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イグリアの秘宝

 結局私はラズさんの庇護下で暮らすのが良い、となったけれどそれはそれで問題が出てくると思う。


「でも、ラズさんの家に突然私が住み始めている時点でおかしいと思う人居ると思うんですけど」


 何気なく思った事を口にすれば、所長さんは突然私の方を振り向き大きく頷いた。


「そうなのよ、問題はそれなの!」


 ビシッと所長さんが指を指したのは、硬い表情のラズさんだ。


「くそ真面目で堅物すぎるローグが突然現れた可愛い女の子と暮らしているのよ、あり得ないわ。すでに昨日あなたたち二人を見かけた冒険者が酒場で噂し始めたと情報もあるの、色々勘ぐられる前に対策が必要なのよね」


 あり得ないとか言ってるけど、私がラズさんの家で暮らすように指示したのは所長さんですけどね。

 それにしても、ラズさんって堅物なイメージなんだ。あんなに沢山笑うのに。

 昼間の楽しかった時間を思い出しながらラズさんをみると、やっぱりラズさんは表情を動かしていない。きっと冒険者モードのラズさんは所長さんの言うように真面目で堅物な人なんだと自分を納得させた。

 視線を所長さんに戻すと、所長さんはまた机から一枚の紙を取り出していた。何故か自慢げに目の前に差し出されるけど、何が書いてあるかは読めない。

 ラズさんに助けを求めようと見上げると、ラズさんの眉間にシワが寄っていた。


「あの、これなんて書いてあるの?」


 ラズさんは一瞬だけ私に視線をよこしてから低い声で言う。


「婚姻の書類だ」

「婚姻って……結婚!?」


 さすがに驚いて所長さんをみると、物凄く楽しそうだ。


「ついに秘宝を手にしたローグは、故郷から婚約者を呼び寄せて結婚したって事で良いと思うのよ。サエもローグの妻として知られれば大抵の奴らは恐れて手を出さないわ」


 そうなのか、と言いくるめられそうな私とは対称的にラズさんは冷静で、所長さんから書類を奪うと「ふざけるのはやめろ」と怒りを露にした。


「こんなものじゃサエを守る盾にはならない」

「そうかしら、これなら貴方の家に女性がいても可笑しくないし名案だと思ったんだけど。ね、サエはどう思う?」


 ラズさんの冷たい視線を受けながらも、少しも怯む様子無い所長さんは、そのまま私に意見を求めてくる。

 所長さんの話なら確かに皆すんなり受け入れるだろうとは思う、でも婚姻として書類にしちゃうのは今後ラズさんの迷惑にもなりかねないから避けた方が良いような。


「えっと、婚約者じゃなくて故郷から呼んだ身内とかじゃダメなんですか? 親類なら一緒に暮らしてもそんなにおかしくないですよね」

「それでいいんじゃないか」

「だめよ!」


 私の意見に賛成をするラズさんを押し退けて所長さんが反対を口にする。


「それだと虫が寄ってくるのよ。未婚の女の子なんてすぐに飢えた冒険者達に目をつけられるわ、絶対にサエがローグの女でなきゃ困るのよ」


 困るって、誰が困るんだろう。思わず苦笑して「それなら」と代替え案を提示してみる。


「じゃあ私はラズさんの故郷の身内だけど、実は婚約者でもあるようだ、っていう話でどうですか?」

「うーん。そんなあいまいだと噂話としてはちょっと面白味に欠けるのよねぇ。ローグの電撃結婚だったら何時間でも美味しくお酒が飲めるのに」


 酒の肴!?

 なんだかんだ言って所長さんの楽しのためなの、とラズさんを見るとあからさまに不機嫌を顔に乗せていた。


「サエは俺の身内でいいだろ。あまり大袈裟にするな」


 なんだか疲れたように所長さんに意見して、ラズさんは「ところで」と話を変えた。


「洞窟にはいつから入れる?」

「げ、あなたまだ洞窟潜り続けるつもり!?」


 ラズさんの質問に所長さんは呆れたように赤い瞳を細める。でも洞窟に行くのを辞めろとは言わないみたいだ。


「記録では一か月もあれば洞窟の再生が終わるみたいね、60年前の時は再生が終ると同時に魔物が溢れたらしいから、その対策で要員を集めてる所、ローグも参加してくれると助かるわ」

「ああ、参加する」

「んじゃ、この書類にサインして。一か月後の明朝頃から洞窟前に待機だからよろしく」


 所長さんが差し出した書類に軽く目を通して、ラズさんはそれにサインを書きいれる。

 淡々と会話を終えて、所長さんは座っていた椅子をクルリと回して私を振り向いた。


「ってことだからローグが洞窟行く間、サエはギルドにいてもらえる? 冒険者は洞窟に行く前後、必ずギルドに来て報告することになってるから、ローグと一緒に来ればいいわ」

「わかりました」


 小さく頷いて、そのままラズさんに視線を移すとラズさんも頷いて返してくる。

 どうやらこれで話はまとまったみたいだ。


「そうそう、例の魔剣は地下の武器庫にあるのよ、担当者には話してあるから早速持ってくれば?」


 思い出したように提案した所長さんに、ラズさんは軽く頷くとちらりと私を見る。

 一緒に行くか? と聞かれた気がして頷こうとした所で所長さんがまた口を開いた。


「サエは残ってね、本物の報告書を総督に出さないとダメなのよ。色々聞かせてもらえる?」


 所長さんとラズさんとの間を視線で往復しているとラズさんは「すぐに戻る」と言って踵を返した。

 どうやら武器庫には一人で行くことにしたらしい。

 ラズさんが部屋を出るのを見送って所長さんに向き直って思わず全身を総毛立たせてしまう。何故なら所長さんが完全に顔を崩壊させたニヤニヤ顔で私を見ていたのだから。


「なっ、なんですか!?」


 部屋から逃げ出さなかったのを自分で褒めたい。

 所長さんはまるでオカメのような顔のまま座っていた椅子から立ち上がると私をローテブルのあるソファスペースへと導く。

 そして自ら私にお茶を入れてくれると、一番に聞きたかったらしい質問を口にした。


「ローグと一晩一緒でどうだった!?」


 それはまるで女子会のノリ。

 何かを期待しているような視線を向けられ、少し戸惑う。

 

