目を覚ましたら秘宝でした
真っ暗闇の中にいた、膝を抱えて丸くなって寝ていたらしく、手足を伸ばそうとして何故か壁に遮られる。なんだろう、と寝返りをしようと身をよじった時、古い金属が擦れるような音と共に真っ暗闇に光が差し込んできた。
光の眩しさに目が眩んで目を瞑り、少ししてからユックリと目を開けると大きな人影が視界に飛び込んできて、驚きに息が詰まった。慌てて飛び起きたおかげで堅い何かに思いっきり頭をぶつけてしまい悶絶。
「っったぁ」
涙がこぼれるほどの痛みに耐えていると、困ったような声が落とされた。
「大丈夫か?」
見知らぬ人の声に我に返り、顔を上げるとそこに居たのは無精ヒゲがちょっと残念だけど端正な顔立ちの男性だった。
西洋人と日本人の中間、いうなればハーフっぽい顔立ちで髪の毛は良くある茶髪。だけど瞳が紫色という見慣れない色をしていて、こんな色のカラコンもあるんだと珍しさから思わず見つめてしまう。
私があまりにも彼を凝視していたためか、その瞳は困惑の色を強くして細められた。
「人間、か?」
探るように問われた言葉に、何を言ってるのかと眉をひそめる。
「人間ですけど。っていうか、ここはドコ?」
自分の置かれた状況がわからない不安がじわりと胸に広がり、少しでも情報を得ようとゆっくりと周りに視線を巡らせた。そこはむき出しの岩肌がドーム状に囲んでいる広い空間、私のいる場所の両脇には天井に向かって伸びる石柱が建っていて、先端には炎が燃えている。
地面もむき出しだから、ここは天然の洞窟に誰かが手を加えて作った空間なんだろう。そして私が入っている箱にはかまぼこ形の蓋が付いていて、その形はまるで海賊映画に出てくる宝箱のよう。
「ここは洞窟の最下層。君は、何者だ?」
「え、っと。とりあえず箱から出て良いですか」
せっかく彼が場所まで教えてくれたのに、私の頭は混乱するだけでそれを受け入れられない。
だって、洞窟とか言われても「なんで?」って感じだし、現状を理解できないおかげでそわそわと落ち着かない心が箱から出たいという要求を口にさせた。
何者か、という質問を見事にスルーしてみせた私の目の前に、分厚い革の手袋の手が差し出される。
それは目の前の男性の物で、私に手を貸すつもりで差し出してくれたんだろう、でも男の人に手を差し伸べられるなんて初めての経験、なんだか私にはその手を取るのも気恥ずかしい。
とは言っても、差し出された手を無視するのも失礼な気がする、と悩んでいると急に体がフワリと浮いた。
「うぇっ!!?」
私の両脇に彼の手があり抱き上げられていると気が付いたのはすぐのこと。まるで子供を抱き上げるかのように扱われている恥ずかしさより驚きの方が大きい、すぐ目の前にある男性の顔にドキドキする暇もなく、持ち上げられた身体は彼の肩に担がれた。
「すまない、のんびりしている暇がないようだ」
「え、な。なに!」
私の騒ぎを無視して、私を担いだ彼は急に走り出した。
全速力で走る男に担がれている状況は揺れが激しくて頭がぐるぐるしてくる、止めて欲しいと言いかけて、上げた視線の先で洞窟がガラガラと崩れているのを見てしまった。
恐ろしすぎる光景に声を出すこともできない。辛い体勢に苦しみながらも、大人しく荷物に徹することに決めた私はいつの間にか振り落とされないようにと彼の服をギュッと握っていた。
得体の知れない男は成人女性である私を担いでいるとは思えない速さで洞窟の中を走っていく。
ここがどれくらいの深さの場所かはわからないけれど、追いかけるようにして崩れてくる洞窟から逃げるのは不可能じゃないかと吐きそうな頭で絶望を覚悟した時、突然世界が反転し明るくなった。
「……空だ」
先ほどまで辛い態勢で担がれていた私は、地面にあおむけになって空を見上げている。
なんだろう、コレ夢?
