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とげとげ甲冑の訪問者

 両親が亡くなったのは私が高校1年の時だった。

 家族で乗った車が事故に遭い、私だけが軽傷で助かってしまったのは、幸か不幸か。


「どうして私だけ置いていったの」


 何度、両親を責めたことだろう。

 でも、多額の保険金のおかげで生活は苦労しなかった。

 高校を卒業し、一度は夢を持って大学へも進学したけれど、突然現れた「叔母」と名乗る人物に両親の保険金の残りをだまし取られ、私は大学をやめてフリーターになった。

 だけど仕事は続かず、アルバイトを転々とした。次第に仕事をするのも億劫になって、ひと月ほど前から自宅に引きこもるようになっていた。

 

 心が病んでいた、と言えばその通りだったのかもしれない。

 心配してくれる友達もいなくて、誰とも会話しない毎日、一人ぼっちの世界は正直辛すぎた。


 だから呼ばれたのかもしれない。


 ここが異世界だと知って、内心喜んだんだ。

 もう、さみしい世界とはおさらばなんだと思った。


 もしかして、ラズさんが必要として私を呼んだんじゃなく。私が自ら必要とされたくてこの世界へ来たのかもしれない。

 だけど、それを知ったら――――ラズさんは私を迷惑に思うだろう。



 建物地下にある武器庫に行ったラズさんが戻るまで、そう長くはかからなかった。

 何やら布に巻かれた大きな物を手にして戻ってきたラズさんの表情は心なしか嬉しそうに見える。

 本当はイグリアの秘宝として『世界最強の武器』とか『どんな傷も治す薬』とか『神に匹敵する力』みたいな冒険者の最強アイテムが欲しかったに違いないのに、私なんかが出てきてとんだ外れクジだったに違いない。

 ごめんなさい、と言いたいのをこらえて笑顔を返すとなぜか不思議そうに首を傾げられた。


「何かあったか?」


 気遣う言葉に胸が痛む。


「なんでもないよ」


 と否定を返したのに、なぜかラズさんは所長さんをものすごい形相で睨み、所長さんを狼狽させる。


「ちょ、私はなにもしてないわよ!」


 どうやら私が所長さんに何かされて落ち込んでいると勘違いしたらしい。慌ててそうじゃないと言うとラズさんはやっと凶悪な顔をやめてくれた。


「まったく、私がサエを苛めるわけないじゃない」


 子供のように頬を膨らませて怒る所長さんはなんだか可愛い。すると所長さんは何を思い出したように机の一番下の引き出しから可愛い紙袋を出した。


「これ、サエにプレゼントするわ。石鹸と化粧水と乳液、女の子の必須アイテム」


 受け取って中をみると、可愛い形の瓶が二瓶づつと四角い石鹸が二つ入っていた。


「でも……」

「良いのよ、私からのプレゼント。この地方って気候は良いけど乾燥するのよねぇ」


 老化が進むから最悪よ、という所長さんの肌は大酒飲みとは思えないほどプリプリだ。

 美肌美人からのオススメはなんだか効果抜群そう、あんな肌になれるならと所長さんの好意を遠慮なく受け取ることにしたにした。


「困ったことは私に言いなさい、ギルドは貴女を手厚く保護する事を決定したから、私の一存で多少の予算も動かせるわ」


 所長さんのありがたすぎる言葉には思わず苦笑する。

 そんなに期待されても私にはプレッシャーなだけ。けれど何か役に立ちたいという気持ちがゼロなわけじゃないし、私にとっても人生をやり直すこのチャンスを逃さないようにはしたいと思っている。

 小さくお礼を返した私から、所長さんの視線はラズさんに移った。

 

「ローグ、貴方のどんな望みでサエがここに在るのかまではギルドは干渉しない。だけど、もしサエが泣くような時は貴方から秘宝を取り上げます。いいわね?」


 細い腰に両手を置いて、厳しい視線をラズさんに向ける所長さん。ラズさんはチラリと私を見てからすぐに所長さんに向き直った。


「決して泣かせない」


 短く誓われたその言葉に、なぜか所長さんが顔を赤くする。

 溢れ落ちそうなほどに目を丸くして固まった所長さんには構わず、背を向けたラズさんは私の肩に手をおき「帰ろう」と促してきた。


 所長さんの様子が気になったけど、ラズさんがグイグイ背中を押すので仕方なく顔だけ向けて挨拶をした。


「今日は色々ありがとうございました!」


 所長さんの返事をもらう前に部屋から連れ出される。

 先を歩くラズさんを追いかけ、階段下のカウンターに座る受付のお姉さんにも挨拶をしてギルドを出た。

 

