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初めてのお使い

 異世界の町は好奇心を刺激するもので溢れていた。

 大通りにはいろんなお店が並んでいて、雑貨屋、花屋、パン屋、定食屋、中でも魔法屋なんてお店にはとても興味をそそられたけれど、どうやら良くないお店のようでラズさんに「絶対に近づくな」と禁止令を出されてしまった。

 明るい街の雰囲気に紛れている『危険な店』も何気に多いらしい。


 ラズさんの買い物優先でという私の意見を受け入れて、ラズさんが初めに寄ったのは冒険者ご用達らしい道具屋さん。

 どんなものが売っているのかとワクワクして入店した途端、先に買い物に来ていた鋭い目つきの冒険者さん達に注目され、声にならない声を上げながらラズさんの背中に隠れたのは仕方がない事だと許してほしい。


「ローグさん、このお嬢さんは誰ですかい?」


 品定めした商品を抱えてカウンターに置いたラズさんに、たぶん店にいる誰もが気になっているその質問をしたのは、この店の店主。

 子供ほどの身長しかない小柄な体格でふっさふさな髭に顔のほとんどを隠した、不思議な容姿のおじさんだ。

 この店はラズさんがいつも利用する店の一つなんだろう、常連さんだからと気さくに声をかけてくるおじさんに対してラズさんはその質問を見事に無視した。


「龍の牙と、緑の傷薬、赤と白の混合薬をそれぞれ5つ」

 

 事務的なラズさんの要求に、おじさんは笑顔を張り付けたまま後ろの棚から商品を取り出した。

 まるで聞いても答えはもらえないと分かっていたかのよう。


「すべての合計で8700リアになります。そうそうローグさん、イグリアの洞窟の攻略おめでとうございます」

 

 おじさんはまたラズさんに話を振る。だけどやっぱりラズさんがそれに返すことは無くて、おじさんに言われた代金を払って購入品を持参した袋に詰めたラズさんは、私をその大きな体で隠すように引き寄せながら足早に店を後にした。


 店からだいぶ離れた所で、突然ラズさんが「すまない」と口を開いた。


「やはり道具屋は一人で行くべきだったな、好奇の視線にさらされて不快だっただろう」

「別に大丈夫だよ。でも目つきの悪い人たちに注目されて始めはちょっと驚いたけど」


 本当に平気だから明るく言ったつもりなのに、なぜかラズさんはまた謝罪を口にしてきてまだ気にしている様子。

 本当に大丈夫なのに、ラズさんは簡単に折れそうにない。しょうがないから目に入った店を指さした。


「ラズさん、洋服屋さん発見!」


 私の行動につられて振り向いたラズさんの顔が一瞬ひきつったように見えたけれど、気づかないふりをして店の前まで引きずっていく。

 女の子受けしそうなかわいらしい装飾のされた外観、だけどショーウィンドーに飾られている服を見て青くなった。キラキラとした装飾が派手だけれど、布面積がやけに少ない服はどう見ても普段着ではない。

 まるでサンバの衣装の様なギラギラした服が並ぶ店であることに気が付いた私は、すぐさま回れ右をしてしまった。


「ラズさんゴメン、店間違えた」


 早く離れようと腕を引く私に、さっきからされるがままのラズさんが「ぶはっ」と噴出したのが聞こえ、足を止めて振り向く。

 すると、ラズさんは爆笑したいのを一生懸命にこらえていてブルブルと肩を揺らしていた。 

  

「ちょ! 笑う!? だって無理でしょ。あんな服かどうかもわからないやつ」

「別に似合うんじゃないか、踊り子衣装。せっかくだから買ってやるぞ?」

 

 完全に面白がっているラズさんはクツクツと笑いながら適当な事を言ってくれる。

 

「いらないから、踊り子って何よ。普通の服買える店でお願いします」


 怒りを含んだ私の「お願い」にやっと笑いを収めてくれたラズさんは、同じ通りにある別の店の前で足を止めた。その店は落ち着いているけれど大人びたワンピースが並んでいるのが大きな窓から見える。