「えっと、ご飯作らせてもらって一緒にご飯食べました」

「……それだけ?」


 はい、と頷くと所長さんは心底ガッカリしたようで、大きなため息をつきながらソファーへ背中を預けて天井を仰ぐ。


「ソッチの願いでは無かったわけか、ローグも男かと思ったのに……もしかして本当にサエは何かの間違いなのかしら。でも洞窟が閉じたということは秘宝であることは間違い無いし……」

「あの、所長さん?」


 天井を見上げながら何かをブツブツつぶやく所長さんにオロオロしていると、所長さんは「あぁ、ごめんね」と謝りながら体を起こした。


「サエ、今夜から私の家に来る?」

「え?」

 

 ラズさんには散々「手放すな」的なことを言っていたくせになんで急にそんな話になるのか、驚いていると所長さんは苦笑を顔に浮かべた。


「だって、あんな不愛想男と一緒に暮らすの辛いでしょう?」


 ラズさんって本当に所長さんには不愛想らしい、仕事とプライベートでギャップがありすぎるラズさんに思わず笑ってしまう。


「大丈夫です、ラズさん優しいですよ」

「うそ、絶対女の免疫無いよあいつ!」


 全力で私の言葉を否定してくる所長さんに「そうかなぁ」と内心首をかしげる。

 ラズさんを見る限り女性が苦手という感じはしないし、家の中に女性がいて嫌だという感じも無い。

 私の服を買うときも街の流行りのわかるお店だったし、完全に暴走しまくった私の買い物に嫌な顔しないで付き合ってくれるくらいの女慣れはしていると思う。


「ラズさんって、本当に故郷に恋人が居るんじゃないですか?」


 自分で言ってから気が付く。そうだったら本当に所長さんにお世話になった方が良いはずだ。そんなことを考えていると、所長さんは小さく息を吐きながら首を振った。


「ローグには故郷が無いんだよ、あいつは戦争孤児で10歳で冒険者になった経歴なの。イグリアに来たのは5年前、秘宝を目指すことだけしか考えてないようなストイックな冒険者で、他の冒険者ともあまり交流はしないし、古い付き合いの冒険者仲間は数人いるようだけど、基本的に一匹狼なんだよね」

「え、じゃあ。故郷からきた親類って設定無理なんじゃ」

「それは大丈夫、ローグの情報知ってるのなんてギルドの幹部位だから、適当な設定掲げたところで気づかれたりしないわ」


 そうなんだ、でもギルドってそんな個人情報までキッチリ調べるのか。


「あ、誤解しないでね。ローグがイグリアの秘宝に近い人間だったからギルドは彼を探ったのよ」


 私の考えに気が付いたのか、所長さんは先にそれを否定した。

 私が自分の思い違いを反省している間も所長さんは話を続ける。


「イグリアの秘宝は強力なの、万が一よくない者が手にすれば世界にとって災いになる。だからギルドは秘宝を手にしそうな人間が全うな者か調べるの」

「あの、イグリアの秘宝ってそもそも何なんですか?」


 私はその秘宝ってやつらしいけど、人が秘宝になるなんて前代未聞らしいし。

 そろそろ詳しい事教えて欲しい、そんな私に所長さんは一つ頷いてから教えてくれた。


「イグリアの洞窟は別名”叶えの洞窟”って呼ばれていてね、強い魔物と難解なトラップの多い迷宮洞窟なんだけど最下層には開けた者が一番欲しいと願うものが入っている宝箱があるの。その宝箱の中にあったものがイグリアの秘宝」

「一番欲しいと願うもの?」


 それで私が呼ばれたの、つまりそれって。


「ラズさんは自分の代わりに家事してくれる人が欲しかったのかも!」

「絶対違うわ」


 え、所長さんそんなキッパリ。ちょっと傷つく私をよそに、所長さんはさらにつづけた。


「冒険者の暮らす家はギルドが貸し出しててね、建物のメンテナンスを含めて定期的に部屋を掃除婦が清掃するように派遣してるの、食事は町の食堂が沢山あるし酒場もある。男一人でも暮らしやすい町なのよ、困ってたなんてあり得ないわ」

「じゃあ、なんで?」

「それはローグの心にしかわからないでしょうね、もしくはサエが気がついてないだけで貴女は何か特別な力を秘めているのかも」


 本当に隠してないのかと探るように光った瞳に、それは無いなと笑ってしまう。

 私なんて取り柄も何もなくて、親の残してくれた貯金頼りに細々と暮らしていたような人間だ。家族がなければ友達も居ない、仕事も無いからお金もない。

 何のために生きてるのか、自分でもわからなかった。


「私は、なんの役にもたたない存在だったから、この世界に棄てられたのかもしれない」


 自嘲気味につぶやいた言葉に所長さんが顔をしかめたのがわかった。

 すみません、と謝って冷めた紅茶を頂く。

 お砂糖を入れていないのにほんのりと甘いフルーティーなお茶は、なぜだか無性に苦い日本茶を恋しくさせた。



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