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隠した心だけ、苦い

 イグリアの秘宝は「魔剣」だったとギルドが公表したんじゃなかったけ?

 なのにどうしてこの人は私がイグリアの秘宝だなんて思ったんだろう。

 咄嗟の言い訳が思いつかないのか、フリーズしているらしいラズさんの背中からそっと抜け出すと、甲冑さんは私とラズさんを視線で往復して目を見開いた。


「おいおい。冗談だったのにマジなのか!?」


 ひときわ大きな声を上げた甲冑さんの頬に、またラズさんの拳が飛ぶ。

 避ければいいのに、律儀にそれを受けた甲冑さんはまた壁まで吹き飛んでしまった。

 大きな音を立てて壁にぶつかった甲冑さんのせいで家が揺れる。あんな凶器みたいな鎧で壁にぶつかったのに壁には傷一つついてないというのがまたすごい。


 っていうか、ラズさん。手でるの早いです。



「なるほどなぁ、お前の秘宝は異世界人か。ギルドでは彼女を隠す方向なんだな、ああ、心配するな秘密は約束する」


 意外にもラズさんは甲冑さん、改めセシリオさんに全てを話した。

 散々殴り飛ばしていたくせに、実はラズさんが本気で信頼する友人だったとか、ラズさんの愛情表現って過激でちょっと引く。

 で、今は3人で昼食タイムだ。焼いておいたトーストは瞬刹でラズさんとセシリオさんの胃袋に納まり、気に入ったらしい二人にせがまれて角パン2斤がピザ風トーストに変わり消えてしまった。


「異世界の料理って旨いな!」


 ラズさんと争うようにトーストを食べたセシリオさんが、大満足と声を上げた。この世界にはピザトーストが無かったらしく大いに感激されてしまった。チーズトーストはあるらしいんだけど、トマトを加熱してソースにするというのが新しいらしい。

 長らくイグリアの大地にとどまっているラズさんとは違い、各地を旅しているというセシリオさんの話はとても興味深くて、時間もあっという間に過ぎていく。

 喉潤しに紅茶を入れようと準備しているとセシリオさんが何かを思い出したように立ち上がった。


「珍しい土産があったんだ、南の島の特産品の茶なんだが苦味がクセになるんだぜ」


 そういいながらセシリオさんがどこからか取り出したのはジャムを入れるような蓋つきのビン。だけど中に入っているのは黒い色をした粉状の物で、蓋を開けて立ち上った香りに思わずテンションが上がった。


「コーヒーだ!」

「あれ、知ってるの?」


 ちょっと残念そうなセシリオさんだけれどそれはあえてスルー。


「早速淹れて良いですか!?」

「いいよ、これ使える?」


 セシリオさんが袋から出したのはコーヒーをドリップするための道具らしきもの、それをカップの上に置いて粉末状のコーヒーを入れそこにゆっくりとお湯を注ぐ、すると下の穴からカップへコーヒーが落ちて行く。

 