「いい感じ、中入ろ!?」


 まさに私の好みだったのでラズさんを引っ張って中に入ろうとすると、扉の前で腕をぐっと引かれた。何、と振り向く私にラズさんは困ったように苦笑している。


「外で待っていてもいいか?」

「え、でも」

「その代わりに必要なものをいくらでも、遠慮せずに買ってきて構わない」

「え~」


 男のラズさんには女性服の店は入り辛いのだろう。

 とはいえ、いきなり1人はさすがに心細い。戸惑う私にラズさんはずしりと重たい袋を手渡してきた。

 

「それだけあれば足りないことはまず無いだろう、金貨は1万リラ、銀貨が1000リラ、銅貨が100リラ、小さな銀片は1リラの価値だ。迷ったら金貨だけ出せばいい」


 どうやらこの袋の中はお金のようだ、ラズさんが教えてくれた単位を頭に叩き込んで頷く。

 私が一人で店に入ることを了承したのを見て、ラズさんはホッとしたようだった。 


「店の様子が見える場所には居る、本当に困ったら外に向かって手を振れ」

「うん」

 

 まるで一人でお使いに行く子供の気分、ドキドキしながら私はお店の扉を開けると女性に好まれそうな甘い香りがふわりと漂ってきて、明るい女性店員の声が私を迎えた。


「いらっしゃいませ」


 正直、お店の人とお話ししながらの買い物は苦手だ、でもラズさんを待たせているしあまり時間もかけられないので彼女に買い物を手伝ってもらう事にする。


「ワンピースと羽織り物、靴を見せてもらえますか?」

「はい、お待ちくださいね!」


 購入意欲の大きなお客だと気付いたのか、店員さんの顔が輝いて彼女はいそいそとオススメらしい商品を集めだす。その間にぐるりと店内を見渡してみる、お店にある洋服はほとんどがワンピースやスカートで、ズボンは見当たらない。

 この世界の女性はズボンを履く人はいないのかもしれない。


「こちらの商品なんかどうですか?」

「わ、可愛い」


 店員さんがまず持ってきてくれたのは、淡いグリーンのワンピース、良く見るとチェック柄でさわやかだ。それから落ち着いた紺色のAラインワンピースとその色違いのベージュ、ちょっと大人っぽいすみれ色のカシュクールワンピースだった。スカートはどれもふわりと広がるサーキュラータイプ。

 一応試着してサイズを合わせてみて、ラインが綺麗でスカートも長めな紺色と色が綺麗なすみれ色を選ぶ、それから着回しが効くようにブラウスを二着と落ち着いた色のスカート、柄の入ったスカートをそれぞれ購入する事にする。

 靴は編上げのショートブーツが流行りらしく、お店にあるのはほとんどがこのタイプで色もあまりバリエーションが無いようなのでサイズで決めて1足購入した。家で履く楽なスリッパのような履物があれば欲しかったけれど、残念ながらこの店にはおいてないらしい。

 聞けばスリッパの様な履物は市場の雑貨屋さんなどで扱っているらしく、今度市場に行ったら探してみようと決めた。

 それから、家事をする時に必要なのでエプロンを一つと、あると便利なカーディガンとボレロ、部屋着用だという簡素なチュニックワンピースを2着決めた。


「他に入用はございますか!?」


 カウンターに重なっていく商品の山の向こうから店員さんの張り切った声が聞こえてくる。

 とりあえずこれだけあれば余裕で着回せるかな、と考えながら何気なく視線を向けた先に一番買わなければならない物が並んでいた。


「あ、下着」

 

