23話 後見人
澄んだ風と共に、何ものにも遮られることがない強い夏の日差しにわたしは目を細める。
白い雲海の上に広がる真っ青な空に取り残されたかのように、そこには何もなくただ、塔の先端が突き出しているのみである。
塔の頂上では、彼らの安全性を高める為であろう黄色いヘルメットを被った七日妖精が慣れた手つきで、鉄骨から鉄骨へと背中の羽を使い飛び交っていた。
ただ、それは慣れた彼らだから出来る芸当であって、わたしが真似しようとすれば、おそらくはバランスを崩し地上へと落下してしまう。
わたしは七日妖精さんの手を借りながら、なんとか現在出来上がっている骨組みの一番高い場所に辿りつくことが出来た。
ちなみに昨日この場所に来た時は一番上までは来ておらず、ここよりも少し下の簡易エレベータで来ることが出来る位置で帰ってしまったのだ。
「ここまでだな。これ以上近づくのは危険だ」
そう言うと、ここまでわたしを連れてきた張本人である七日妖精さんは足を止める。
天井は突き抜けた青。
しかし、わたし達のすぐ近くには作業する七日妖精の姿はなく、遠くの鉄骨に豆粒のようなその姿を確認することが出来るのみだった。
「危険ってどういうことですか?」
わたしは突然に足を止めた七日妖精さんに怪訝な目を向ける。というのも、わたしは遠めに見た所では七日妖精さんが一本の柱に集まっているだけで、なんら危険には見えなかったからだ。
さらに言うなら、その光景はとてもじゃないが工事をしている様には見えなかった。
「特に何もしてない様に見えますけど?」
そう素直に口にした。
「別に工事をすると言っても、俺達がやってるのは鉄骨を運んでそれを組み立てる様な一般的な工事じゃないってことさ。七日妖精の魔法は分解と再構成なのは知ってるか?」
「え、はい。それは……知ってます。わたしは塔の中央にも行きましたから」
「そうか、なら話が早いな」
言うと、七日妖精さんは、その七日妖精が集まっている鉄柱を見るように促す。
「見ていれば、わかる。この塔がどうやって作られているのかが」
促されるままに視線を移すと、丁度塔の中心……つまり空洞となっている箇所から何かがその鉄柱に向けて吹き付けられる所だった。
太陽の光を浴びてそれらはキラキラと乱反射を繰り返しながら、光を霧状として辺りを霞ませる。
しかし、その光の霧は時間と共にどんどんと規模を小さくし消えていく。代わりに、その霧を吸収するかのように鉄柱が大きくなっていった。
それは、さながら塔が一人でに成長しているかのような印象をわたしに与えた。
「元となる鉱物の塵を充満させて、それを塔の骨組みとして再構成しているんだ。あんな所に、なんの防護装備もなく行ったりしたら危険だろう?」
「そうですね」
わたしは同意する。
分解と再構成という突出した魔法についてはもう何も言うことはないし、それ以上を見てしまった今となっては特別に驚くようなことでもなくなっていたので、あくまで、落ち着いて答えた。
あそこに舞っているのは金属片であり、これ以上近づけば何かしらの悪影響が体に出るだろう。
遠くで見ている分には綺麗な光景だったが、体験したいとは思わない。しかし、それならば七日妖精さんだって同じだろうに、という考えが頭を掠めた。
「でも、それってあそこの七日妖精さん達も危険なんじゃないですか? 見たところ、それほど厳重に防護してるってわけでもないみたいですし」
それどころか、彼らの防護服と言ったら、せいぜい長袖にヘルメットにマスクくらいのものだ。とてもじゃないが体を防護するという意味において十分とは言いがたいものだった。
「それは、そうなんだけどな」
七日妖精さんは頷くと、
「体壊す前に、寿命で死ぬよ」
吐き捨てるように、そう言った。
わたしは返す言葉が見つからなくて、沈黙するしかない。それはある意味、七日妖精にとっての真理なのかもしれなかった。
そんなわたしの困惑を感じたのか、それともただ単に話の種としてふったのかわからないが、
「どう思った?」
「どう? ……ですか?」
七日妖精さんはわたしの目を覗き見るように目を細めるとそう訊いてきた。
わたしは思案するように視線を底に落とすと、顔を上げ七日妖精さんを見た。
「そんなこと訊かれても、どう答えたらいいか分からないです」
「いや、気を使ってもらう必要はないんだけどな……」
