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24話 七日妖精のあり方

 上から下へ、規則正しく流れる激流の川面に体をさらす様に、ただ彼は流れていたんだろう。





「それは、俺も同じだよ」


 七日妖精さんは自嘲するように、息を吐き、


「本来はそんなことありえないはずなんだけどな、何しろ、疑問を持たないように事前に情報を脳に刻んでいるんだから、しかし、そうは言ってやっぱり自分たちのやってる事に疑問を持つ奴ってのは出てくるんだな」


「そういう方は多いんですか?」

「いや、多くない。本当に人工培養で生まれてくる奴に数人だけだ。そして、そうやって自分たちに疑問を持っちまった奴だって、結局は迎合して周囲に合わせるしかないんだ」


 ほんと、無駄だよな。そう言うと七日妖精さんは唇の端を上げる。


「あいつもそうだったんだ。今の七日妖精に疑問を持ちながらも、ただ、そう思っていただけで他のそういう七日妖精と同じく、何かをするような事はなかった。でも、佳菜に会ってからあいつは変わったんだ」

「確か佳菜さんって……」


 わたしは墓石に刻まれていた名前を思い出す。


「瑠璃さんの奥さんの名前ですね」


「ああ、あんまり名前で呼び合ってるのは聞いた事はないけどな。確かにあいつが彼女につけた名前だよ」


「つけた名前? 彼が?」


 わたしは怪訝な表情を浮かべていると、


「名前ってのは、特別な人につけるものだろう? でも、彼女は自分自身が特別な人じゃなかった。彼女には個人識別出来るようなものが何もなかったし、それを彼女自身何も疑問には思ってなかっただろうな。要するに彼女は典型的な普通の七日妖精だったんだ」


 七日妖精さんは少し可笑しそうに笑い声を漏らすと、


「あいつの瑠璃って名前も、自分でつけたものなんだ。ナルシストだろ? 俺だったら絶対にそんなものは言いふらさないな」


「別に瑠璃さんも言いふらしていなかったような……」


 むしろ、隠されていたような……。そもそも、わたしがその名前を知ったのは彼が死んだ後だ。


「っていうか、あなた達が名乗りたがらないのは、それが理由なんですか!?」

「という、側面もあるという事だ。実際普通に生活する分に名前にあまり意味がないのは事実だしな」


 つまり恥ずかしかったから……という事なのかなあ。と思いながら「うーん」と唸る。


 なんというか、それはそれで微妙だ。


「話を戻すが、普通の七日妖精には名前がないんだ。だから、彼女にも名前なんてなかった。それを佳菜と名づけたのはあいつだ。つまり、あいつは佳菜をこちら側に引きずり込んでしまったんだよ」


「引きずり込んだ?」

「だって、そうだろう。彼女は至って普通の七日妖精だったんだからな、俺達のようにグズグズと悩む様な事もなく一心に七日妖精の目的を達成する事だけを考えてたんだから。そんな佳菜の考えが変わったのは瑠璃の奴が自分と一緒になって欲しいと頼んだからだ」


「はあ、なんか意外ですね」


 てっきり佳菜さんというのも、彼らと同じ様に七日妖精に対して猜疑的な人なのかと思っていたが、そうではなく瑠璃さんがその女性の考えを変えさせてしまう程に、求婚したという事が驚きだった。


「そんなタイプには見えませんでした」


 まあ、わたしなんて少し話しただけなので、言い切ってしまうのもどうかと思うけど。


「俺もあいつはそういうタイプじゃないと思うけどな。ただ、あの時は妙に押しが強かった。それこそ、普通の七日妖精の考えを変えてしまう程にな。言っとくがあいつがやった事はすごい事なんだよ。君もわかってるかもしれないが、七日妖精は他者に対する関心がすごく低い。だから、瑠璃の奴がそこまで押したのも、佳菜がそれを受け入れたのも七日妖精の中ですごい珍しい事だ」


 七日妖精さんは、力を込めて言うと、


「とにかく、それであいつは佳菜に今の七日妖精のあり方を捨てさせたんだ。そして、自分も七日妖精のあり方を捨てた」

「それって……、塔を作るのに人生を捧げるのを止めたって事ですよね。それってそんなに大きな事なんでしょうか?」


 相手を窺うような控えめな口調でわたしは訊いた。それを、七日妖精さんは首肯で受ける。


「大きいよ。何しろ、それは七日妖精が過去何十年と積み重ねてきた事を否定するのと同じだからな]

「でも、そんなウェイトの大きなことなら何も捨てなくてもいいような気がしますけど、何も好き合ったくらいで捨てなくても、普通は両立できることのはずです」


 わたしが言うと、七日妖精さんは「ふっ」と鼻で笑い「普通……普通ね」と小馬鹿にしたように呟いた。その言い方は少しムカつく。


「むっ、なんですか。七日しか寿命がないからって両立出来ない理由にはならないですよ」


 そうだ、ちょっと塔の建築の力を抜けば済むだけのことのハズ。


 世の中は黒と白で出来ているわけじゃない赤と緑と青が混ざり合って出来てるんだから。と、そう思い言ってみたが七日妖精さんの反応はあまりにも淡白なものだった。


「七日妖精は限られた七日間を最大限有効に使うために、人生の多くの贅肉を削ぎ落としてきた。だから、寿命が七日しかないというのも十分その理由にはなると思うが、そうだな――」


 七日妖精さんは顎に手を当てると、


「精神論的なものじゃないのがお望みなら、理由は七日妖精が使う魔法だよ」

「魔法……魔法の定義。あ、忘れてた」


「七日妖精がどうしてあんな高度な魔法が使えるのか。それは一つの事にしか関心が向いていないからに他ならない。それもかなり病的に……な」


「雑多な想像力は魔法を散らすから……」

「そうだ。そして、今の塔の建築にはその病的なまでの執着が生み出した魔法が必要不可欠。それが出来なければ塔作りに参加することすら出来ないんだからな」


「じゃあ、瑠璃さんは魔法を使えなくなったからって事なんですか?」

「いや、あいつは元々塔の建築に参加できる程の魔法が使えなかった」

「え、そうなんですか」


 と言ってから、遅れて納得した。彼は七日妖精のあり方に疑問を持っていたのだから使えないのは当然のことだった。


 それは思考に雑念が入っているという事に他ならないから、七日妖精が塔の建築に使うほどの魔法ならば塵程度の雑念すら思考に入れば途端に使えなくなってしまうだろう事は予想できる。


「まあ、使えないからと言っても、塔の建築に参加していると主張するのは自由だ。俺のように、魔法が使えないでも塔という七日妖精の歴史にすがっているような奴もいるしな。ただ、それはあくまでも無形のプライドだ。実体のない主張、屁理屈に近い。だからあいつはそれを捨てた」


 そこまで言うと「もっとも」と七日妖精さんが付け加える。


「結局あいつも完全には割り切れてなかったみたいだけどな」

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