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救世の終わり

  その地には生物の存在を感じさせるものが何一つとして存在していなかった。空には常に厚い雲が垂れ込めて日の光を完全に遮り、大地はかすかな生気さえ感じさせぬほどに荒れ果てている。その地に満ちる空気は汚れ、生物が生きる上で必要不可欠な水分は、地中にも空気中にも存在を許されていなかった。その地は生物が存在しないのではない。存在することができないのだ。草木一つ生えぬその死の大地を、人々は畏怖の念を込めてこう呼んだ。「エリアルの魔界」と。

 そして、エリアルの魔界と人間が住むウラヌ大陸を隔てているのが、ウラヌ大陸の北端に広がるドゥーリンの大渓谷だ。

 その大渓谷は、底は夜のごとき闇が広がるほどに深く、広さは対岸の存在を感じさせないほどだった。

 ドゥーリンの大渓谷は、人間界と魔界を隔てる文字通りの境界線なのだ。

 大陸中に広がる人間も、この大渓谷の近くには進出しなかった。過酷な環境を嫌ったというのも理由の一つだが、何より魔界に最も近いこの地を恐れたのだ。

 しかし、そんな人間の開発から逃れた地の景観に、違和感を醸し出すものが一つあった。

 明らかに自然に出来たのではないその建造物は城だった。しかしその建造物、城と呼ぶにはあまりにも不気味な外観をしている。材質のわからない物質で作られたそれは、曇天の空と同じくくすんだ灰色をしており、時折生きているかのようにドクン、と脈打っている。天に何本もの柱が伸び、その中心には一際太く高い柱がそびえている。その城は居住区として造られたのではなく、住んでいる者の威光を示すために作られたようだった。

 そして、今、その異様な外観の城を更に際立たせる現象が起きた。城の中心にそびえる柱の頂上付近の壁を突き破りながら、火柱が曇天の空に向かって吹き上がったのだ。火柱はしばらくの間、天に向かって伸び続けたが、次第に勢いを失い、やがてその身を空中で四散させた。

 火柱がうがった城の穴からは、両手を前に突き出して息を荒らげる少年の姿が見えた。少年は突き出していた両手を下ろし、大きく息を吐き出すと、後ろを振り返りながら拳を突き上げた。

「勝ったぞ!!」

 そんな勝利の雄叫びを上げる少年に近づいていく二人の人間の姿があった。一人は筋骨隆々の大柄な男で、もう一人は大きなローブを羽織は小柄な女の子だ。

「ガハハ!!やったな坊主!」

「痛て、ちょ、おい!あんまり強く叩くなって。オルビア、笑ってないでこいつを止めてくれよ!」

 男に叩かれて悲鳴を上げる少年の要望に、オルビアは微笑を浮かべながら応じた。

「やめなさいグリーランス。気持ちはわかるけど、そのまま叩いてたら、勇者を殺した新たな魔王としてあなたの名前が歴史に刻まれることになるわよ」

「おっと。ここまで来てそんな不名誉な名の残り方はごめんだ」

 オリビアに諭されてグリーランスは少年を叩く手を止めた。そして、その場から一歩下がると、改めて全身傷だらけの少年に真剣な表情を向けた。

「見事だ。アルオン・クロスライダー。そなたのおかげでウラヌ大陸は救われた。この地に住まう全ての民を代表して、礼を言う」

 そう言うと、グリーランスは深々と頭を下げた。少年こと、アルオン・クロスライダーはため息をつきながら、グリーランスの肩に手を置いた。

「顔を上げてくれよ、グリーランス。お前がいたからこそ、俺はここまで旅を続けてこれたんだ。これは俺だけじゃない。お前の手柄でもあるんだ」

「あら?その口ぶりだと、この旅に私は必要なかったってことかしら?」

 オリビアの不機嫌そうな声を聞き、アルオンとグリーランスは顔を見合わせると、同時に笑い出した。

「オリビアよ。もし、我らの旅にそなたは不要だったなどと言う輩が現れたら、そいつはわれがその場で斬り捨ててくれるわ」

「大袈裟ね」

 そう言いながら、オリビアは呆れたようにため息をついたが、しばらくして我慢できなくなったのか、プッ、と噴き出した。

 それから三人は笑いの発作が治まるまで、ひとしきり笑い転げた。そして、ようやくそれが治まると、三人は静かにお互いを見つめ合った。

「私達、ついにやったのね………」

 つぶやくオリビアの目からひとしずくの涙が零れ落ちた。

「そなたは相変わらず泣き虫であるな」

 オリビアを茶化すような口調のグリーランスの目にも、うっすらと涙が浮かんでいる。

 アルオンは二人の様子に笑みを浮かべると、力強く頷いた。

「あぁ。俺達は魔王を倒したんだ!」

 その時、アルオンのその言葉を合図としたかのように、突如、アルオン達のいる魔王の間に震えが走った。そして、その震えに続くように魔王城全体にさらに激しい震えが走る。震えは地響きに変わり、ついには断末魔の悲鳴と共に魔王城の崩壊が始まった。

 グリーランスは、埃と瓦礫の舞い落ちてくる天井を見つめながら、感慨にふけるように小さな声でつぶやく。

「主無き城に存在する価値なし、ということか」

「カッコつけてないでさっさと脱出するぞ!!」

 アルオンはそう叫ぶと、魔王城脱出に向け駆け出した。グリーランスとオリビアも迷うことなくアルオンに続く。

 真暦1999年。突如、魔界より侵攻してきた魔王軍と人間の戦いは、勇者アルオン・クロスライダー、大戦士グリーランス・ブロッケンシュタイン、魔術師オリビア・コバックス、この三人の活躍により、人間の勝利で幕を下ろした。

 そして、ウラヌ大陸にかつてない平和な時代が訪れた。


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