「良い香りだな」


 コーヒーは初めて目にすると言うラズさんの言葉にうんうん頷き、飲みたかった味を思い出して思わず喉がなった。

 まずはお客様のセシリオさんに、ラズさんと自分の分も淹れて早速一口。


「やっぱりコーヒー!」


 喜んでゴクゴクいく私の横でラズさんは初めての味に微妙な顔。


「苦い、が、確かにクセになるか」


 でもさすが、普通に飲めるところは大人だ。

 セシリオさんは結構飲みなれているらしく余裕で飲んでいた。


「ミルク入れると飲みやすくなるよ、ハチミツとかお砂糖入れて甘くしても好き」


 コーヒーに飲み慣れないうちはブラックよりもカフェラテにするのが飲みやすい。私もどちらかと言えば普段ラテ派だったし。


「へえ、それ飲んでみたいな」

「ミルクはあるか?」


 カフェラテに食いついたセシリオさんに便乗してラズさんもミルクを所望する、だけど残念、ミルクは無い。


「それが無いんだよね、ミルクは朝市にしか売ってないんだって」

「なるほど、なら明日は朝市に行こう」


 ラズさんの提案には大賛成で頷く、ミルクはもちろんだけど実はもうパンやチーズも底をつく。ラズさんとセシリオさんの食欲に、明日は絶対買い物だと考えていた所だった。

 買い物の予定をラズさんと相談しているとテーブル向かいのセシリオさんが何か楽しそうに笑っていた。


「なんだセシリオ」


 セシリオさんの笑顔に気が付いたラズさんは、なにがそんなに可笑しいのかと不機嫌さを混ぜた声で眉をひそめた。するとセシリオさんは「なんでもない」と否定しながらもやっぱりニヤニヤしたまま席を立った。


「今日はこれで帰るよ、ギルドに寄るのを忘れていた」

「町にはしばらく滞在するのか?」

「ああ、半年は留まる。新しい洞窟にも潜ってみたい」


 外していた鎧を着けながらラズさんと会話するセシリオさん。兜はかぶらないみたいで小脇に抱えた。ギルドや洞窟の話をしているからやっぱりセシリオさんも冒険者なんだろう。


「宿は?」

「金の夢見亭って所だ。また来ていいか? ミルク入りのコーヒーが飲んでみたい」

「ああ、だが結界は壊すな」


 セシリオさんは苦笑しながら「わかってるよ」と言うと大きな槍を背負う。よく見ると鎧と槍はそろいのデザインのようだった。

 二人のやり取りを傍観していた私にセシリオさんが視線を移してきて、私は思わず背筋を伸ばす。

 鎧を着ただけなのに、すごい存在感。体が大きい上にハデな鎧を着ているからだよね。


「サエ、今日はご馳走さん」

「はい、お粗末様でした」

「ラズも、邪魔したな」

「ああ」


 軽い感じで別れをして、セシリオさんは出ていった。なんだか部屋が広く感じるのはセシリオさんがそれだけ大きな人だったからかもしれない。


 リビングに戻って時間をみるともう夕方。テーブルの上を片付けながら視線だけでラズさんを伺うと、ラズさんは部屋の隅の物入れを漁っていた。


「何探してるの?」


 かさごそと木の箱を探るラズさんは、ゴツゴツとした石ころのようなものを箱から取り出している。似たような石を4つ取り出して、やっとこちらを振り向いた。


「石?」


 ラズさんの片手に収まる石ころ4つ。どう見てもそこらの道端にあるような石ころ。


「セシリオに結界を壊されたからな、構築しなおす」

「結界って?」


 そういえば、結界を壊したとか何とかで怒っていたなと思い出す。

 けど、そんなものがあったなんて知らなかったしそもそも結界って何って話だ。


「サエの世界には無いのか? 魔石を媒介にして見えない壁を作るんだ。侵入者防止になる」

「だから、魔法なんて無いんだってば」


 この世界には魔法が当たり前なんだよね。荷物を送る石の次は見えない壁を造る石か。


「この家には俺とサエ以外の人間が勝手に入れないように術をかけていた。それをセシリオが無理矢理浸入して壊してしまったんだ」

「見えない壁を壊せるの?」

「魔法石による結界は魔力の高い者には普通に見えるし、壊すのも簡単ではないができる。だからと無暗に他人の所有物である結界を破壊する行為は犯罪だけどな」


 犯罪って、セシリオさんてば何しちゃってるんだろ。

 呆れた顔をしていたんだろう、ラズさんは私を見て軽く笑うとまた続けた。


「本当に、昔からアイツの悪ふざけには困るな」

「昔から、なんだね」


 ギルドの所長さんはラズさんには親しい人が居ない、みたいな話してたのにちゃんといるんだ。


 石を手にしたラズさんは玄関に移動すると扉脇に吊るされた麻袋を手に取る、中からは粉々になった何かが入っていて、ラズさんはそれが破壊された魔法石だと教えてくれた。

 袋の中に新たな魔法石を入れ扉脇にかけ直したラズさんの視線が、何かを確認するように宙を移動する。何を見ているのかとその視線を追ってみたけれど、何も見当たらなかった。


