8話 七日妖精とバベルの塔
「茶ノ花さんは塔に関する話を知っていますか?」
「塔の話ですか?」
「ええ、かつてあらゆる種族が一つになり、天にも届かんばかりの高い塔を作っていたという話です」
「ああ……」
それは昔話、御伽噺の類だった。
「地空天を貫く魔法の塔、バベルの塔と呼ばれる塔をあらゆる種族が統一し神域を目指し建築していたという御伽噺のことですか?」
「はい、その御伽噺です」
七日妖精さんが吹き抜ける風に目を細めながら、首肯する。
「確かラストは、それを率いていたある種族の気まぐれが原因でそれぞれの種族は分裂してしまい、結果塔は瓦解し神域には届かなかったんですよね」
「その通りです。なかなか詳しいですね」
「いえ、ちょっと……」
わたしは言葉を濁す。誤魔化すように先を促した。
「それで、その話がどうかしたんですか?」
「いえ、私たちはその塔を作ろうとしているんですよ。全種族が総がかりでも完成しなかった幻の塔を、私たち七日妖精の力だけ完成させようとしているんです」
「何の為にですか?」
「何の為……、そうですね。世界遺産に登録出来たら立派だからとか、そんな理由では駄目ですかね」
「世界遺産は建築中でも登録出来ると思いますけど? 七日妖精さんは申請してないじゃないですか」
わたしがジトリとした目を向けると、七日妖精さんは「そうですね」と呟いた。
「本当は、なんでなんですか? それだけが理由じゃないと、わたしは思うんです。もっと、何かあるような……」
「いえ、今言ったのは本当のことですよ。七日妖精は自身の存在を世界に刻み付ける為に塔を作っているんです」
きっぱりと七日妖精さんが言う。
そこまで、はっきりとした口調で言うのだから彼の言っていることは嘘偽りではなく。本心なのだろう。
「あの、七日妖精さん達は、生まれてからずっと塔を作り続けているんですよね?」
「ええ、そうですね」
七日妖精さんが首を縦に振る。それを見ながら、わたしは言うか言わないかを一瞬迷ったが、結局口にしていた。
「そんなの楽しいんですか?」
「楽しいか、楽しくないかで言えば楽しくないでしょうね」
「なら、こんなことはやめて遊びたいとは思わないんですか?」
決まりきった生、決まりきった生活、決まりきった死。そんなものが楽しいわけがないとわたしは思った。
もっともっといろいろなことをしてみたい。普通ならそう思うはずだとわたしは決め付けていた。
「そうですね。確かに何もかも忘れて遊びたいと思うこともあります。しかし、考えてもみてください。私たち七日妖精にとっては何かをするというのは一生涯をかける行為ですよ。楽しそうだからという理由だけであなたはそれに人生を捧げることが出来るのですか?」
「そんなのは無駄だって言うんですか」
「無駄ですね。茶ノ花さんがどう考えているのか私にはわかりませんが、少なくとも私たち七日妖精に取ってみればそんな行為・思考は無駄以外の何者でもないですよ」
断とした口調で七日妖精さんが言った。
「なら、やっぱり、先ほど無限の可能性について褒めていたのは本心じゃなかったんですね」
「いえ、本心です。そういうのも素晴らしいと思います。しかし、私たちには当てはまらないだけのことです。理解と共感は違うのですよ?」
「……」
わたしは黙り込む。
「茶ノ花さんには分かりづらいかもしれませんが、私たちは個人というものを捨てているのです。そんな私たちですから、無限に提示された選択肢の中から何かを選び出すという時間すら無駄なのですよ」
「本当にわからないです」
「そうですか」
わたしが拗ねたように言うと、七日妖精さんは眉を伏した。
「何か一つに全てを捧げることしか出来ないなら、大きなことを成し遂げたいと思うのは性ですよ。でも七日という期間ではそれは叶わない。だから、私たちは七日妖精として生きることにしたのです」
「……」
それはわたしにも分かっている。七日妖精という種族は七日で死んでしまう自身に折り合いをつけて、その中から個人よりも種を優先すると選んだだけだ。
だから、わたしがどう言おうが揺るがない。
しかし、不条理であることに違いはないと思った。
「冷えてきましたね」
七日妖精さんが先ほどとは打ってかわって柔らかい口調で話しかけてくる。気づけば日は落ち辺りは墨を滲ませたように暗くなり始めていた。
「それにこれ以上暗くなると帰り道が危ないですし」
戻りましょうか。という七日妖精さんの提案に従い、わたし達は建物内へと戻る。
日は沈み、紫が濃くなっていた。