7話 魔法
外に出ると、日が沈みかけていた。青い空と夕焼け空が交じり合い紫の帯を編み上げる。
わたしたちは丁度その淡い紫を水平に眺める場所にいた。
雲海が下に見える。そして、狭雲からは地上を覗き見ることが出来た。
そう、塔の頂上は雲よりも高かったのだ。
「こんなに高かったんですね」
わたしは鉄骨の端に立ち、下を覗き見ながら感嘆の意の口にする。相当高いだろうとは思っていたが、まさか雲を下に見る程とは思っていなかった。
「あまり、端に近づくと落ちますよ?」
「大丈夫です。落ちても飛べますから」
「過信しないでください。この高さから落ちたら羽がもげます。落ちるのと飛ぶのは似ているようで違うことなのですよ」
「はーい」
わたしは返事をすると、鉄骨の中心まで戻る。どうやら本気で心配してくれているようだし、景色はじっくり堪能したからわざわざ危険を冒して端に居続ける必要もない。
今、わたしたちは七日妖精の塔の頂上にいる。頂上といっても骨組みだけが出来上がっていて、無骨な鉄骨が組まれているだけなのだが、建物の大きさに比例して骨組みとなる鉄骨の太さも相当のもので、ゆうに幅十メートルはある。歩くだけだったら、なんの問題もない広さである。
辺りは無音、ただ時折駆け抜ける風の音が聞こえるだけ、
さすがにこの時間までは工事はしていないのか、周りに人影はなかった。だから、今ここにいるのはわたしとわたしを案内する七日妖精さんだけということになる。
カツンカツンと鉄を響かせながら、戻ると、
「すごいですよね。こんな大きなものが作れるなんて」
そう感想言った。それは、とても素直に出た言葉だった。
「例えばこんな大きな鉄骨をこの高さまで運ぶ方法なんてわたしには想像もつきません」
言いながら、足場である鉄骨を示す。そんなわたしの問いに七日妖精さんは軽い調子で答えた。
「ああ、それは魔法を使っているんですよ」
「魔法ですか」
「ええ、私たち七日妖精は鉱物を分解したり再構成したりといった魔法が得意ですからね。丁度この塔の中心に塔を突き抜ける円柱状の空洞があります。そこで鉄を分解、気化させて気圧で押し上げる。それを頂上で受け取り再構成させるという具合ですね」
鉱物の分解と再構成。それは本来大地が担うべき役割だ。つまりタイプにすると七日妖精さんの魔法は土タイプか。
「すごいですね」
わたしは素直に感心してしまった。それは七日妖精さんの魔法があまりに高度なものだったからだ。
根源的な魔法様式である地・空・天に限りなく迫った魔法。そのレベルまで到達するためにはどれだけの一途な思いが必要なのか、想像することも出来ない。
まして、七日妖精さんは科学の方も一線を張っている。まあ、魔法と科学は紙一重の部分は確かにあるけど。
しかし、そんなわたしの考えとは裏腹に七日妖精さんは大したことではないという風だった。
「魔法なんてさして、すごいことではないでしょう。どんな種族にだって得意な魔法の一つや二つありますから。お菓子の精である茶ノ花さんって得意な魔法あるでしょう?」
「ええ、まあ……」
わたしは少し言葉を濁す。確かにお菓子の精にも得意な魔法はある。
しかし、それは――。
「確かに、ありますけど……、七日妖精さんのとは比べられないと思います」
「どんな魔法です?」
興味があるのか、七日妖精さんは積極的に訊いてくる。
何がそんなに琴線に触れたのかわからないが、楽しそうだった。わたしは軽く目を閉じて思考を整理する。
「そうですね。お菓子の精は熱の魔法が得意なんです。モノを温めたり冷やしたり。お菓子の精はパティシエやパティシエールが多いですから」
「ああ、そうらしいですね」
「だから熱の魔法が育った。いえ、もっと言うならアメ細工の為なんです。アメ細工を作るとき、形の形成段階でアメが冷えてしまうと固まってしまいますから、より精密に形を作るには常にアメを温めておかなければいけない。そんな理由で発達した魔法なんだそうです。アメ細工はパティシエの華ですから」
言ってから苦笑し「七日妖精さんの魔法に比べれば、理由も効果も取るに足らないようなことかもしれないですよね」とわたしは付け加える。
「そんなことはないですよ。その代わりお菓子の精さんは様々な種類の魔法を使えるのではないですか?」
「ええ、まあそうですけど」
確かに彼が言った通りだが、どれも効果がショボイ。
お菓子の精は割と魔法なら何でも使える魔法様式ビュッフェスタイルだけれども、同時に多大な効果を発揮することも出来ない器用貧乏なのだった。
「魔法というのは種族の方針のようなものですからね。何かに特化した魔法を持たないという事はそれだけ人生の選択肢が多いという事です。向かうべき視界が開けているからこそ、一つの魔法に囚われない。それは素晴らしいことですよ」
そう、それは確かにその通り、だからこそ今いる多くの種族は大掛かりな魔法を使うことが出来なくなってしまっている。わたしの知り合いの中でも、例外が一人いるけど、みんなそうだった。
ただ、何か――
七日妖精さんが言うその言葉はどこか空虚に響いている気がした。それでは自分批判になってしまう。
「それは、本気で言ってるんですか?」
「どういうことです?」
七日妖精さんが怪訝な顔を向ける。
わたしはそれを真っ向から受けると、覚悟を決めた。
「なんで、七日妖精さんはこんな塔を作っているんですか?」
そう訊いた。