七日妖精さんは、しょうがないという風にそう呟くと、
「俺は、こう思うんだ。この塔は俺達を利用して実は勝手に成長してるんじゃないかってね。塔が本体で俺達は塔の機能に過ぎないじゃないかと。実際この光景だけ見せたら誰も俺達が作ってるとは思わない。塔が勝手に成長しているように見えるからな」
七日妖精さんが自嘲気味に言うのに、わたしは「そんな……」と否定的な態度をとりながらも、心の中では少し頷いてしまった。
実際、今、七日妖精さんが言った事はわたしが思っていた感想と同じだったからだ。
でも、やっぱりこの七日妖精さんも――
そう思った時にはもう、わたしの口は動いていた。
「あなたは瑠璃さんの友人なんですよね?」
「瑠璃……、そう言えばあいつはそんな名前だったな。あまり使うことはなかったが、友人だよ。親友というよりは類友だったな」
記憶を辿るように遠い目を向けると、七日妖精さんは言いにくそうにモゴモゴと言った。何か思う所があるのかもしれない。
「そして、瑠巳佳ちゃんの後見人でもあるんですよね?」
「ああ、それが?」
わたしは「いえ」と息を吐くと、
「そう言えば、まだお名前を聞いてなかったな。ってそう思ったんです」
「そんなもん聞いてどうするんだ? 七日妖精でいい。さっきから散々そう呼んでいたじゃないか。どうせ、すぐに意味がなくなる名前だよ」
「ちなみに、わたしは茶ノ花です」
「それも、お菓子の精で通じる。今このコミュニティにいるお菓子の精は君だけだ」
「でも、もしお菓子の精が二人いても同じことを言いそうですね。お菓子の精で通じるって。だってそうだからこそ七日妖精は……」
わたしは目を向ける。それに、七日妖精さんは「ふん」と軽く鼻を鳴らすと、
「今、七日妖精のコミュニティにいる七日妖精は二人だけだからな」
断定するようにはっきりとした口調でそう言った。
「それは、塔と瑠巳佳ちゃん?」
「ああ、今の状況を突き詰めればそういうことだろうさ」
七日妖精さんの言葉は幾ばくか投げやりに響く。いや、もう完全に会話を投げていた。
「そんなの、言いすぎじゃないですか?」
「言いすぎだと思うんだ?」
「思いますよ」
わたしは目を伏せながら答える。
それは、ここにいる七日妖精さん達の人格を完全に否定しているのと同じだ。何より、自分の人格を否定している。
会話を喫煙のように燻らせる七日妖精さんの言葉には力がない。説得力がないと思った。
「七日妖精さんは、瑠巳佳ちゃんに名前を訊かれても教えてあげないんですか?」
「いや……、それはない」
七日妖精さんは言い切ると、
「あいつに言われてるからな。もしあの子が俺の名前を訊いてくる事があったら、からかわないで教えてやって欲しいと。そうしないと彼女にとって俺が身内でも他人でもないよくわからない人になってしまうからだそうだ」
言いながら、軽く笑う。「どういうこと、なんだろうな?」と可笑しそうに問いかけながら。
「きっと、言葉通りの意味だと思います。そうでないと、瑠巳佳ちゃんはあなたの事をどう呼んだからいいのか、わからなくなってしまいますから」
おそらく瑠巳佳ちゃんはこの七日妖精さんの事を当然の事のようにおとうさんとは呼ばないだろう。
そして、おかあさんとも呼ばない。
瑠巳佳ちゃんの中で瑠璃さんとお父さんは同一のものであり、自分を育ててくれる存在がイコール親なわけではないからだ。
七日妖精の考え方でいけば役割は移行するが、瑠巳佳ちゃんの中では両親という役割が他の誰かに移行することはない。
それは瑠巳佳ちゃんが幼いからそういう割り切った考えが出来ないだけなのかもしれないが、とにかく瑠巳佳ちゃんにとってこの七日妖精さんはまた別のまったく違う存在になる。
「ほら、七日妖精さんがそう思うのはいいですけど、七日妖精のコミュニティにいる七日妖精さんは二人だけなんかじゃないです。瑠巳佳ちゃんにとっては瑠璃さんだってあなただって、他人と一緒くたにすることなんて出来ない特別な人なんですから」
わたしがそう言うと、七日妖精さんは「えらく客観性に欠いた意見だな」と苦笑し、
「特別な人を見つけられたあいつ等っぽい意見だよ。なんとなくあいつが、いやあの夫婦が瑠巳佳を俺の前に君に預けた理由がわかるな」
七日妖精さんは遠い目をすると、吐息の様に言った。




