2話 塔についたのでピンポンします
白い塔が目に入ってから、着々と目的地に近づいてきている。
しかし、実際にあのコミュニティに到着するにはもう少し時間がかかるだろうな。とわたしは思った。形は見えているが、まだ白い何かにしか見えない。所詮まだ景色の一部なのだ。
高さが高さならば、大きさもそれに見合う分だけある。少なくともあれが塔に見えているうちはまだまだ遠いだろうと思われた。
「コミュニティ……か」
それを見ながら、感慨深く呟く。
あの白い塔が今回の目的地である七日妖精のコミュニティなのだった。コミュニティというは集住地のことだ。この世界には多種にわたる種族が生活している。
そして、それぞれの種族はコミュニティと呼ばれる集住地を持っている。もちろんコミュニティを持たない種族も存在するが、一般的にはコミュニティを持っているのが普通で、わたしの種族であるお菓子の精のコミュニティもちゃんと存在している。
だから、コミュニティとは同種族が一番多く生活し、同種族にとっては故郷にも同じ、というかコミュニティ内で生まれる者が多いので、多くの者にとっては名実共に故郷である。
ちなみにわたしもそんな常識に則って、お菓子の精のコミュニティ出身者なのだった。
「はあ……、多いなぁ」
感慨は脱力となって口から抜ける。
今回のわたしの課題であるフィールドワークの目的、教授は全種族に会えと言っていたが、それは要するにそれは多くの種族のコミュニティを巡れという事(全部は絶対に無理に決まってるので言葉のあやだと信じたい)なのである。
そして、今回目指しているのがそんなコミュニティの中でも、七日妖精というきわめて特殊な種族が集住しているコミュニティだった。
七日しか生きられないという儚き精。
彼らが住み、今も天に向かって増築され続けているという白い塔。
そんな、彼らのコミュニティが今回の目的地だった。
「やっと、着いたよ」
結局、塔自体が見えてから、実際にそこに到達するまでには三時間近くの時間がかかってしまった。しかも、あまりに郊外過ぎてここまでの交通手段がないため、バギーと運転手をレンタルしてだのと、やたらと手間がかかる。
そうして乗り心地の良くない車に揺られていると、程なくして塔であったものが、ただの壁へと変わる。
着いた頃には日が傾きかけていた。これは日帰りは無理だなぁ。なんて思いながら、でもあんな立派な建造物なんだから、きっと中は快適に違いないはず。
きっと宿泊施設もあるだろうと楽観的な思考を脳内に走らせ、備え付けのインターホンのボタンを押した。
「はい、どちら様でしょう?」
程なくして男性の声がドア上に備え付けられたスピーカーから聞こえてくる。わたしは相手に聞こえないように小さく咳払いをすると、背筋を正した。
「事前に連絡してありました、此花月茶ノ花という者ですが」
「此花月さんですか?」
「はい」
返事をすると「少しお待ちください」いう言葉を残して沈黙する。そして、しばらくそれが続いた。
「あれ? アポイントは取ったよね……」
確かに事前に連絡はしているはずだが、段々と不安になる。いや、むしろここで入れてもらえなかったら命の危険を心配しなければいけなくなる。まあ、それは考えすぎだとしても、何の障害物もないこの場所で直射日光を浴び続けるのは、なかなかつらい。
「日傘持ってくればよかったな」
背中の羽が焼けてしまうかも。日傘は羽を焼きたくない妖精さん御用達だが、わたしは家に置いて来てしまった。普段から持ち歩く習慣がない為だ。
わたし達妖精は背中に羽を持っている。もちろん常に出ているわけではなく必要な時に出現させるもので背中にある羽のタトゥーから出現させる。しかし出現させてない状態でも紫外線の影響だけは受けてしまうので、あまり直射日光を浴びると羽焼けを起こしてしまうのだ。
ちなみに、この背中のタトゥーは種族によって形が違うので様々な種族が集まる大学では、一年生の時のオリエンテーリングで見せっこしたものである。
わたしが背中の羽を気にしていると、不意にまたスピーカーから声がした。
「今日一人お菓子の精のお客様が来ることになっていますけどあなたですか?」
「はあ、多分そうだと思います……えっと、名前の方を確認してもらえれば分かると思いますけど?」
「ああ、名前は記録されていなかった様ですね」
「えっ?」
名前が記録されてない? その言い方に少し危機感が芽生えた。それは多種族に排他的な種族がよくやる方法でもあったからだ。
多種族に排他的な種族は名前ではなく種族名で相手を呼ぶ。聞いた限りでは七日妖精は他の種族に排他的な対応を取っていないはずなんだけど……。
ズズッ。
目の前の重たい音に、わたしが顔を上げる。そんな、考えを巡らせていると、扉が開いていた。
「お待たせしてしまって申し訳ありませんね」
ぽっかりと塔が口をあけたかのような空洞から人影が出てくる。
そこから出てきたのは、いかにも人の良さそうな青年だった。微笑みを浮かべた非常に柔和な表情、それを見て心配事が露と消える。よかった、ものすごく友好的そうだ。
「いえ、ここに来るまでの苦労と比べたら、あんなの待ったうちに入りませんから。心配しないでください」
「なかなか手厳しそうなお嬢さんですね」
「はい?」
言っている意味が分からずわたしが首を傾けていると、その青年は「どうぞ」と言って中に促してくれる。
わたしは彼の後について、七日妖精のコミュニティである塔の中に入った。