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22話 だって人工呼吸しか思いつかなかったんだもん

 ある部屋の一室にわたし達はいる。


 部屋の作りはわたしが貸してもらった部屋とほぼ同じ、違いがあるとすれば細かな小物があるかないかくらいの違いしかないだろう。


「瑠巳佳ちゃん、大丈夫でしょうか?」


 わたしはベッドに寝かしつけられている少女に心配を含んだ目を向けた。


「ああ、大丈夫じゃないか。多分倒れたのはアレだ。単純に疲労と寝不足だろう」

「寝不足……ですか」


 ベッドの脇に膝をつくと、すうすうと寝息をたてている瑠巳佳ちゃんの頭を撫でる。


 瑠巳佳ちゃんを起こさないように慎重に、波が砂浜を撫でるように柔らかく触れるが、そんな必要もないくらいに瑠巳佳ちゃんは昏々と眠り込んでいた。


「瑠巳佳ちゃん……寝てなかったのか」


 今にして思えば、彼女が眠れるわけがなかった。


 おそらくは夜通し自分の父親の事を考えていたのだろう。


 だから寝てなかったのだ。それなのに今の今まで、瑠巳佳ちゃんが倒れるまで、まったくわたしは気づかなかった。


 いや、気づけなかった。


「泣きつかれたんだね……」


 泣いて、緊張の糸が切れてしまったのかもしれない。


 それで、あの時墓地で倒れてしまった。


 そこまで考えてふと、思い出したように顔を上げる。


 言い忘れていた事を言う為だ。


「先ほどはありがとうございました。正直に言うと、わたし……どうしたらいいかわからなくて、少しパニックになってたんです」

「別に礼を言われるような事じゃない。当然のことをしただけだからな」

「だとしてもです。あの時、あなたが来てくれなかったら、どうしようも無かったんですから」


 わたしがそう言うと、隣に立つ七日妖精さんは「そうか」と小さく呟くと、


「だとしたら、礼を言うのはこっちだろうな。本来は俺がこの子の面倒をみなきゃいけなかったのに、君に押し付ける形になったんだから」

「それこそ、礼を言われるような事じゃないです」


 わたしはキッパリと言い切った。


 別にわたしは押し付けられたとは思っていない。


 わたしは小さく首を振ると、話を少し戻す。別にわたしの事はどうでもいい事だ。


「とにかく、助かったんです。わたしだけだったら何をしたらいいのかまったくわからなかったですから」


 あの時、瑠巳佳ちゃんが倒れた時は本当に焦っていて、気が動転していた。おそらく、わたし一人だったら冷静さを欠いて事態を悪化させてしまっていただろう。


 そんな時に墓地に現れたのが今、わたしの隣にいる七日妖精さんだった。


「ああ、さすがに人工呼吸は救急の方法として間違ってると思ったな」


 七日妖精さんが、その時の事を思い出したのか小さく含み笑いをする。


「うぅ……それは、忘れてください」


 わたしは顔が熱くなるのを自覚しながら、きわめて落ち着いた口調で懇願する。七日妖精さんは笑いを継続させながら「わかった」と言うと、


「まあ、それのおかげの君が冷静じゃないという事が一目でわかったんだし、よかったんじゃないか?」


 と続けた。少なくともよくはない。


「でも、本当にタイミングがよかったです。丁度あなたを探そうとしていた所だったんですから」


 墓地で助けてもらった時は知らなかったが、この人が探していた瑠巳佳ちゃんの後見人の七日妖精さんなのだと言う。本当にまるで計ったかのようなタイミングで現れた。


「いや……」


 七日妖精はさんは言いにくそうに、口ごもる。


「? どうかしました?」


 わたしが首を傾けながら見上げると、


「あいつは俺の友人だろう。なら、俺が改めてあいつの墓参りに来るのは当然じゃないか」

「まあ、それもそうですね」


 ただ、そうだとすると、


 わたしは「あれ?」と呟きながら首を捻る。


「でも、それにしては来るのが遅すぎじゃないですか?」


 わたし達は一時間近くをあの墓地で過ごしていた。改めて墓参りにくるなら、あの上層で行われていた儀式が終わった直後にやって来ていてもいいはずである。


「いや、実は結構前には来てたんだ」

「なら、すぐに入ってくればいいじゃないですか」

「だから、あまりにも君らが入って行きにくい雰囲気を作っていたから」

「……え?」 


 それを聞いて、思わずわたしは固まる。そして、時が動き出した時、わたしは目を泳がせながら、


「あの、見てたんですか?」


 恐る恐る訊ねる。すると、七日妖精さんは首肯した。


「えっと、どのくらいから?」

「そうだな。持ってくる花を間違えたかなぁと思った時くらいから。手持ちはあいにく菊だったんで」

「いや、菊であってると思いますけど……って結構前からじゃないですかっ!?」


 顔が火照らせながら、同時に全力で突っ込む。結構恥ずかしいところを見られていた。


「うーん……」


 ベッドの上の瑠巳佳ちゃんが寝心地悪そうに声を上げる。それで、はっととしてわたしは口元を押さえる。


 思わず瑠巳佳ちゃんの事を忘れて騒ぎすぎてしまった。


 七日妖精さんもそれに気がついたのか、声を抑える。


「ここで話していると彼女を起こしてしまうかもしれないな。場所を変えるか」


 七日妖精さんは独り言のように呟いた後、


「君もそれでいいか?」


 そう訊いた。わたしの方に異存があるわけもないので「はい」と肯定の意を返す。


「なら、屋上だな。せっかくだから、塔を作っているところをお見せしよう」


 そう、宣言するように言うと七日妖精さんはわたしを促しながら瑠巳佳ちゃんが眠っている部屋から音を立てないように静かに出た。

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