崖っぷち主人公の奮闘記
日常を、切り売りしている。
嘘と真の入り交じった世界。
本当の事なんて、ほぼほぼ無い。
稀に本音を織り混ぜて、相手に信じこませる。
嘘を信じたものは対価を払い、相手は対価を得る。
本当の事を喋らされたものは代償を払い、相手は代償から対価を得る。
対価をより多く得るために、日常を、切り売りしている。
じわじわと、距離を縮めたのはどちらの方か。
多く会えば情がわき、相手を理解した気になる。
もっと理解したいと思うようになる。
「そうなりゃお涙ちょうだいの身の上話も、昨日あったおっちょこちょいな話も、なんだって相手には効果的さ。」
姐さんは盛大に笑ってそういった。先日かえたばかりだというセラミックの歯が、綺麗に顔を出す。
「まずは接触回数を増やすことさ。来てくれないなら行けばいいし、行けないのなら電話すればいい。待ってたってなにも始まりゃしないよ。」
「あとはブランディングも大切さ。相手にいかにお前がイイ女かって想像させな。相手が求めているものを先回りして知ってしまえば、あとはそれに沿ってストーリーを造り上げてしまえばいい。雲行きが怪しくなったら何度も軌道修正して、相手の逃げ道をふさいじまいな。」
「腹黒くてやってられません」
ぽろっと、本音が口を飛び出していた。
「やってられません、じゃなくてやるんだよ。」
頭の後ろの壁に姐さんの脚が降り下ろされる。
「今月のアンタの稼ぎはなんだい。この仕事なめてんのかい?給料泥棒のアンタを雇い続けられる程うちは優しくないよ。客が来てくれるまで頭下げてまわるか、会いたいと思わせるような工夫をするかさっさとやんな。」
とはいえ、わたしのお客さんは一週間に何度も来店出来るほどお金を持ってはいない。目の前の売上だけを考えれば、いまある繋りさえ断たれてしまう気がした。
「考えるだけで行動しない、アドバイスを活かさない、そんなやつに居場所はないよ。アンタお客さんのこと考えてるとかいっときながら自分のことしか考えてないでしょ。自分が恥をかくのがいやだ、自分がお客さんに嫌われたくない、自分が行動した後の対応は相手が決めることだよ。1週間後までに7人お客を用意しな。それでお前の本気度をはかってやるさ。」
無理だ、と思った。無理だ、と言おうとした。
壁に置かれた脚はそのままに、ぐっと体制を近づかれる。凄んだ顔は、元々が美しいだけに威圧感がある。
「わたしはこれでもあんたに期待してんだ。あんたなら売れると思った。とんだ検討違いだったみたいだけどね。1週間後までに用意できなきゃオサラバさ。いままでありがとよ。」
泣いているように見えた。それすら姐さんの作戦なのかもしれないが、ここにきてはじめて危機感を感じた。
さて、どうしたものだろうか。