異世界で生活始めます
「とりあえず簡単な報告書だけ作るから」
と、所長さんに名前や年齢などの個人情報を質問され、日が暮れてきたから続きは明日で良いという所長さんに追い出されるようにしてギルドを出た。
すると、ちょうど夕焼けが町を赤く染めていてとても幻想的なその光景が私の目を奪う。
こんなに綺麗になのに特に珍しい景色でもないらしいラズさんはその光景に足を止める事は無かった。
「どこに行くんですか?」
太陽の沈む方向に歩きだしたラズさんを追いかけながら声をかけるとながら、ラズさんは顔だけで振り向いてきた。
「帰宅する」
「あの、私はどうすれば?」
「一緒に、貴女には申し訳ないがギルドの指示だ」
一緒に、ってラズさんの家に行くってこと?
確かに所長さんはそんなことを言ってた気がするけど、見ず知らずの男の家について行くってダメな気がする。
でもだからと言って行くあてもないし、もう日が暮れる。ここでグズグズ我儘言っても迷惑かけるだけなんだよね。もう、いいや腹くくろう。
「わかりました、お世話になります」
ラズさんの家はギルドからそう離れていない場所、大きな通りを抜けた先の似たような形の家が並ぶ住宅地にあった。
「おじゃまします」
緊張しながら玄関を入るとまず玄関ホールの広さに驚く、本来ならこの場所に来客用の椅子やテーブルを置くのかもしれないけれど、何もないから余計に広い。
失礼だとはわかっていながらもキョロキョロと家を見渡す私には気にも止めずにラズさんは靴のまま奥に入っていってしまった、どうやら靴を脱ぐのは不要なようで私も土足のままその背中を追いかけた。
ラズさんが入った部屋はリビングのようだった。
だけど、私が見慣れた家電は1つも無いどころか、暖炉と四人がけのダイニングテーブルがあるだけのやけにがらんとした空間。窓にはカーテンがつるされていて、左手奥にはキッチンスペースがある。
ラズさんは何も置かれていないダイニングテーブルの上に手袋と両腕から外した金属製の小手を置く。右にだけ付けられた肩当てと金属製の胸当てを外すと、その下の厚手のジャケットまで脱いで黒いTシャツ姿になった。
腰のべルトごと外した剣は壁に立て掛け、丈夫そうな革製の腰袋や小さな短剣がつるされたベルトも外してその横にほおり投げるようにして置く。
重そうな装備を解いてすっかり身軽になったラズさんはキッチンへ移動して行くと何かを探った後短く声をあげた。
なんだろうと思いながらもリビングの扉のそばで立っていると、ラズさんは私の方にやってきていきなり謝罪を口にする。
「申し訳ない、貴女に提供できるような食べ物が無かった。何か買ってくるので待っていてもらえるか?」
「え?」
「近くの食堂で女性が好みそうなものを作ってもらってくる」
ラズさんの提案に思わず尻込みする、正直何かを食べたいほどお腹は空いてない。
「別にそこまでしてもらわなくても・・・・・・あの、キッチン見ても良いですか?」
パンの1つもあればそれをもらおうと、キッチンに入る許可を貰って移動する。あまり使われてないようだけど調理具は豊富で、棚に並べられた木箱には保存のきく野菜や乾燥豆が入っていた。
床に置かれた蓋付きの箱をあけると、不思議な事に冷たい冷気が立ち上ってきて驚く。電気もなさそうなのにどういう仕組かわからないけれど冷凍庫のようだ、中には冷凍状態の肉らしきものと丸い形のパンがいくつかあって、これだけあったら十分二人分の食事が作れると思う。
「ここにあるもので適当に作らせて下さい、ラズさんの分も作りますから」
「それは構わないが……」
家の主に許可は貰ったからあとは自由だ、調理台を確認するとつまみを回すだけで火が使える台と水の出る蛇口があってホッとする。異世界でも生活に便利な道具は揃っているらしい。
だけどやっぱり電気はないようで、そういえば部屋が明るいのはどうしてだろう、と見渡すと部屋の壁に何やら光る球体がくっついていた。あれが灯りらしい。
とりあえずあれの説明は後から聞くとして、まずは料理、と木箱の野菜を探った。
