素直な願い
結局ラズさんの買った花束の理由はわからないまま、3人で夕食を食べた後はそれぞれの部屋で休んでこの日はおしまい。そして翌朝、乗合馬車を乗り継いで隣町まで移動し、さらに次の町まで来たところでセシリオさんとはお別れのようだった。
「シロントのドラニア商会って所で待ってるよ。サエちゃんの好きなコーヒーもそこにあるから絶対においでね」
のどかさを感じる小さな町の入り口でセシリオさんを見送る。
どうやらコーヒーが欲しければセシリオさんのところまでいかないとダメらしく、私は絶対に行くと約束をした。
「これからどこへ行くの?」
最初の町に比べて人もかなり少なく小さな町。ここに何があるのかとラズさんを見上げると、ラズさんは町の奥に見える小高い山を指さした。その上に何か建物が見える。
「あそこの教会へ行く」
「教会?」
そんな場所にどんな用事があるのだろうと首を傾げてしまう、けれど私がそれを聞く前に歩き出したラズさん。私は慌ててその背中を追う。
町の中からゆったりとした坂道が始まり、距離にしてかなり遠さもある。体力のない私に合わせて途中休憩をはさみながらたどり着いた教会は厳かで静かな建物だった。
人の気配のないその協会の扉を押し開き、中へ入っていくラズさん。
天井に近い場所に張り巡らされたステンドグラスの見事さに圧倒されていると、黒い神父服を着た男性が奥の方から現れた。
彼は私達の姿にニコリと優し気な笑みを浮かべる。
「おや、もしかしてラズレイアさんですか。お久しぶりですね」
どうやらラズさんとは顔見知りらしく、ラズさんの方も神父さんに深く頭を下げてみせた。
「長らく顔も出さず、申し訳ありませんでした」
丁寧な言葉で冒険者仲間にも私にも見せるのとは違う表情のラズさん。こんな一面もあるのかとポカンとしていると神父さんと目が合いほほ笑まれる。
「貴方の活躍は聞き及んでますよ、今日は彼女に報告しにきたのでしょう」
『彼女』という言葉にドキリとする。いったい誰の事かと気になりながらも平静装う。
「どうぞ」
そう呼びかけて、神父さんは教会の奥へと移動していく、それを追いかけるように移動を始めたラズさんの背中を追うと扉の先は明るい庭になっていた。
さわさわと風が通る庭、そこにはたくさんのお墓がならんでいた。
「お墓?」
「妹の墓だ」
整然と並んだお墓の一つの前で足を止めたラズさんが、空間から昨日買ったお花を取り出す。
買った時と変わらず生き生きと咲く花束をお墓に供えたラズさんは片膝をついて祈りをささげる、この世界ではこういう形で祈るのか、と納得しながら私はその後ろで日本式で手を合わせ、祈った。
「ラズさん、妹さんが居たんだね」
ラズさんが祈りを終え、立ち上がったところで声をかけた。花束の白い花が小さく風に揺れる。
神父さんはいつの間にか姿を消していて、静かな空間には私とラズさんだけ。
私のつぶやきにちらりと視線をよこし、すぐにお墓に視線を戻したラズさんは落ち着いた声で話し出した。
「10年以上も前に国同士の戦争で故郷を無くし、冒険者となって路銀を稼ぎながら妹と二人この地まで逃げ延びてきた。しかしそれからほどなくして妹が病気になり、ここの神父に妹を預け俺は妹の病気を治す薬を求めてイグリアに渡った。秘宝に望めばそれが手に入ると思ったんだ」
彼がこうして自分の事を話してくれるのは初めてだ、きっと知る人は少ないラズさんの過去、私はだまってそれに視線と耳を向ける。
「しかし結局間に合わなかった。洞窟に夢中で、妹の病状が悪くなっていることにも気が付かず。もっと一緒にいてやればよかったと……後悔もある」
ラズさんが大陸へ来るのは3年ぶりだと言っていたのを思い出す。
妹さんを亡くした後はずっとこの場所へ来ることができず、避けるようにして洞窟にばかり潜っていたんだろう。家族を亡くし、それを受け入れられないと現実から目をそむけたくなる気持ちはよくわかる。
小さな骨壺を二つ抱いて、泣きながら眠った夜。
たった一人になってしまった現実が怖くて、何かに熱中することでそれを忘れようとしたのは私だって同じだった。
「ラズさんが妹さんを大切に想ってたことは伝わってると思う」
戦争という厳しい状況の中を逃げ延びながらずっとラズさんが守って来たんだ。その事は妹さんだって絶対に感謝してると思うから。
硬く拳にされた大きな手にそっと触れると、ラズさんの視線が私を見下ろす。
「サエの家族も心配しているのだろうな」
突然、話題が自分に移ってきたことに驚く。
申し訳なさそうな視線に私は否定を返した。そういえば、私も家族の話をラズさんにするのは初めてだ。
「私、両親はもう他界しているし兄弟も居ないから」
「しかし、親しい人は……」
誰かしら、私が姿を消したことを心配する人はいるはずだというラズんさの言葉には苦笑しか返せない。
だって本当にそんな人は居ないのだから。
私はもうとっくに、こちらの世界での暮らしの方が楽しいくなっていて、知り合いもそう多いわけじゃないけど、所長さんやギルドの皆とお別れしなきゃいけないって事は考えるだけでも寂しい。
「元の世界には、帰れなくても不幸じゃないよ」
だから側にいさせて。そんな下心の含まれた私の言葉にラズさんは困惑を表情を浮かべた。
「それは、不甲斐ない俺をかばっての言葉か?」
「え?」
