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遅刻厳禁でしたのね

 ギルドのある通りの北側、噴水のある広場を囲むようにテントが並ぶそこが市場だとラズさんに案内された。

 私の知る海外の市場のイメージそのままに、テントの下に沢山の商品が並ぶそこはとにかく活気溢れていて、野菜や果物も新鮮で美味しそうだ。


「とりあえず常備野菜と、新鮮な葉物は欲しいよね。ラズさん、果物は食べる?」


 青果店の集まるエリアで野菜を選び、ふと目に留まった果物の山をみながらラズさんに話しかけると、ラズさんは「任せる」と、見事に買い物を放棄した。

 

「食べるかどうか聞いたのに、任せるって何」


 ブツブツ言いながら明らかにオレンジだと思われる果物を紙袋イッパイに購入する。


「こんなにどうするんだ?」


 はい、と支払いを済ませた荷物をラズさんに渡すとラズさんはさすがに戸惑ったように袋を覗き込んでいる。


「ジャムにしたり、絞ってジュースにするの。あとは、サラダのドレッシングに使ったり、皮まで食べれて万能なんだよ」

「へぇ! あんた詳しいね」


 急に話に割り入ってきた声に振り向くと、今オレンジを買ったお店のおばちゃんが感心したように私を見ていた。


「若いのに料理熱心なんだね、ほら、これも持っていきな海の向こうの国から最近入ってきたんだよ」


 そう言っておばちゃんが手渡してきたのは手のひらよりも小さい桃の形をしたもの。


「すもも?」


 くん、と香りを嗅ぐと確かにすもも。


「おや、知ってるのかい。あたしも名前は忘れたけどね。ちょっと酸味が強すぎて売れないんだ、あげるから持っていってくれるかい」

「これまだ固いから酸っぱいんだと思う、もう少し熟すと甘くなりますよ。でも酸っぱくてもジャムにすれば美味しいし、お酒に浸けてすもも酒作るとか・・・・・」


 確かそんな食べ方があったな、と思い出しながら話すとおばちゃんは大いに感激してくれてすももを大量におまけしてくれた。


「すごいな・・・・・・」


 オレンジの袋とすももの袋を両手に抱えてラズさんが呟く。足元には木箱に入った野菜とお肉、卵もある。さすがに買いすぎたと少し反省。


「さすがに持って帰れないね、どうしよう」


 何回かに分けて往復するしかないかな、と思っているとラズさんは手に持っていた荷物を木箱に重ねると腰の鞄から何かを取り出した。

 それは小さな石のようなモノで、ラズさんがその石を木箱に置く。すると一瞬のうちに全ての荷物が消えてしまった。


「え! 消えた」

「自宅に送ったんだ、サエの世界には無いのか転移石」

「あるわけないじゃん、そんな魔法アイテム」


 それは不便だな、と言うラズさんに今夜は私の世界にあってここには絶対にない便利な道具を自慢しようと決めたのだった。


 荷物が無くなってラズさんが身軽になったので、もう少し買い物をしたいとお願いしてみる。

 ラズさんもお酒が欲しいと店を探し、お酒のお店の近くでみつけたチーズとラズさんのお気に入りらしいお酒を購入。

 本当は新鮮なミルクが欲しかったんだけど残念ながら見つけられなかった、聞けばミルクは早朝しか売らないらしい、次は早起きして来ようと心に決める。


 帰宅途中にパン屋さんで丸い白パンとバケットを購入して、今日の買い物は終わりだ。

 こんなに沢山の買い物をしたのは人生初めての経験、お金を気にせずセレブ気分で欲しいもの好きなだけ買えるって楽しすぎる。


「でも、こんなのがクセになったらダメになりそう」


 自宅の玄関の鍵を開ける金銭感覚破壊男を眺めながら思わずため息が出た。

 玄関を入ると先ほどラズさんが送った荷物が送った時の形のままそこにあって、思わずテンションが上がってしまう。


「ほんとに届いてた!」

「ほら、サエの荷物」


 大きな袋をこちらに渡しながら、ラズさんは絶対に重たいだろう木箱を軽々と持ち上げる。どうやらキッチンに運び入れてくれるみたいだ。


「ありがとう。せっかくだからギルドにこれ着ていこうかな」


 買ってきた衣類の入った袋を両手で抱きしめながらラズさんに着替えてもいいかと聞くとラズさんは「良いんじゃないか」と頷いてくれた。


 この世界に来たときに着ていた、私の部屋のクローゼットには絶対なかったはずのワンピースと同じ素材のバレーシューズを脱ぎ捨て、買ってきたばかりの紺色のワンピースを着る。

