3話 七日妖精さんはちょっと無愛想みたい
「はあ、生き返りますね~」
所々に観葉植物が置かれた室内で、ソファーに体を沈めながら一息つく。
ここまでが割りと強行軍だったので、体が休息を求めていたのだろう。安心したと同時に、疲れがどっとやってきた。用意されたアイスミルクをストローで飲み干すと、丁度わたしの正面に座っている七日妖精さんにそう笑いかける。
思っていた通り、中は空調完璧で完全に夏をシャットアウト状態だった。ひんやりとした空気が肌に心地いい。
「それは何よりですね」
テンション高めのわたしに目の前の七日妖精さんは落ち着いた笑みを返すと、
「では、落ち着いた所で本日の用件の方に入らせてもらってもいいですか?」
そう切り出した。
「あっ、はい、よろしくお願いします」
軽く会釈すると応えると共にわたしは気持ちを入れ直す。そうだった、何もまったりするためにここに来たのではなかった。
「本日は観光という事ですが、それに間違いありませんか?」
「はい、その通りです」
わたしが答えると、彼は少し可笑しそうに笑う。
「あの? どうかしましたか?」
「いえ、珍しいな。と思ったもので」
「珍しい? ですか?」
わたしが怪訝そうにしているのがわかったのだろう。七日妖精さんは「いえ」と首を振った。
「失礼しました。ただ、滅多にここに他の種族の方がいらっしゃる事がないもので」
「そうなんですか?」
「ええ、こんな場所にありますからね。わざわざ訪れる方も少ない」
「ああ、それは――」
わかりますっ。と大声で同意してしまう所だった。すんでの所で押し留めると、飲み込む。しかし、相手にはしっかりと伝わっていたらしい。
「いえ、本当の事ですからあまり気になさらないで結構ですよ」
そう言うと悪意のない自然な笑みを浮かべている。どうやら、本当に気にしてはいないようだった。
とはいえ、ここで全身全霊をかけて同意するのも相手に悪いので、わたしは「確かに、遠かったです」と控えめに同意するに留めた。
「それに観光と言っても、他所のコミュニティと違って特別名所があるというわけでもないですからね。誰も来ませんよ」
その彼の言葉には少し自虐が込められている気がした。
確かに他のコミュニティは都市の形態を取る所が多く、観光名所を設けているところも多い。
そんな中で、七日妖精のコミュニティはただ塔があるのみである。とはいえ、そこまで卑下するようなことでもないような気がする。何よりも七日妖精には誇るべきもの持っているし。
「そうですか? こんな立派な塔があるのに、十分名所だと思いますよ」
「そう言ってもらえると七日妖精としてはすごくうれしいですね」
そう言うと、彼は心底うれしそうな笑顔を浮かべた。どうやら、七日妖精にとってこの塔を褒められる事は最高の誉れらしい。
わたしも彼に合わせて笑うが、それがちょっと引きつっていたのは、でも、やっぱり遊びに来るような場所じゃないなぁと、心の中で思っていたので、その笑顔に少し心がチクリとする。
「それに、わたしは見識を深めに来たのであって遊びに来たわけではありませんから」
その罪悪感を誤魔化すためというわけではないが、わたしは格好をつけてそんなことを言ってみた。
「それは立派ですね」
「ええ、まあ」
かなり社交辞令感溢れる返答が返ってくるのに、わたしも適当に相槌を打つ。というか、本当は強制的に……だし。
「それで、この後のことなんですけど」
わたしは静々と切り出す。それに彼は頷くと、
「ああ、私たちはあなたを歓迎しますよ。どうかゆっくりしていってください」
「あ、はい。わかりました。ありがとうございます」
それを聞いてわたしは胸を撫で下ろした。とりあえず追い返されることはなさそうなので、一安心。やはり、七日妖精は排他的というわけではないのだ。
「それで、この後の事ですか。そうですね、もしよろしければ私が案内しましょうか?」
「え、ほんとっ。……にいいんですか?」
「ええ、構いませんよ」
「そうしてもらえると助かります」
それはわたしの本音だ。正直どこを見て回ればいいのか自分では見当もつかなかった。
観光案内所みないものも見た感じ期待できそうになかったので、彼が案内役をして勝手出てくれるのは非常に助かる。
「あ、わたしは此花月茶ノ花と言います。お茶の花と書いて茶ノ花です。なんか、わたしの髪の色が飲んでいた新茶の葉に似てたからとか言って、両親が適当に付けちゃったみたいなんですよね」
ってなんで名前の由来まで話してるんだ、わたしは。
気づいたら口が滑っていた。これは変な名前をつけられた子の宿命なのだろうか。大体、お菓子の精なのになぜにお茶? 本当はちろるとかがよかった。
なんてことを今更言ってもしょうがないのだが、とはいえここまで話してしまったものはしょうがない。
「本当に適当な親ですよね」
と話を締めた。それに、七日妖精さんは目を細めると、
「茶ノ花さんは幸せですね」
しみじみと言った。
「いや、幸せなんかじゃないですよ。夏休みがつぶれてすごくブルーな気分ですから」
「そうですか」
「?」
少し声のトーンが下がった事に、わたしは違和感を覚える。
「えっと、それでお名前はなんて言うんですか?」
わたしは気を取り直すと、そう尋ねた。案内してもらうなら、一応名前を訊いて置かないと話しにくいからだ。しかし、それに対する彼の返答は冷めたものだった。
「名前になんて意味はありませんよ」
「……」
そのあまりに突き放した言い方に、少し驚く。だって、わたしは名前を訊いただけなのに……。
「だったら、なんと呼んだらいいんですか?」
少しそれを引きずりながらもわたしは続けて訊ねる。あまりそこを突っ込むべきではないと分かっていたが、それだけははっきりさせておかなければいけないことだ。
「七日妖精と気軽に呼んで下さい」
「気軽に……ですか」
「ええ」
そう頷く彼の顔に、先ほどまでの冷たいものはなく柔和な笑顔に戻っていた。