25話 塔と瑠巳佳
「そう……みたいでしたけど……」
わたしは瑠璃さんの態度を思い出しながら、静々と同意する。
瑠璃さんは完全には割り切れていなかっただろう事はなんとなくわかる。それはやはり彼が七日妖精だからだ。
「まあ、後悔はしてなかったみたいだけど、あいつらが選んだあり方は七日妖精がこの塔を作り始める前のあり方だからな。佳菜は普通に瑠巳佳を妊娠して普通に生んで。そして、瑠巳佳を生んですぐに亡くなってしまった。結果として佳菜は瑠巳佳の為に人生の半分近くを使ってしまったが、それでもきっと彼女は後悔してなかったはずだ。それは瑠璃の奴も同じはずだけどな――」
七日妖精さんはそこで言葉を切ると、目を細めた。
「どっかに迷いがあったんだろう。振り返った時に自分が必要ないと思って捨てたものが、本当に不必要なものだったのかと思うこともあるさ。まして自分だけのことじゃない。佳菜とか、瑠巳佳の事も大きいだろうな」
「瑠巳佳ちゃんですか」
「ああ、あの子にしてみればいい迷惑かもしれないと考えるはずだろ。何しろ七日妖精は成人しない。一般的な成人と呼ばれる体格まで成長することなく死んでしまう種族だ。そもそも、人工培養ってのはそれを解消する為の手段なんだからな。精々成長して君くらいだろう」
「あの……、わたし二十歳一歩手前です」
「そうなのか。見えないな」
特に悪びれもせずに、七日妖精さんわたしをマジマジと見る。一体どのくらいに見られていたのか気になったが、わたしはあえて訊かなかった。
七日妖精さんが続ける。
「それに、今の七日妖精の水準で言ったらあの子は完全に知恵遅れみたいなものだからな」
「でも、瑠巳佳ちゃんは子供なんだからそれが普通じゃないですか」
「だから、七日妖精の水準でいったらと言っただろ」
七日妖精さんは少しイラだった声で返すと、自らを落ち着けるように少し目を逸らし、
「今の七日妖精からしたら、彼女はものすごく退化した七日妖精なんだよ」
そう小声で言った。退化……、確かに瑠巳佳ちゃんは今の七日妖精からしたら非効率的で無駄ばかりだろう。
何しろ、人生を効率的にするために七日妖精が捨ててきた多くのものを持っているのだから。しかし、それは退化なのだろうか?
「そんなこと瑠璃さんが聞いてたら、きっと怒りますよ。というかわたしが怒りますよ?」
「まあ、怒るなよ」
「なら、本意を言ってください」
わたしはきっぱりとした口調で言った。それに対して、七日妖精さんが口を開く。
「今のは一般的な七日妖精が瑠巳佳のことを知った時に抱くごく〝普通〟の感想を言っただけの事だ。要は一般論、わかるだろ」
「普通……ですか」
「そう、普通」
「嫌味ですか?」
「普通にな」
「~~~~」
わたしは「はあ」とため息を吐く。
「わたしの考えを言います」
「どうぞ」
悠然とした態度で七日妖精さんが先を促す。
「瑠璃さんは、瑠巳佳ちゃんの事を退化したとか知恵遅れとか思ってなかったと思います。ただ七日妖精が知恵を早めたことで考えることを放棄していた事も考えなければいけないというだけの事ですから」
「刷り込みの事か」
「はい、だって七日妖精はカプセルに入れられている時分にすぐに活動できるようにある程度の情報を刻み込んでおくんですよね?」
「ああ、それは確かにある。今、七日妖精が強固に思想の統一を図れているのはひとえにそれが大きいからな」
「そして、瑠巳佳ちゃんはその刷り込みがされていないから、すぐに活動できない。知識を吸収する時間を無駄にしているから、七日妖精的には知恵遅れと言われてしまっているんですよね?」
「ああ、いかにも無駄な時間だな。しかも一生涯かかっても今、七日妖精が使っている機械類を使いこなせるようになるかも分からないし、魔法も使えないだろうさ」
わたしが話すのに、詠うように七日妖精さんが言葉を返す。絶対に真剣に聞いてない、この人。と思いながらもわたしは続ける。
「それでも、一つだけ瑠巳佳ちゃんが勝っている事があるんです」
「ああ、そうなのか」
七日妖精さんがうんうんと頷く。わたしは、息を吸い吐くと、
「それは、あまりに根源的なこと。だって、瑠巳佳ちゃんはあなた達と同じ道を辿るとは限らないんですから」
「七日妖精である以上は、絶対に既存の流れからは脱却することは出来ないんじゃないかな」
「だから、瑠璃さんはそれを知りたかったんでしょう。捨てて猶、心の中に溜まる水溜り。それが本当に泥水なのか? それがわからないからこそ、瑠璃さんは瑠巳佳ちゃんにそれを確かめて欲しいと託したんじゃないでしょうか?」
「つまり?」
「つまり、瑠璃さんは、瑠巳佳ちゃんに自分達の生き方を肯定してほしかったんじゃないかと」
「……」
「あの?」
「……ふふふ、くすくす」
一瞬の沈黙の後、七日妖精さんの笑い声が聞こえた。
「あの、どうかしたんですか?」
堪えるように口元を押さえている七日妖精さんに怪訝な目を向ける。
何か変なものでも拾い食いしたのだろうか、心配だ。などと思いながら、眼差しを向けていると、
「いや、君。そこまでいって、最後で外すのはどうなんだよ。と思ってな」
「外した?」
わたしがシマリスのように首を傾げていると、
「あいつは七日妖精だ、なら当然肯定して欲しいと思ってるのは塔の方だろうさ」
「そっ、そうなんですか?」
「さあな」
笑みだけ残すと、七日妖精さんははぐらかす。
「その答えは彼女の心の中にしかないんだよ」
そして、視線をある一点に向ける。
そこには鉄骨脇をハタハタと羽を羽ばたかせて登ってきた瑠巳佳ちゃんがいた。