 丸襟とパフスリーブ袖のそれは、仕立てたみたいにピッタリな着心地が気に入ったもの。綿の靴下とブーツをはけば、町にいた女の子達と大差無い姿に変身。

 服を着替えただけでなんだかこの世界に馴染んだ気分になるのはさすがに単純かも知れない。


「ラズさんどうかな!?」


 着替えを終えてリビングへ行くと、ラズさんは自分の道具を整理している所だった。食材はすでにキッチンに入れてくれたらしい。

 私の声に顔をあげたラズさんは「なかなか似合ってる」と誉めてくれて、なんだか嬉しいような照れくさいようなそんな気分になった。


「これ食べたらギルドに行くか」


 市場で見つけたホットドッグに似た食べ物を私に差し出しながらラズさんが壁を見上げた。

 その視線を追うと壁の一部に光で何かの記号が浮かんでいる。


「あれ何?」


 指さす私の視線を追って、私が何を聞いているのか理解したラズさんはすぐにその答えをくれる。


「時間を教える魔法だ、あれで数字の13と表している」

「時計なんだ、今は13時ってこと? 1日は24時間?」

「そうだ、サエの世界も同じか?」


 ラズさんに頷いて返し、また壁を見上げる。記号はまだ変化が無く、分、秒までは教えてくれないのかもしれない。


「後であの記号の読み方教えもらえると嬉しい」

「ああ、文字は読めるか?」


 言われて気が付く。言葉が普通に通じてるから何ともおもわなかったけど、文字はどうなんだろう。

 どれが文字だ、と辺りを見渡すけれどそれらしいものは見つからない。

 急にキョロキョロと辺りを見渡しだした私の意図に気が付いたのか、ラズさんがおもむろに紙袋を指差した。


「ここに書いてある」


 ラズさんが指差す先にあったのは、紙袋の柄かと思う難学模様の羅列。言われてみればこんな模様は町のあちこちで見かけた気がする。


「模様にしか見えない」


 勉強したいとさえ思えない難解な文字に顔をしかめるとラズさんはまた可笑しそうに笑って「まずは数字から覚えるといい」と、手にしたホットドッグを頬張った。


 部屋の魔法時計の形が変化した頃、私たちは家を出てギルドへと向かった。

 昨日は人の姿なんかなかったのに、今日は冒険者らしき人たちがホールにいて心なしかにぎやかだ。

 みんなホールの左側にある掲示板らしきものを見上げているのだけど、その後ろを通り過ぎる私たちの姿に視線を向けてくる人もいる。


「今日は何かある日なのかな?」


 ラズさんの背中を追いかけながらコソコソと話しかけると、ラズさんは少しだけ私を振り向いてからその答えをくれた。


「秘宝が開けられて洞窟が立ち入り禁止になったんだ、皆他の仕事を探しに来ているんだろう」

「へぇ」


 よくわからないけれどとりあえず相槌した私に、ラズさんは微かに口端を持ち上げた。

 絶対、私が意味わかってないって気づいてる顔だ。

 昨日と同じように階段を上ると、私たちに気が付いたらしい受付のお姉さんが慌てた様子でカウンターを飛び出してきた。


「ローグ様! お待ちしておりました、所長が首を長くしてお待ちなのでどうぞ」


 なぜかぐったりと疲れた様子のお姉さん、ラズさんを見上げるとお仕事モードオンなのか、感情のわからない無表情。

 けれど、お姉さんの様子からして、ちょっと嫌な予感?