お肉を焼く時に使うニンニクとスープに使えそうな根菜をいくつか取り出していると、底の方からすっかり芽の生えたジャガイモらしき物体が出てきて思わず噴き出した。
こんな風にニョキニョキと芽が成長したジャガイモを見るのは初めてだよ。
「どうかしたか?」
笑っている私を不振がったのかラズさんがカウンタ越しにこちらを覗き込む。
「これ、わざと育ててたんですか?」
すでに身も萎み食用としては的さないイモをラズさんに手渡すと、ラズさんも少し感動したようにそれを眺める。
その姿に笑いをこらえつつ、食べれるジャガイモの皮を包丁でむいていく。他にもいくつかの根菜を処理して蒸し器にほおりこんだ。
ふと、ラズさんを見れば、まだ私が手渡したイモを興味深そうに眺めていて、その姿にまた笑いを誘われてしまった。
「それ、土に植えたら新しいのが育つんじゃないですか?」
「そうなのか?」
「芋を育てるのってそうだった気がする、実際にはやったこと無いのでわからないですけどね」
私の言葉にさらに興味深そうに唸って、ラズさんは芽の伸びたイモをそっとカウンターの端に置いた。もしかしたら本気で土に植えてみる気かもしれない。
大きめの鍋で玉ねぎと思われるけれど緑色の野菜を炒めてオニオンスープを煮る。次に冷凍されたお肉を切ろうとしたけれど、カチカチに凍ったお肉は固くて包丁を通さない。私が苦戦していると見ているだけだったラズさんが隣に来て、私の包丁を奪っていった。
「どれくらい必要だ?」
「えっと、ステーキにするので厚めで」
「わかった」
頷いたラズさんは軽々と固い肉に包丁を入れ、あっという間に大きな肉の塊をほどよい厚さに切り分けてしまった。
「ラズさん力持ちですね、洞窟でも私を背負ってあんなに早く走ってたし」
「それが取り柄だからな」
冒険者はみんな似たようなものだ、と謙遜を言うラズさんに「へぇ」という相槌を返してまた手元に視線を移した。
切ってもらった肉に下味をつけて、肉を焼くためのフライパンに油とニンニクを入れる。ラズさんはずっと私の作業を見ているから正直ちょっとやりづらいんだけど、彼が何となく楽しそうな表情をしているようにも見えるから我慢することにした。
「貴女は料理の手際がいいな、普段からよく作るのか?」
「作りますよ、両親が早くに亡くなったので必然的に覚えたのもあるんですけど。でも料理は結構好きです」
本当は料理なんて久々だ。料理が好きだった時期があったのは本当で嘘では無いけれど、こうして包丁を握ったのは数ヵ月ぶりだと思う。長らく自分の手料理なんて食べてなかったし、食事はほとんどコンビニで済ませていた。
「そうなのか」
ラズさんの声は熱々のフライパンが肉を受け止めた音で半分かき消される。
お肉が香ばしい香りと音を立てるのを見ていたら、先ほどまでは全くなかった空腹感が生まれてきた。
こういう食欲も久々かもしれない。この短時間でまるで生まれ変わったように生き生きしている自分に気が付くと、なんだかラズさんとももっと仲良くなりたくなってきた。
「ラズさん、私の事はサエって読んでくださいね」
さっきから「貴女」と呼ばれるたびになんだか落ち着かなくてたまらなかった。肉をひっくり返しながら言った私に、ラズさんは嫌な顔することなく大きく頷いてくれた。
「ならサエも気軽に頼む」
「はぁい!」
そんな会話をしている間にお肉が焼きあがって、千切りにしたジャガイモを焼き揚げにしたものと一緒に盛り付けをし石塩と黒コショウで仕上げをするとラズさんがテーブルに運んでくれた。
冷凍されていたパンを焼き直したものと、スープと蒸かし野菜のサラダでささやかだけれど夕食の完成だ。
「どう、ですか?」
「・・・・・・うまい!」
ラズさんの一言にどっと肩の力が抜けるのを感じる。
よく考えたらラズさんの味の好みとか知らないし、生活習慣が違うと味覚も違うって事を忘れて自分好みで作ってしまったんだった。
私が美味しくてもラズさんの口には合わなかったらどうしようという心配は無用だったようで、ラズさんは全ての料理を綺麗に平らげてくれた。
