4話 すごく培養されてます
「これから建物内を案内していこうと思いますが、その前に何か訊いておきたい事はありますか?」
いざ、これから案内を始めようという七日妖精さんが確認するようにわたしに訊いた。とはいえ、特に訊きたいこともなかったので「いえ、特には――」と言った所ではたと思い出した。
「すみません。少し訊いておかなければいけないことがあるのですがいいですか?」
そうだった。訊いておくべきことはあった。危うく忘れる所だった。
「なんですか?」
「はい、もうこの時間ですから、今日中に帰るのは無理だと思うんです。それで、宿泊することが出来る施設というはありますか?」
これは重要事項である。今晩の宿を確保しないことには落ち着いていられるはずもない。そんなわたしの心配が伝わったのかどうかは定かではないが、七日妖精さんは軽く微笑むと、
「それならば心配は要りませんよ。宿泊施設は十二分にあります」
「本当ですか」
「ええ、ですから二日かけてじっくりと私たち七日妖精についての見識を深めていってください」
七日妖精さんはわたしを落ち着けるように言うと続けて、
「それで、茶ノ花さんはどこか行きたい場所はありますか?」
そう訊いた。わたしは一瞬考えるフリをする。というのもあまり七日妖精のコミュニティについての情報を持っていないので、そう訊かれた所で答えられるはずもないからだ。しかし、即答するのも失礼だろうと思った末の妥協案だ。
「いえ、七日妖精さんにお任せします」
「わかりました」
そう言うと、七日妖精さんは席を立ち応接室の出口でと足を運ぶ、わたしもそれに続いた。
「七日妖精のコミュニティの低階層は主に研究施設となっているんですよ」
生活感とは無縁な無機質な廊下、そんな彼の説明を聞きながら進んで行くと、厳重そうな扉で仕切られた部屋の前に着いた。
「ここは?」
そのあまりに無骨な扉は関係者以外立ち入り禁止の立て札がなくても関係者以外立ち入り禁止だと分かるくらいの威圧感を生み出していた。
「入ってみれば分かると思いますよ」
「いいんですか?」
思わず萎縮していた。本当に入っても良い所なのだろうか? そう思い七日妖精さんを窺うが、彼は対して気にした様子もなく鋼鉄の扉の脇につけられたパネルを操作している。
「もちろんですよ」
その言葉と共に重たい音を立てて扉が左右に引き扉が開く。「どうぞ」という声に従い中に入ると、そこは薄暗い、しかしかなり広さを持った部屋だった。
足を進める度にガシャガシャと金網が軋む音がする。
注意深く見ると、今わたしが立っているところ、その部屋の床ではなくその中ほどの高さに設けられた金網で出来た床だ。下からは黄緑色の淡い光が差し込んでいる。
「なんだろう?」
わたしは金網で出来た床の下を見ようと目を細める。黄緑色の集合体はやがて、個々のものとして認識できるようになる。
「何かの……培養カプセルですか?」
光の正体は理路整然と並べられた筒状のもの。それが黄緑色の光を放っているのがわかった。まさか巨大電球ではないだろう。わたしは当たりをつけて、隣に立っている七日妖精さんに尋ねた。
「ええ、培養カプセルですね」
「何の……ですか?」
わたしの問いに、彼は特に感情を込めず、
「七日妖精のです」
と答えた。確かに言われてみれば眼下に広がるカプセルの中には人型の何かが浮いているのが分かる。つまり、これは七日妖精を育てるための施設……というものなのか?
「驚いているようですね」
「いえ、そんなことはないです……」
と口では言ってみたが、少し動揺していたのは事実だった。
「いえ、驚くのも無理はないでしょう。数多の種族はあれど全人口を人工培養で生み出している種族はいないでしょうから」
「ええ、そうですね。わたしも結構な種族に会ってきましたけど、こんな光景を見たのは初めてです」
「そうでしょうね」と同意している七日妖精さんをチラリと横目で見る。そして。当然の疑問が口をついた。
「どうして、こんなことをしているんですか?」
「茶ノ花さんは七日妖精がどのような種族かはご存知ですか?」
「え? あ、はい」
逆に質問で返されていた。わたしは虚をつかれながらも、なんとか答える。
「一応は、その、寿命からついた名前だと聞いています」
「結構です。ならばこれの理由も見当がつくのではありませんか?」
これと言うと、七日妖精さんは金網の下を指差す。わたしは少し考えるが、まったく見当がつかなかった。
「すみません。わからないのですが……」
申し訳なさそうに言うわたしに、七日妖精さんは「いえ」と気にしないで欲しい旨を体で表現し、
「そうですね。これは七日しか生きられない種族が生み出した進化の形です」
そう、前置きを置くと話始めた。