 思わず口にした私に、店員さんがすぐさまカウンターから飛び出し新作だという物を教えてくれる。

 サイズを測ってもらってから上下の揃いで数組購入する事にした。


「すべての合計で42200リラになります!」

「42200、か」


 相場がわからないので高いのか安いのかはわからないけれど、店員さんに言われた金額を頭に入れながらラズさんから渡された袋を空ける、と中には金貨がギッシリ。

 何コレ、と驚いて落としそうになるのを何とか止め金貨を5枚出した。


「あのお金の説明は何だったの・・・・・・」


 金貨しか入ってない袋を渡すなら銀とか銅とかの説明いらなじゃん、と思っていると店員さんがおつりだと言って手を差し出していた。

 ジャラジャラと銀貨と銅貨が手の中に渡され、異世界のコインの珍しさにおつりを眺めていて首を傾げる。


「銀貨6枚に銅貨8枚・・・・・・おつりの銀貨一枚足りなくない?」


 何気なく口にした言葉は店員さんにしっかり聞こえていたらしく、一瞬にして青ざめた店員さんはなぜか「恐れ入りました!」と変な言葉を残して不足分のおつりと商品の入った袋を差し出してきた。

 単なる計算間違えだと思っていたのに、彼女の焦り用から確信犯だったのだと知る。

 おつりの多さに乗じて数を誤魔化したのに加えて、私が簡単には計算できないと思っていたのかもしれない。


「もう、この店はやめよう」


 せっかく着やすそうな服が沢山あったのに、と少し残念に思いながら店を出ると、すぐにラズさんが私に気が付いて近づいてきた。本当に近くで待っていてくれたようだ。


「買えたようだな」


 私の持っている大きな袋をラズさんは自然と持ってくれる。


「遠慮なく買ったからね、ありがとう。でもこのお店最悪、危なくおつりを誤魔化されるところだった」


 ぶつぶつ言いながら重たい金貨の袋も差し出すとラズさんはなぜかそれを受け取らない。

 あれ、と思ってラズを見上げるとなぜかとても意外そうな顔をしていた。


「期待はしてなかったがしっかり店員の悪事を見抜いてきたか」

「もしかしてわざと試した?」


 ギュッと眉をひそめる私にラズさんは少しも悪びれた様子は無い。


「この店の売り子は手癖が悪いと有名らしい」

「ラズさんも性格悪い」


 ムッツリとした私にまた笑いをもらすと、ラズさんは私が差し出した金貨の袋をずいっと押し返した。


「これはサエに預ける」

「はっ!?」


 預けるって何、私は銀行じゃないんだけど。

 唖然とする私に、ラズさんは続けた。


「当面の生活費として使ってくれ、これから市場にも行くから買い物を覚えてやってくれると助かる」

「はぁ、そういう事か・・・・・・でもいいの?」

「サエなら騙される心配もなさそうだし、まぁ、それくらいなら紛失されても何も困らない」


 何その金持ち発言。

 それくらいって、この袋に金貨何枚入っていると思っているの!


「これ、かなりの数入ってるよね、しかも金貨ばっかり」

「そうかもな」


 そうかもな、って把握してないわけじゃないよね。

 お金に執着がないのか、なんなのか。あまりにも無頓着なラズさんの反応にため息をつかずにはいられない。そして、こんな大金を預かるなんて絶対に無理だ。


「重たくて腕もげそうだから、とりあえず持っててもらっていい?」


 さっきから袋を持つ手がプルプルしてるんだよね。下手したら明日は筋肉痛で腕上がらないよ。

 私の訴えにラズさんは「仕方ないな」と言ってやっと金貨の袋を受け取り持ってくれた。


「ラズさんって金銭感覚おかしい人だったんだね」

「そうかもな」


 あ、自覚あるんだ。と笑う私に、ラズさんは居心地悪そうに視線を逃がす。


「冒険者なんて、誰だってこんなもんだろう」

「みんながみんな、ラズさんみたいに強くて稼げてるわけじゃないでしょ?」

 

 だって、成功者がいればそうじゃない人がいるのが当たり前の事で、私は後者だから良く分かる。


「ラズさん、お金は大切なんだよ」


 ジミジミと口にした言葉は見事にラズさんの笑いのツボにはまったらしく、それからしばらくラズさんは肩を揺らしていた。


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