食事を終えて片付けをしてる頃にはなんだか眠くなってきて、あくびを噛み殺しながら洗い物をする。日の入りから考えたらまだ眠くなるほどの遅い時間では無いはずなのに不思議。
何度もあくびを噛み殺す私に気が付いたラズさんは、なんとか洗い物を終えた私を部屋に案内してくれた。
「サエの部屋はここだ、何もなくて悪いが必要なものは後で好きなものを揃えてくれ、一度も使ったことの無い部屋だが寝具は未使用だし掃除も定期的に頼んであったから大丈夫なはずだ」
ラズさんが私にと空けてくれた部屋は、玄関ホールを挟んだリビングの反対側。中にはベッドとクローゼットがあるだけがあって、やっぱりここも部屋の広さに比べて家具が足りないようでずいぶんと広々だ。
シャワー室と洗面所の場所も教わって、風呂は先に使えというラズさんの好意に従った。
布団に飛び込むとフカフカで優しい香料の香りに癒される。
気持ちいいと思っているうちに眠ってしまったようで、目が覚めると辺りは明るくなっていて部屋の窓から日の出が見えた。
こんな早い時間に目が覚めたのは、やっぱり昨夜寝るのが早すぎたからだろう。
トイレに行きたくなって部屋を出る、ラズさんはまだ寝ているだろうと忍び足でホールを横切り洗面所へ向かった。
目的を達成してホッとしながら洗面所を出ると、何となく部屋には戻らずにキッチンへ足が向く。
せっかくだからラズさんが起きる前にご飯の準備しよう。
スープは昨日の夜から水に浸けておいた豆で作って、ジャガイモがまだあるからハッシュドポテト、薫製肉をパンに挟んでサンドイッチで決まりかな。サラダにできる新鮮な葉物野菜や果物が無いのが残念。
「牛乳と卵があればフレンチトーストにするんだけどな」
昨日パンを食べたときに気が付いたんだけど、この世界のパンはとても美味しい。だからここのパンで私の好きなフレンチトーストを作ってみたいなと思う。
そんな野望を持ちながらの朝食の準備がおわる頃、ラズさんが起きてきた。
私の準備した朝食に目を丸くしてイソイソと食べ始めたラズさんはやっぱり綺麗に完食してくれて、作りがいがあるなと嬉しくなった。
「今日はまたギルドに行くんだよね?」
食事を終えた後、なにやらいろんなものを部屋中に広げ始めたラズさんに声をかけると、何か考えるような素振りをしてから私を振り向いた。
「ギルドに行くのは午後からだな、先に買い物に行こう」
「でも、所長さんを待たせるんじゃ」
「あの人が朝から真面目に出勤すると思うか?」
「え・・・・・・っと」
いや、知らないけどさ。確かに見た目だけで考えたらメチャクチャ夜型そうな人だけどさ。
返事に困る私を見て少し笑ったラズさんは、広げていたものをまた袋に入れて片付けると立ち上がって私を振り向いた。
「消耗した道具を購入したいんだ、サエもこれから生活するためのものが色々必要だろう。それから、新鮮な食材が買える市場も見せたい」
ラズさんの言葉に思わず目が輝く。こんな楽しそうな予定を提案されたら断る理由が無いよね。
「買い物行く」
私の返事に満足そうに笑ったラズさんに同じように笑みを返して、今さらながら何か昨日とは違う違和感を感じて首をかしげた。
なんだかラズさんの雰囲気が違う、お互いに少し緊張が抜けたせいかもしれないけど。少し観察するようにラズさんを眺めていてその理由を発見し、声を上げる。
「あっ!」
私の声に、Tシャツの上にジャケットを羽織っていたいたラズさんは怪訝に眉を寄せる。
「どうした?」
「無精ヒゲがない!」
え、とラズさんは驚いた様子で自分の顎にてを当てて恥ずかしそうに目をそらした。とっさに「ごめん」と謝るけれど、内心では逆でニヤニヤが止まらない。
髭がないだけでラズさんはとてもさわやかな好青年だ。ついでに髪型もちょっと違う。
昨日は結構な無精髭が生えていた上に洞窟帰りの汚れと疲労で少し老けて見えていたのかもしれない、それでも十分男前だったんだけど、髭を綺麗に剃ってある今は昨日の記憶よりもずっと若く、美形の美青年と言っても大げさじゃないくらい。
「ラズさん、ヒゲ無いと若いね」
からかい調子で褒めた私に、ラズさんは苦笑いで「出掛けるぞ」と私を外出に促した。