私ばっかり好きみたいで。
恋は見返りを求めるけれど、愛は見返りを求めない。
どこかの誰かが格言めいたことを言っていたような気がするけれど、無償の愛なんてそんな崇高な考え、自分には無理だった。
「雨になってきたな…」
カフェのガラス窓を伝う雨粒を見やり、向かいに座る彼が何となしに呟く。
無糖コーヒーの紙カップを持つ、男性らしい骨ばった手の指を見ながら、私は先日の友人との会話を思い起こしていた。
相手の好きなところベスト3を挙げて、という質問は、正直野暮だと思う。
だって、優しいとか心が広いとか真面目とか、そんな一言で彼を言い表せるものじゃないし。
例えば、字があまり綺麗じゃないとか一見ネガティブな要素も、まるっと彼らしいと含めてしまえば、それすらいとおしく思えてしまう。
恋は盲目とは、よく言ったものかも。
「そろそろ帰るか。明日もお前朝早いだろう」
「………そうね。早速の休みをごめん、わざわざ」
すっかり冷めきった抹茶ラテの残りを流し込み、私は彼に遅れて席を立つ。
私と彼とは、お互いの仕事上なかなか休みの日が合わない。
私は定時出勤定時上がりで休みも暦通りだが、外回りの彼は世間で言う週末や休日ほど稼ぎ時なんだとか。基本的に仕事日の帰宅時間もかなり夜遅いみたいで。
「いいよ、別に」
今日も、私の仕事終わりの時間に合わせて、日中遊びに遠出していたらしい京都から舞い戻って来てくれた。
夜ご飯を共にして、こうして中身のない他愛もない話をして。私が言い出して誘ったばっかりに。
京都へは一人で出掛けたのか、
あるいは、助手席に誰かを乗せたのかは、あえて聞かない。
というより、聞くのが少し億劫で、臆病だった。
何となく最近、彼との連絡頻度が下がった気がして、ふと、不安に駆られてしまったのだ。
私ばっかり彼のことを考えているみたいで。
メールが帰ってくる時間が遅いだけで、勝手に悪い方向に想像が膨らんで心がかき乱されて。メール受信の通知が届いていないか幾度となくスマートフォンの画面を見て、落胆して。
端的に一言ぐらいで返ってくる彼のメッセージに、毎回数文程度の文量のある私のメッセージ。その差が何となく、どこか寂しく心もとない。
私ばっかり彼のことを好きみたいで。
彼も同じようなくらい感情を抱くと思いたくて。少しでも確かめたくて。
押して駄目なら引いてみる、なんて器用な駆け引き、自分には歯がゆくて出来っこない。
だから、特に話したい悩みや話題があるわけでもないのに、適当にかこつけてメールで食事を誘った。
返事は、来た。
断らない彼は、優しいと思う。あるいは人づきあいについてはそれほど気にしない軽い性質なのか。
結局、入ったイタリア料理店でも続くカフェでも、会話は弾まないまま夜は過ぎていった。
私は心の中で自分にため息をつく。自分への自信のなさが頭をもたげる。
彼は、私といて楽しいんだろうか………。
「どうした?りるり」
口を引き結ぶ私に、ふと、彼が問い掛けてきた。
「ううん」私はそれ以上何も言わずに首を横に振った。
大事なことは口で直接伝えろなんて、そんなことは分かっている。けれどそんな勇気も湧かなくて、結局私は彼と分かれて帰宅した後、少し時間を置いて頃合いを見計らい、『そういえば、舞鶴でやってるイルミネーション、綺麗らしいよ』とメールを送った。
暫くして、案外早く返信が届く。
『やっぱり?』
彼も以前、そのイルミネーションが気になっていたような話をしていた。
インスタグラムに友人が投稿していたイルミネーション会場の写真を、彼にも送る。鮮やかなLEDが闇に煌めく光景には、彼も一層興味を引かれるに違いない。
『友達が、見応えあるって。ぜひ』
一緒に、行きたい。ただ、お互いの仕事とイルミネーション期間を考えれば、それがかなう可能性は低い。
だから、私はしばしの間、時間をかけて考えた末に
『行ってきなよ』
と綴った。
微妙な距離感だとしたら、一度置いてみるのもありかもしれないと思ったのだ。
恋心は扱いづらく、ままならない。
時には見ない振りをして、そっと仕舞いこんでみたりして。
冷静に考えれば、恋人未満の関係は脆く不確かだ。
彼からは連絡はなかなか来なかった。
もしかして私がどう返そうか返信の言葉を考えあぐねているうちに、早朝から京都行きだった彼は先に寝たのかもしれない。それか、面倒になったのか。
もやもやと考えて、自分もある程度見切りを付けてベッドに潜り込んだ頃、スマートフォンの通知ライトが灯った。
『休め笑』
いつものような短い、一言。
最初それは、メールのやり取りするには夜も遅い時間帯だから、いい加減に早く寝て休めという意味かと思った。
まだ眠気がないというようなメッセージを返すと
『イルミネーション行くから休み取れっていう意味なんだけどな』
と珍しく文章らしい文が。
イルミネーション…
…私と?
……期間中にタイミングがお互いに合うか分からないけどそれでも……?
私は、
すぐに短く一言返信をした。
いとも簡単に勝手に浮き足立つものだから、やっぱり恋心はままならない。
好きだという言葉をちゃんと口にするのは、もう少し後に取っておこう。
主人公は理瑠璃、彼は礼さんと、何となく名前は設定していました。
一応明るい結末のつもりです…。