魔王が現れるまでは人間と戦っていた。そして、いざ魔王が現れると、今度は魔王の手下達と戦うことになった。戦って戦って戦って、わしは戦い尽した。そしてついに平和を手に入れた時、ふと思ったのだ。『疲れたな』と。そう思ったとたん、妙に力が抜けてな。それと同時に、急に戦うのが怖くなった」

そこまでしゃべると、グリーランスは振り返って背後の棚から酒瓶を取り出した。そしてカウンターの下から小さなガラス製のグラスを取り出すと、琥珀色の液体をなみなみと注ぎ、一口飲んだ。

「で、わしが戦う事の次に好きだった酒がいつでも飲めるこの酒場を始めることにした。幸い、魔王を倒した報酬のおかげで資金はうなるほどあったからな」

ガハハ、と笑いながらグリーランスは再びグラスを傾ける。その様子を見ながら、アルオンは自分達以外誰もいない静かな店内を見回して、ため息をついた。

「こんな繁盛してない酒場、経営してて楽しいのか?」

「おう!日がな一日のんびりと過ごし、飲みたい時に酒を飲む。これ以上に楽しい人生があるか」

そう言いながら、空になったグラスに先ほどの茶色い液体を注ぐ彼の楽しそうな様子にアルオンは苦笑した。

「五年前はなんで王都に残らないのか疑問だったけど、今ならお前の判断が正しかったんだってわかるよ」

「何だ?その言い方だとお主が王都に残ったのは間違いだったと言っておるようだが?」

「俺はそう言ったんだよ」

アルオンはグリーランスの言葉に頷くと、言葉を続けた。

「今日の面接ではっきりした。こんな平和な時代に、勇者なんてもんは必要とされてない」

「坊主、そいつぁいったい………」

どういう意味だと、グリーランスが問いかけようとしたその時、

ピリリリリ。

静かな空間を切り裂くような、鋭い音が店内に響いた。

「おっと。失礼」

そう言うと、グリーランスはポケットから手のひらサイズの薄い水晶の板を取り出した。先ほどの音はこの長方形の水晶体から流れ出ている。

「はいもしもし?」

そう水晶体に話しかけながら店から出ていくグリーランスの背中に、

「ったく、営業中に携帯水晶(レイライト)なんかに出るからこの店は繁盛しないんだよ」

アルオンは苦笑しながらそうつぶやくと、空のジョッキを見つめてため息をついた。

「こんな世の中じゃ、あいつの判断が正解だったんだろうな」

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