「酒がのみたいな」


 自宅への道を歩きながら、ラズさんが呟いた。

 そういえば昼間、お酒を買ったもんね、と思い出し。

 随分と急いでギルドを出たのはお酒が楽しみで早く帰りたかったからなのかなと、ラズさんがかわいく見えた。


「帰ったら何か作るね」


 ラズさんの隣に追い付きながら、彼を見上げる。

 すると、ギルドにいる間はずっと表情の無かった顔に優しさが戻っていた。


「煮込み料理がいいな、肉のシチューとか」

「なら、今日はシチューにする」

「酒が進みそうだ」


 そう呟いたラズさんは、とてもうれしそうに笑ったのだった。



 翌日、ラズさんが武具屋と鍛冶屋に行くと言うので私は留守番を頼まれた。本当は私も一緒に町に出たかったけれど、道具屋の時のように私が冒険者達の好奇の視線にさらされるのを心配したのかラズさんに留守番を望まれてしまった。

 昼までには戻ると言っていたし、留守番の間に自分の部屋を整えてしまおう。昨日ラズさんに買ってもらったまま、まだクローゼットにもしまえてない衣類の袋をベッドの上にひっくり返して広げると、空っぽだったクローゼットに吊るした。


「あ、お洗濯したいかも」


 自分のベッドの上に脱いで放った寝巻きを見つけて思い付く。使用済みのタオルと昨日まで着ていたワンピースと下着も抱えて、とりあえず洗面所へ。当たり前だけど洗濯機らしきものは見当たらない、やっぱり手洗いなのかな、と大きめのたらいを引っ張り出して裏庭へ出た。

 隣の家の敷地とは木製の囲いで仕切られた小さな裏庭は、果実らしき実を下げる気が木陰を作る素敵な庭だった。

 扉の脇に水道があって、そこには洗濯板と思われる物と石鹸がある、物干しによさそうなロープも見つけたので家の壁にあるフックから庭の端の木の枝まで伸ばしてみるとピッタリだった。ロープを掛ける場所はこれで正解らしい。


 慣れない手洗い洗濯に苦労しながらもなんとか干し終えたけれど、洗濯物から滴る水滴が絞りの足りなさを物語っていて思わず苦笑する。

 幸い今日は晴天だし、この日差しがあれば難なく乾いてくれるんだろうけど。


「洗濯機って優秀な家電だったのね」


 ボタン一つで綺麗にしてくれる家電の便利さを思いながら、両手を空に向けて伸びをし、固まった腰を伸ばした。


「さて、次はお昼の準備でもしておこうかな」


 洗濯という重労働を終えて空腹感を覚える自分の腹時計で昼が近いことを感じ、次はお昼ご飯を作ることにする。リビングの時計を見るといつの間にか12時手前。ラズさんが帰る前に準備できるかな、と少し気が焦りながらキッチンへ入った。

 角型のパンを少し厚めに切ってトマトとニンニクで作ったソースをぬり、薄切りにしたトマトや玉ねぎ、ピーマンとソーセージの薄切りを並べてチーズをタップリ。

 オーブンでチーズがこんがりするくらいに焼けばピザ風トーストの完成。

 簡単すぎてラズさんが帰る前に出来上がっちゃった、と思ったのもつかの間。玄関の方から物音がした。なんて良いタイミングでの帰宅だろう、とリビングを飛び出した私は、目の前に現れた全身甲冑に息をのむ。