場面がコロコロ変わるこれはきっと夢なんだろう、初夏のような乾いた気持ちの良い風に目を閉じると頭の上から声をかけられた。
「大丈夫か?」
それはさっき聞いた声だ。
まだ夢は続くのかと目を開ければ、男性は大きな肩で息をしながら私を見下ろしていた。
私が目を開けるのを確認すると、彼は乱れた髪をかき上げる動作をした後、私の隣にごろんと横になった。
「さすがに危なかった。脱出碑の場所を確認しておいて正解だったな」
本当に命がけで走ってたんだろう、まだ息の乱れの収まらない様子でポツリとつぶやくが耳に届いた。
彼の理解しがたい単語を質問する余裕もなく、私は大の字になって空を見上げる。
私たちはこんなにヘトヘトなのに、青い空をのんびりと鳥が飛んでいて、その様子が意味も無く笑いを誘ってきて私は「あははっ!」と大きな声で笑った。おかげで色んな事がスッと抜ける。
「すっごい怖かったぁ。でもなんか気持ちいい!」
死ぬほどドキドキした後にこんな爽快感があるなんて知らなかったよ。
きっとジェットコースターとかバンジージャンプにハマる人の心情ってこんななんだろうな、なんて考えつつ、私は体を起こすと正座の形をとると、隣で大の字になる男に向かいゆっくりと頭を下げた。
「助けていただいてありがとうございました」
丁寧なお礼を告げて顔を上げると、彼はムクリと起き上って私を見つめる。
太陽の下では紫色の瞳はさらに淡い紫色に見えた。
「本当に普通の人間なのか?」
なんで同じことを何度も聞くんだろう、私が人間じゃなかったら何に見えるというのか。
「人間です。成人した大人です」
「成人、してるのか?」
え、なぜそこで思いっきり怪訝な顔になるの。
確かに引き籠りニートだから胸張って立派な大人だとは言えないけれども。
「名前は? 俺はラズレイア・・・・・・ラズでいい」
「紗英です」
そうか、と一つ頷いたラズさんは全力疾走の疲れなど全く感じさせない軽い身のこなしで立ち上がると私に向かって手を差し伸べた。
今度は躊躇しないでその手を取る。
ぐいっと引き上げられ、一瞬宙に浮いてから地面に着地した。自分がとても軽いと錯覚されてしまうけれど、ラズさんが怪力なだけ。
「ギルドに報告しなければいけない、一緒に行ってもらえるか?」
ギルドって何、と思いながらもとりあえずそれに頷く。ラズさんが指差した方向には、そう遠くない距離に建物が見えた。
まるで外国の町を旅する番組で観るような景色だと思う。
石畳の道に、白い煉瓦の壁の家が並ぶ。屋根は家ごとに違うカラフルな色合いをしいてそれが町全体を可愛らしい雰囲気にしていた。
けれど町を歩く人達は鎧を着ていたり武器を携えてる人が多くて、なんだか怖い。シャツにズボンという普通の格好のおじさんや、可愛らしいワンピース姿の女性ももちろんいて、明るい町であることは間違い無いんだけど。
今さら気が付いた事だけれど、前を歩くラズさんも腰に大きな剣をぶら下げているんだよね。
いったいこの町は何なんだろう、ゲームの中に迷い混んだような錯覚を必死に否定しながら歩いていると前を行くラズさんが大きな建物の前で足を止めた。
「ここだ」
ラズさんの声を聞きながら建物を見上げる。
3階建てと思われる石壁の建物は、間違いなくこの町で一番大きな建物だろう。
ラズさんを追いかけて建物に入ると、意外にも人の姿は無く静かだった。
正面の大きな階段から2階に上ると綺麗なお姉さんが座るカウンターが見えてきて、ラズさんが近づくと金髪の綺麗なお姉さんは慌てた様子でカウンターから飛び出してきた。その頬が少し染まっているのは気のせいじゃないよね。
「ラズレイア・ローグ様、お待ちしておりました」
「あぁ」
「どうぞこちらへ」
少し興奮気味のお姉さんの案内で通されたのはさらに上の階の部屋だった。重厚な開き扉の先にはきっと偉い人が待っていると予想され、ちょっとドキドキする。
「所長、ローグ様が戻られました」
お姉さんが開けてくれた扉をラズさんに続いてくぐると、広い執務机に座っていた人がにこやかに立ち上がった。
その人物の姿が予想を裏切る姿すぎて、思わず二度見してしまったのは仕方ないと思う。
だって所長と呼ばれるその人は燃えるように真っ赤な髪で、完璧な造形ともいえるグラマラスな美女だったんだから。
「ラズレイア・ローグ、イグリアの秘宝を入手したのは君で間違いないね?」
所長さんは私が履いたら確実に転ぶような高いヒールを鳴らして近づいてくるとラズさんに問いかけた。
歩くたびにタイトスカートの深いスリットからチラチラ足が見えて、その美脚を凝視せずにはいられない。
