26話 ほんとうに大丈夫?
瑠巳佳ちゃんがいた。
空の青を頬に映しているかの様に顔色は蒼く、空に呑まれてしまう様に、儚げで、弱々しく、今にも消えてしまいそうなほどに不確かだった。
しかし、彼女は自分の力で此処まで来たのだ。
「どうしてこんな所に、っていうか寝てなくて平気なの?」
塔の頂上に訪れた瑠巳佳ちゃんは、どう控えめに見ても無理をしているように見えた。
墓地で倒れてしまった時のように、あまり顔色が良くないし、少しふらついているようにも見える。
本当によくそんな状態でここまで登ってこれたと感心してしまう程だ。
わたしと七日妖精さんは瑠巳佳ちゃんに駆け寄ると、体を支えてあげる。瑠巳佳ちゃんは彼女の体を支えるわたしの手を擦ると「だいじょうぶ」とこちらに微笑みかけた。
「さのかさん達が、頂上にいくって話してるのが聞こえたから、瑠巳佳もいきたかったの」
ゆるゆるとそう言葉を紡ぐ。頂上に行くと話しているのを聞いたという事はあの時、やっぱり起こしてしまったという事らしい。
わたしは思わず七日妖精さんを見るが、七日妖精さんは「しょうがない」という風に肩をすくめていた。
「だったら、待っててくれれば、わたし達が連れて行ってあげたのに」
別にわたし達にしてみれば戻ってから往復するくらいなんでもない。
わざわざ瑠巳佳ちゃんは無理して追ってこなくてもよかったのに。というわたしの言葉に瑠巳佳ちゃんは首を振ると「ううん、いいの」と木漏れ日のような口調で言った。
「さのかさん、心配してくれてありがとー」
「ううん、礼を言われるようなことじゃないけど……」
あまりに瑠巳佳ちゃんが目を真っすぐに見るものだから、逆にわたしは目を逸らしながら答えてしまった。
「あんまり、無理しちゃ駄目だよ。だって、瑠巳佳ちゃんは一応倒れちゃったんだから、病人でしょ」
「うん……でも、どうしても付いて行きたかったの」
頑なな口調で瑠巳佳ちゃんが言う。
ほんとに何かの時刻ダイヤかというくらいに融通がきかない。
「はあ、どうして、そんなに付いてきたかったのか――」
とため息交じりに言った言葉に被せるように、
「さがしてるの」
という瑠巳佳ちゃんの言葉が聞こえる。
「探してる?」
それに思わずドキリとした。
「おとーさんをさがして」と瑠巳佳ちゃんに抱きつかれた昨日の光景がフラッシュバックしたからだ。
まさかとは思うが――。
再びわたしは七日妖精さんを見るが、七日妖精さんは涼しい顔しているだけだった。
「瑠巳佳がしなきゃいけないこと、瑠巳佳にできることを」
それを聞いて、わたしは何だと肩をなでおろす。てっきりショックで父親が亡くなったことを忘れてまた探しているのかと思ってしまった。
もしくは、とわたしは七日妖精さんを伺いながら思考する。やはり七日妖精らしく親という役割だけが、彼女の中で移行したのかと勘違いした。
「それは、お父さんに言われたから?」
「……? よくわからない」
「そっか、そうだね」
わたしが瑠巳佳ちゃんの頭を撫でると彼女が「でも……」と口を開いた。
「瑠巳佳が本当に小さい時に、おとうさんとおかあさんと空をみたの、そらは高くて広くてどこまでも続いていて、瑠巳佳もそうなれたらいいねって、そう言ってたから」
瑠巳佳ちゃんは天を仰ぐと、
「だから、もう一度ここにくれば、みつかるかもしれないと思ったから、きたかったの」
「それは、見つけた?」
「ううん」
「見つけたい?」
「うん」
「なら、探すしかないね」
「うん」
瑠巳佳ちゃんが頷く。
「瑠巳佳、つかれたの」
「あ……うん。そうだね。早くお部屋で休まないと」
ただでさえ、先ほど倒れたのだ。これ以上無理させるわけには行かないと思った。わたしが瑠巳佳ちゃんの体を支えようとすると、瑠巳佳ちゃんはフルフルと首を振るとそれを拒んだ。
「さのかさん。瑠巳佳ね。もっとお空をみてみたい」
そう力のない声で呟くと、フラフラとした足取りで、塔を形成している鉄骨の端へと進んでいく。
「あ、危ないよ」
塔の縁へと、一直線に進んでいく。瑠巳佳ちゃんを慌てて追う。瑠巳佳ちゃんは縁まで歩くと、そこから下を覗き込んだ。
上ではなく下を覗き込んだのだ。
「……すいこまれそう」
ポツリと零した瑠巳佳ちゃんの声が風に乗って届く。
不意に肌が粟立つような焦燥感にわたしは襲われた。何かよくないことが起こる前兆のようなものを感じ取っていた。
「瑠巳佳ちゃん!」
そのせいだったのかもしれない。わたしは自分で意識していたよりも大きな声で瑠巳佳ちゃんの名前を呼んでいた。
「……」
それを受けて瑠巳佳ちゃんが振り返る。その表情は空を映し出したように、どこか晴れやかで――蒼い。
「――瑠巳佳ちゃん?」
やがて、パノラマの青空を背にした彼女は、そのまま何の前触れもなく何もない空間に寄りかかるようにして飛び降りた。