 けれど驚いたのは相手も同じようで、目元までを覆う何かの動物を型どったと思われる兜の口元がポカンとしているのが目に入った。

 この人も冒険者なんだろうか、ラズさんよりもひとまわり大きいと思われる体格に、カマキリの鎌のようなトゲのついた鎧を纏い、背中には大きな槍を背負っている。

 ラズさんの装備がかなりの軽装に思えるような重装備、かなり派手で目立つと思うのだけど町中でもギルドでもこんな人は見かけた記憶が無かったと思う。


 異様な姿に声の出ない私の代わりに口を開いたのは甲冑の人だった。


「ここは、ラズレイアの家だよな?」


 若い男の声だった、ラズさんを名前で呼ぶと言うことは知り合いだろうか、小さく頷いた私に彼は「ああそうか」と続ける。


「ギルド派遣の掃除婦か、邪魔して悪いな」

「え、っと……」


 違うと訂正すべきか否か、私が迷っているうちにも彼はまるで自分の家のようにリビングへと進んでいく。


「ああ、気にせず仕事を再開してくれ」


 そう言われても気にしますよね、一体この人は誰なんだろうと玄関ホールに立ち尽くしていると、また玄関扉が動く音に反射的に振り向いた。


「ラズさん!」


 今度こそラズさんが帰宅してきたのでほっとする。

 お客さんが来ていることを伝えようとラズさんに近付くと、何故かラズさんは険しい顔で私に一つ頷き、そのままリビングへと直行した。

 ラズさんがリビングへ入った瞬間、何かが壊れるような大きな音が家を揺らすから、私は思わず駆け出してリビングの扉に張り付き、そっと中の様子をうかがう。

 するとラズさんがさっきの甲冑さんに掴みかかっていて、甲冑さんの兜が部屋の反対側にまで転がっていた。


「俺の家に不法侵入か、良い度胸だな」

 

 地を這うような低い声でラズさんが言う。

 この人は知り合いじゃなかったのかな、とても怒っている様子のラズさんにヒヤヒヤしながら様子を伺っていると、甲冑さんが降参とばかりに両手を上げてみせた。


「悪かったよラズ! 久々に来たら自宅にど偉い結界張ってあったからな、何かあるんじゃないかとちょっと好奇心が……」

「下らん好奇心で人の家の結界をぶち壊すなっ」


 ガッとすごい音を立ててラズさんが甲冑さんの顔を殴り付けた。反動で壁まで吹き飛ばされた甲冑さんは「いてて」と言いながらも全然平気そうだけど。

 ラズさんの怪力も驚きだけど、甲冑さんのタフさにも驚きだ。


 二人のやり取りをリビングの入口からコッソリ覗いていた私は、急に振り向いてきたラズさんと目があって思わず肩を揺らす。

 怯えた私の様子に気がついたらしいラズさんは気まずそうに頭をかきながら、ゆっくりと近づいてきた。


「驚かせて悪かった、あいつに何もされなかったか?」


 荒っぽい行動から一変、いつもの穏やかなラズさんに戻っていることに少し肩の力を抜く。


「されてないけど、あの人は?」

「古い知り合いだ」


 やっぱり知り合いだったんだ、と視線を甲冑さんに移すと彼はもう立ち上がっていて、私とラズさんの様子を不思議そうに見ている。

 彼はラズさんと同じ年頃の男性で、栗色の髪は短く瞳は青い。ワイルドなイケメンだけど、おでこに斜めに入った大きな古傷が目を引いてしまう。私が視線を奪われているとラズさんがそれを遮った。


「サエが気にする必要はない、すぐに追い出すから」


 そう言って、私を背に隠すように振り向いたラズさん。遮られた視界の先で甲冑さんが不満げに声を上げたのが聞こえた。


「おいおい、そりゃないだろ! 少し位歓迎してくれ。と、言うかその子はなんだ!? ギルドの掃除婦じゃないのか!?」


 そういえばそんな勘違いしてたな、と思いながらラズさんの背中から顔を出すと、ラズさんは何故かそれを再び遮るように体を移動させる。

 ちょ、この動く壁すごく邪魔。


「お前に教える義理はない、さっさと帰れ」


 どこまでも冷たいラズさんだけど、甲冑さんは少しも機を悪くする様子もなく、こちらに近づいてくる。ラズさんは相変わらず私の前に立ち塞がっていて、甲冑さんから私を隠そうとしているようだった。


「もしかして、彼女がイグリアの秘宝か?」


 思わぬ言葉にビクリと肩が震えてしまった。


 いきなり言い当てられてしまったんですけど?


 そっとラズさんを見上げると、眉間にものすごい深いしわが刻まれていた。



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