「サエは優しいな、元の世界に帰ることは到底不可能だとわかって俺の逃げ道を作っていてくれる」
「まって、そうじゃない」
ラズさんが勘違いしているのを感じて慌てて止めるけれど、ラズさんは自嘲気味に続ける。
「俺が秘宝を見つけ出せないと思って。サエはもう、元の世界をあきらめてしまっているんだろう?」
なんだかどんどん間違った方向に思考を進めさせるラズさん。
私としてはラズさんがもう一度秘宝を見つけてしまいそうで怖いと思っているというのに。
「私は、元の世界に戻るよりもこっちの世界の方に居たいと思ってるよ」
思い切って伝えた本音に、ラズさんの困惑がより一層深くなる。
「元の世界に帰りたいのではなかったか?」
怪訝そうに問われた言葉に、思わず頭を抱えそうになった。
私、帰りたいって言ったことは一度もないと思うんだけど。
まぁ、私もあいまいな言葉ばかりで誤魔化してきたから、誤解されていても仕方はないんだけど。
私が元の世界に帰らなければラズさんはずっと私の所有者として養う義務が消えない。
秘宝が武器や道具であれば手放すことも簡単だったろうに。
手間がかかるだけで何の役にも立たない人間。どこまでも面倒な秘宝を手に入れたと後悔していたことだろう。
それでも優しいラズさんは私の人生までをも責任に感じていて、これ以上困らせたくなかった。
けれど、もう限界。
「ごめんラズさん。私はこの世界でラズさんと一緒に居たい」
自分の『秘宝』という手に入れた者に守られるのが義務であるかのような立場を利用してでも、この心地よい世界を無くしたくない。
この世界に居たいと望むのは完全なる私の我儘、そんな私の我儘を突き付けられたラズさんはどんな顔をしているのか、知るのが怖い私が顔を上げられずにいると帰ってきたのは深いため息。
思わず心臓が凍り、泣き出しそうになっていると大きな手が私のほほを包んだ。その手によって上げられた視線は綺麗なアメジストにつかまる。
「どうして謝る?」
問われて余計に涙があふれる。
「私、ラズさんの枷になるのは嫌だ」
私が自分の我儘を伝えることで、ラズさんにとって私の存在はラズさんの人生の枷になってしまうとわかっていた、だから絶対に言うつもりはなかったのに。ボロボロこぼれる涙を止められない私は、次の瞬間大きな胸板に引き寄せられた。
「誰が枷だ。そんな風に思ったことなど一度もない」
「だって、私が居たらラズさんは自由に生きられなくなるんだよ」
私の存在がある事で、ラズさんはこれから出会う誰かと家族を作ることもできなくなるかもしれない。たとえその相手が『秘宝』の存在を受け入れてくれたとしても、その時私は彼の幸せを喜べないだろう。
さらに、本来なら自由に世界を旅をすることができる冒険者であるラズさんの行動だって制限されることになる。私の側を離れてどこかへ行くラズさんを縛りたくなる日も来るかもしれない、要求が膨らんでずっとそばにいて欲しいと言ってしまうかもしれない。
グダグダとネガティブな考えばかり浮かぶ私の頭の上でラズさんが笑ったのが聞こえた。
「今、わかった気がする。俺が望んでいたもの」
何のことかと顔を上げると、笑顔を返された。
どうやら詳しくは教える気が無いらしい。
「サエは確かに俺の秘宝だ」
ワッと楽しそうに笑った笑顔に目が釘付けになる。
ラズさんの笑顔はいつも穏やかな優しいもので、こんなにも無邪気に幼く笑う顔は初めてだ。
思わず「かわいい」と思ってしまったのは内緒にしておこうと思う。
その時、ブワリと風が吹き抜けた。
白い花びらが空に舞うのを見て、ここがラズさんの妹さんの墓前だったことを思い出す。
こんな場所でラズさんとくっついているという事実が恥ずかしくなってすぐさま体を離すと離すと、ラズさんの大きな手が私の手を掴む。
「後悔しないか?」
それは、元の世界に戻れなくても。ってことだよね。
私がラズさんの問いに大きくうなずくと「そうか」と言ってラズさんは私の指先にキスを落とした。
おとぎ話の王子様みたいに膝をついて、ということは無いけれど、これはこれですごい破壊力。けれど本当の爆弾はこの後だった。
「もう一度誓おう。俺は決してサエを泣かさない」
それは以前、ラズさんが所長さんに誓わされた言葉。
その時もこんな顔をしていたのかと、所長さんの赤面の理由を今更ながら知ると同時に、全身の熱が顔に集まってしまう。
「ラズさん、ここ墓前」
あまりにもいたたまれなくて、視線を逃がしながらそう訴えると、ラズさんはチラリと妹さんのお墓を見てからニヤリと笑った。
「心配ない、喜んでくれている」
満足げなラズさんが恨めしい。
「お二人とも、お茶を入れたからこちらへどうぞ」
すっかり油断していたところに突然呼ばれて、思わず叫びだしそうになる。
いつの間にか神父さんが扉を開けてニコニコとそこに立っていた。
今、顔出しましたって雰囲気出してるけど、めちゃくちゃタイミング良いし、もしかして見られてた!?
別に告白されたわけでも何でもないけど、なにこの恥ずかしさ。
でも、私がラズさんの側にいたいっていうのはほとんど告白みたいなもんだし。それを受け入れてくれたってことは伝わっているってことなんだよね。
「サエ、お茶を頂いて帰ろう」
ラズさんへの気持ちが恋愛のそれだと伝わっているのだろうかという私の不安を知らないラズさんは、爽やかな笑顔でそう私を促した。