 分厚くて重たそうな所長室の扉を開けたとたん、私たちを迎えたのは強烈な酒の匂いと盛大な歌声だった。


「所長、ローグ様が到着され」

「おそぉぉいっっ!」


 お姉さんの声をかき消して、所長さんが怒鳴る。

 驚いて肩を縮める私の横を、受付のお姉さんがそそくさと退室していってしまった。


「あんたたち、今何時だと思っているの! いい、ギルドの業務はね朝の8時からなの、8時になったらここは開いてるの! だから私も10時には出勤したのにぃぃぃぃっ!」


 でも2時間遅刻なんだ、という地雷は心にとどめる。

 ギャーギャーと騒ぐ所長さんの右手にはお酒の瓶と思わしきものが握られていて、どうやら待ちくたびれてお酒を飲み始めてしまったらしい。

 仕事中に飲み始めるとか、普通にダメじゃんってツッコミは絶対にできないけれど。


「今日はムリそうだな、出直すか」

「こらローグぅぅ!!!!」


 大暴れの所長さんを冷やかに一蹴して、踵を返したラズさんの背後に酒瓶が投げつけられる。

 危ない、と思った次の瞬間には酒瓶は粉々に粉砕されて、ピカピカの床の上にサラサラと降り積もった。

 何が起こったのかわからず、ラズさんを見上げるけれど、彼は何でもなかったような表情で所長さんを見ていた。

 それとは対照的に所長さんは机の上に上半身をのせてシクシクと泣きだしている。


「待ってたのに、異世界のお話楽しみで待ってたのに」


 突然の泣き上戸だ。

 そんな所長さんの様子に完全に呆れ、「帰ろう」というラズさんをその場に留め、私は部屋の隅に置かれた水差しでコップにお水を入れると所長さんに差し出した。


「遅くなってすみませんでした、私の着替えが無かったので買い物に行かせてもらったんです。今からでよければお話しますのでまずはお水を飲んで頂けませんか?」


 一応遅れてきたのは私達の方だし、このまま去ってしまうのはさすがに失礼だと思って謝罪を口にした私に、所長さんは丸くした赤い目を潤ませた。


「なっ、なんて優しいのぉぉぉぉぉぉ!」


 私の差し出したお水を一気に飲み干して、少し頭が冷えたらしい所長さんは驚きの変わり身で酔いを追い出す。

 お酒臭くてちょっとフラフラしているけれど、仕事モードに入ったらしい所長さんはできる女の表情を取り戻していた。


「やっぱり、イグリアの大地を管轄するギルドの長としても、あなたを守ってあげたいと思うのよね」


 そんな事を言った所長さんは机の引き出しから何かが書かれた紙を取り出と、それをラズさんに向かって突き出した。


「ローグ、あなたはイグリアの秘宝として”伝説の魔剣”を手に入れたの。冒険者達にはそう報告するわ」


 どうやら報告書らしい紙を突き出す所長さんに、少し眉を寄せたラズさんが近づく。そしてその報告書に目を通すとまた所長さんに視線を向けた。

 無言を了承と受け取ったらしい所長さんは再び口を開く。


「秘宝である異世界人サエのことは公にしない方が良いと思うのよ、彼女の身が危険だから」

「それは同感だ」


 二人の会話の意図が読み取れず思わず口を挟む。


「あの、どういう事ですか?」


 どうして私が秘宝だと知られるのが私の身の危険になるのかと理解できない私にその理由を教えてくれたのは所長さんだった。


「秘宝を横取りしようと考える人もいるって事。イグリアの秘宝がサエだと知れたら、あなた簡単に浚われちゃうわよ」

「私なんて利用価値無いと思うんですけど」


 何のとりえもないどころか、ラズさんにしてもらっているようにイチからすべて揃えてもらわないと生活もできないお荷物な存在だ。そんなものを誰が欲しがるだろう、という私の主張はすぐに折られた。


「イグリアの秘宝ってだけで、何かすごいんじゃないかって色々勘違いするのよ。って事だから良いわね? 秘宝とする魔剣は特別にギルド秘蔵のを差し上げるわ」


 所長さんがラズさんに意見を求めるように視線を送る、ラズさんは「それでいい」と了承を口にして、この件は話が纏まったようだった。

 



 


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