「壊されたのはここだけだったようだな、結界が再生した」

「何も見えないけど」


 なんだか悔しくて不満げに呟くと、隣でラズさんが笑ったのが聞こえた。


「裏口や窓にも同じように魔石を置いてあるんだが、むやみに外すな。触れても害は無いが結界が薄れる」

「わかった」


 そんなのあるなんて気がつかなかったけれど、ふと横を見れば小窓の横に小さな麻袋が吊るされていた。


 もしかしてこれが魔法石の入った袋?

 うん、全然気がつかなかったよ。


「この世界の人ってみんな魔力があるの?」


 砕けた魔石を別の袋に移すラズさんを眺めながらそんな質問をしてみると、ラズさんは袋の口を縛りながら顔を上げた。


「魔力が全く無いという人は稀だろうな、まあ、一般人はほとんどその力を扱えないし、魔力が無くても困ることは無いのが現実だ」

「そうなんだ、みんな生活に魔法使ってるのかと思った」

「生活に使うのは魔法じゃなくて魔法具だな、うちにあるのは夜の灯りや時計、食材を凍らす箱位だが、魔法具屋には他にも便利なものが色々あると聞いたことがある」

 

 おお、なんだかとても興味深いかも。

 もしかしたら洗濯機みたいな道具もあるかな、なんて考えて思い出す。


「あ、洗濯物干してたんだ!」


 裏庭に行くとラズさんに告げて扉を開けると乾いた風が入り込んできた。所長さんも言ってたけど、この町は空気が乾燥している。ジメジメとした日本に暮らしていた私には過ごしやすく感じるけれど。

 乾くか心配だったワンピースもちゃんと乾いていてひと安心。

 洗濯かごがあれば便利だなと次のお買い物リストに追加して洗濯物を取り込んでいるといつの間にか扉の所にラズさんが立っていた。


「どうしたの?」


 何か用かと声をかけるとラズさんはなぜか不思議そうに首を傾げる。


「ここで洗濯をしたのか?」

「そうだけど、なんで?」


 そういえば、ラズさんは普段選択している様子がないけれどどうしているのだろう。

 私が使ったタライも洗濯板もこの家の備品のようなのに全く使われた形跡のないものだった。


「ラズさんは洗い物どうしてるの?」

「洗濯屋にもっていけば、魔法具できれいにしてもらえる」


 やっぱり洗濯用の道具があるのか、と感激すると同時に、洗濯屋なんて便利なお店があったのかと、教えるのが遅いラズさんに少し恨めしい視線を送ってしまう。


「なにそれ、もっと早く教えてほしかった」

「あぁ、そうだな。次からは店に頼むと早いぞ」

「そうする、でも手洗いでお洗濯なんて貴重な経験できたからこれはこれで良しとする」

「ふ、前向きだな」


 ラズさんの言葉に、確かに。と自分で驚く。

 いつの間にこんなに前向きな考えができるようになったんだろう。


「良い風の入る庭だな」


 まるで初めて知りました、って口調のラズさんが目を細める。


「知らなかったの?」

「裏庭があるのは知ってたが、この家は寝るためだけの物だったからな、必要ない場所だった」


 うん、どっかの仕事馬鹿みたいな発言ですね。ラズさんの場合は洞窟馬鹿かな?

 でもそれだけ秘宝を手にしたい理由があったんだろう。

 そこまで洞窟に時間をつぎ込んで、私は本当にラズさんの望むものだったんだろうか。


 それを聞く勇気なんか微塵も無い。


 庭の中央まで移動してきて空を見上げるラズさんの背中に涙を堪えた。

 何で私、こんなに不安なんだろう。


 ラズさんの真似をして見上げた夕暮れの空は、とてもとても胸に苦しかった。




 

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