女の私が所長さんの魅力にドキドキしてるというのに、ラズさんは表情を変えずに直立し、高揚の無い声で質問に答えた。
「洞窟の最下層で宝箱を開けた、中にあったのは」
そこで言葉を止めて私を振り向いたラズさんにつられて所長さんも私に視線をよこす。
「彼女だ」
ラズさんの説明に所長さんは髪の毛と同じ赤い目を丸くして私とラズを見比べたあと、突然笑いだした。
「ローグ! お前の望みは花嫁だったのか!」
ゲラゲラとシャツをはち切りそうなほど大きな胸の下の薄いお腹を抱えて大笑いする所長さんに、ラズさんは相変わらず無表情のまま冷たい視線を送っていて、ひとしきり笑った所長さんが落ち着くのを待ってからまた口を開いた。
「俺の望みは違うものだ。だからなぜ彼女が宝箱に居たのかわからない」
所長さんのからかいに表情を変えないラズさん。それが不満なのか所長さんはつまらなそうに顔をしかめたあと、今度は私に近づいてきた。近くでみると迫力がすごい、ヒールを履いているとはいえ、背の高いラズさんと並ぶくらい背が高いんだから女性としてはかなり大柄だ。
「貴女、何か巨大な特殊能力を持っていたりするの?」
腰を折るようにして私を除き混んでくる所長さんは、甘くてエキゾチックな香りがした。シミひとつ無い肌、口元にほくろがひとつあるのが妖艶さを際立たせる。
だけど彼女が口にしたのはあまりにもあり得ない質問。
「ありません」
ひきつる口元でなんとか返事をすると、彼女は体を起こして腕を組んだ。
そして何か考えるように間をおいてから再び質問を紡ぐ。
「じゃあ実は異種族との混血だったり?」
「純粋な人間です」
「わかった! 特別な武器を作れる職人!?」
「手に職の無い無職です」
私が所長さんの質問に答えるたびに、彼女の顔が怖くなっていく。さらにいくつかの質問をしたあと、所長さんはラズさんを振り向いた。
「ねぇ、本当に彼女がイグリアの秘宝なの? 本物はどこかに隠していて適当な女の子つれてきたとか無い!?」
「そんなことはしない」
「本当に本当!? ギルドへの虚偽報告は冒険者資格剥奪だからね!」
興奮ぎみに声をあげる所長さんに、ラズさんは反応しない。先に折れたのは意外にも所長さんだった。
「まあ、あんたがそんなバカな奴じゃないことはわかってる。だけど、彼女の存在は理解に苦しむわね、過去の記録では秘宝は必ずモノだったわけだし」
うろうろと部屋を歩く所長さん、二人のやり取りがわからなくて口を挟めずに居たけれど、そろそろ良いかな。
「あの、私そろそろ帰りたいんですけど」
思いきって声をかけると二人は揃って私を振り向く。美男美女に見られるって、視線だけで石になりそうな迫力なのね。
「帰るって、どこに?」
首を傾げる所長さんがなんだか可愛い。
「もちろん自分の家にですけど。ここって外国ですよね、空港ってあるのかな、日本に行くにはやっぱり乗り換えとか必要ですか? あ、その前にパスポートも無いから日本領事館に助けを求めるのが良いのかな」
どうやったら帰れますか、と言いかけた所で二人の表情が困惑していることに気が付いた。
「あの……」
「ごめんなさい、質問の意味が解らなかったわ」
落ち着いた声で所長さんに問われる。私は質問を変えた。
「えっと……ここは何て言う国ですか?」
「国には属してない、イグリアの洞窟を管理するギルドの支部と冒険者の町があるだけのイグリアの大地よ」
「は?」
こんなにもお互いの記憶と情報が違えば鈍い私でも気がつく、ここが私の知らない世界であること。それは彼らも同じようで、彼らが顔を見合わせるのが見えた。
「なるほどね、確かにイグリアの秘宝だわ」
納得したような声を上げたのは所長さんだった。
「ローグ、彼女をイグリアの秘宝と認める。秘宝の持ち主としてしっかり彼女を守りなさい」
上に立つ者らしい口調で命令を下す所長さんだけれど、反してラズさんは眉間にシワを寄せている。
「できれば彼女の事はギルドで保護して貰いたい」
そのつもりで来たのに、と言いたげなラズさんに所長さんは「とんでもない」と眉を吊り上げた。
「彼女はイグリアの秘宝なのよ、貴方が欲しいものを与えるために存在するんだから手放すなんてありえないわよ。そうね、貴方が討伐なんかで外に行く間はギルドで預かってあげるくらいはするわ。ギルドとしても彼女には興味あるしね」
所長さんの言葉にしばらく無言で何かを考えていたラズさんだったけれど、結局所長さんの提案を受け入れた。
「わかった、それでいい」
なんだか知らないけれど所長さんとラズさんとで話が進んでいって完全に私は茅の外、この困った状況にこっそりとため息をついた。