恋だったけど、恋愛にはならなくて。青春の肥やしに恋バナのネタになれば良いなって、諦めたんだバカヤロウ。
卒業式。
廊下に溢れ返る騒がしい同級生でできた荒波を、泳ぐように避けて急ぐ。
もう、式自体は終わって、最後のHRも済んで、祭の後まで余韻を騒ぎ倒すだけの時間。
みんな卒業アルバムの空白を、メッセージで埋め尽くすことに勤しんでいる。
あの子は、もう帰っていないだろうか。
そればかり思って、不安だった。
善良な人混みが、恨めしかった。
たった一人からメッセージが貰いたくて、空欄のページを友だちに半分も埋めてもらったところで回収して、クラスを飛び出した。
1年生のときクラスが同じで、4月の自己紹介で良いなって思ったのが最初だった。
部活に入ったら、偶然一緒になった。
クラスの他の女子より、少し話す量が多くなった。
嬉しかった。
夏、合宿でパジャマ姿を見て、ドキドキした。
夜の廊下で、少し長めに話して、後で布団の中でニヤけてた。
まだ、恋だって気付いてなかった。
気恥ずかしくて、指摘されてもごまかした。
2年生になって、クラスが別になった。
あれ? っていう喪失感の正体がわからなくて、バカみたいに明るく過ごした。
部活で、積極的に話しかけてた。
そして、それが恋だと気付いた。
その夏の合宿は、楽しくて仕方なかった。
練習にも身が入った。
練習の後も、ずっとテンションが高かった。
だけど、友だちの距離感をもう一歩踏み込むことが、怖くて出来なくて、肩が触れ合うことさえビビった。
だから、告白できずに秋になった。
そして、進路希望調査で、絶望した。
俺とは決定的に違う進路。
あの子は強かな目をして、夢を追っていく。
あの子が最初に俺をその目で見たのは、遊び半分で見た手相が、ビックリするほど良かったときだった。
俺の将来のその先まで見透かす瞳。
その、試すような視線が、好きだった。
そして俺は別の夢があった。
だからこの瞬間、高校の3年間だけ重なった運命がこの先、二度と重ならないんだっていう、予感というか、予知というか、絶望を覚えた。
そして、告白することさえできなくなった。
遠距離になって、別れないって言える自信が無かった。
卒業までの関係なんて、不純なことをしたくなかった。
そして、そんな俺が大嫌いになった。
少し、やさぐれた。ちょっと暗くなって、投げやりになった。
心配された。
成績も少し落ちた。
励まされた。
それが苦しかった。
そこからまた元の俺に戻るまで、理由も知らないあの子に迷惑をかけた。
本当に好きだった。
大好きだった、バカヤロウ。
だけど、やっぱり俺は矛盾したことが出来なかった。
最悪な気分を持ち運んで日々を過ごして、それを少しずつ取りこぼしてバラバラになるまで笑顔の仮面を張り付けて、現実逃避に勉強した。
ムカつくほど成績が上がった。
3年の夏、最後の合宿。夜、宿舎のテラスで蛍光灯の明かりに照らされて、星空を眺めながらあの子と話した。
めちゃくちゃ笑った。
あの子も笑ってた。
可愛かった。
そこで、だいたい全部、吹っ切れた。
うん。吹っ切れた。
騒がしいハズなのに、孤独感を覚える。
周りが灰色に見えるっていうのは、間違いじゃないらしい。
だって、あの子だけ色鮮やかに見える。
カッコ悪いって思われたくないから、必死になって来たのを隠したくて、速度を緩めて、髪の毛を弄ったりして、近付いた。
何メートルで気づくのかなって、気になって。
早く気づけよって、変なところにこだわって、足が遅くなる。
それも、あ、という顔で報われる。
やった。
気づいた。
「やっほー。」
「ああ、卒業おめでとう。」
「そっちもね。」
「さんくー、でさ――、」
心臓がバクバクしてるの、気づくな。
「――なんか、書くよ。」
「えっ、嬉しい。ありがとう!」
そう言って、なんてことなく渡してきた卒業アルバム。
かなり埋まってきているそのどこに、何を書こうか迷った。
そして、何だかんだ考えて、結局隅の方にたったひと言だけ書いて返した。
『ずっと、一番可愛いって思ってた。』
ハッとした顔に、やってやったって思った。
そして直ぐに、あの、見透かす視線で、挑発するような流し目を投げてきた。
「返事、書いてよ。」
顔を逸らして、俺のアルバムを押し付けた。
表情を見られたくなかった。
「えー、いいよ。」
躊躇いもなく、サラサラと書かれた言葉。
アッサリと返ってきたアルバムの、ど真ん中に丸っこい文字で書かれたひと言。
『愛してる。』
やられた! と思った。
愛なんて重い言葉を語れるほど生きてない。
だから、悪ふざけにも、冗談にも、本気にもとれる言葉。
ハッとして顔を上げた先に見える舌なめずり。
視線が、明確に俺の真意を訊いている。
本気かと。
なんだこれ。告ったら、付き合えるのかよ。
大好きだよバカヤロウ。
「書いたとおりだって。」
「うん、私も。」
「……っ、3年間ありがとな。」
「……うんっ。ありがとう。」
*** ***
「これ、なに?」
妻が言った、その一言で思い出したアレコレ。
今ではSNSだけで繋がってる、良い友だちだ。
「何でもないって。」
「ウソ! 絶対付き合ってたでしょ!」
「本当に違うんだって。」
妻はかなり訝しんでいる。
いや、本当に何も無かったんだって。
何も無い、恋だったんだ。
~fin~