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20話 二つの名前

 そんなお葬式が終わり、他の七日妖精さんが去り閑散とした墓地で、わたしと瑠巳佳ちゃんは一つのお墓の前にいた。


「七日妖精さんも……瑠璃さんもそう思ったのかな……」


 白い菊の花が墓前に盛られている。墓石には横文字で二つの名前が刻まれていた。



 瑠璃

 佳菜



 一組の男女の名前。


 瑠巳佳ちゃんの両親の名前だった。


 つまり瑠巳佳ちゃんのお父さんはわたしと別れた後亡くなったという事。


 瑠璃さんは七日妖精だ。だから、自分が死ぬのがいつなのかは自分でわかっていただろう。だから、それを分かった上で普通に振舞っていたのだ。


「……瑠巳佳ちゃん」


 わたしは隣で膝を折り、お祈りをする少女に声を掛ける。そして、多分それは、瑠巳佳ちゃんも知っていたことだっただろう。


 なぜなら、ここに来るまで少しおかしかったし、ここに来て妙に落ち着いている。何より、わたしをここに連れてきたのは瑠巳佳ちゃんだったからだ。


「瑠巳佳ちゃんは知ってたんだよね?」


「……」


 無言、でも小さな肩が小さく揺れていた。まるで深海の底で凍えるように小刻みに体を震わせている。やっぱり、瑠巳佳ちゃんは知っていたんだ。


「……そっか」


 なら、どうして言ってくれなかったの? と口に出そうとして飲み込む。


 それは、瑠巳佳ちゃんに対する問いではない事に気がついたからだ。それは、今となっては石の下で眠る七日妖精さんに向けてのわたしの問い。


 それを知っていれば、わたしは相応の対応をすることが出来た。少なくとも、彼に案内なんて頼まなかった。


 これでは、最後のお父さんと居られる大事な時間を瑠巳佳ちゃんから取り上げてしまったような形になってしまう。そんなことわたしはするつもりはなかったのに……。


 泣いて……いるのかな?


 わたしは瑠巳佳ちゃんの隣に屈み込むと、窺うように覗き込む。


 その顔は泣いてはいなかった。しかし、今にも泣いてしまいそうな、必死にそれを堪えているような。


 今、思えば今朝から彼女はずっとこんな感じだったんだろう。それを、ここまで抑えてきたのはきっと瑠巳佳ちゃんが強がりだから、そして、今もまだ強がっている。


「瑠巳佳ちゃん、ごめんね」


 掛ける言葉が見つからなくて、思わず謝罪が零れていた。


「……なんで?」

「……あ、その」


 返されて口ごもる。元々が意図不明の謝罪だったのでまともに返されるととても困ってしまう。


「その、お父さんといられる時間を取っちゃったから……」


 だから、無理やり理由を捻り出した。わたしが瑠巳佳ちゃんに謝ることがあるとすれば、きっとそれだ。


「ちがう……さのかさんは、わるくないの」


 空気を小刻みに震わせる様な、ポツポツとした声、


「それは、瑠巳佳とおとうさんとの約束だったから……瑠巳佳が約束やぶっただけなの」

「約束?」

「そう、約束。七日妖精はしぬ前にほかの七日妖精にじぶんの子供をあずけるの」


「ああ……」


 そうか、それはそうだ。こんな小さな子が一人でやっていけるわけない。


 でも、七日妖精は寿命が極端に短いから、自分が死んだ後に自分の子供の面倒をみてくれる後見人が必要なんだ。


「そうしたら、その人だからおとうさんだから、もう会っちゃいけませんって、そう約束したの」

「それは……」


 あの七日妖精さんなら、瑠璃さんなら言いそうなことだった。何しろ、最後まで結局自分の名前を瑠巳佳ちゃんに教えなかったような人だし。いくら七日妖精に批判的とは言っても、やはり今の七日妖精寄りの人だ。


 名前に意味はないと言っていた。役割さえ継続していれば、それでいいと考えていたのかもしれない。


「振りかえっちゃだめだって、そんな事をしていたら、いざという時に目がくもってしまうから……」


 段々と声が掠れている。その声には震える音叉のように微かに涙声が混じり始めていた。


「でもっ、でもね。瑠巳佳はだめ……なの。瑠巳佳にはおとうさんは一人しか……、一人しかいなかったの。だから、約束やぶってっ……っっ」


 やぶったの……、そう力なく呟くと、瑠巳佳ちゃんは両目いっぱいに溜めた涙を零した。


「瑠巳佳は……、瑠巳佳はつよくならないと……いけないのに……いけないのに」


 瑠巳佳ちゃんが両手で涙を拭う。でも、それは全然追いついていなかった。とめどなく溢れてくる涙が絶えず、彼女の頬を濡らしていく。


「瑠巳佳ちゃん……」


 わたしは少し躊躇しながらも、瑠巳佳ちゃんに話しかける。


 正直に言えば、わたしには瑠巳佳ちゃんが自分を責める理由に共感することは出来なかった。でも理解することは出来る。


 だから、口を挟んだ。


「わたしは瑠巳佳ちゃんが言ってること全然おかしいと思わないよ。だって、わたしにだってお父さんは一人しかいないもの。突然父親が変わるから、それでハイさよならなんて納得出来るわけない。瑠巳佳ちゃんが受け入れられないのも当然だよ」


「でも、おとうさんは――」

「瑠巳佳ちゃんのお父さんもそう思ってるんじゃないかな」

「ちがうっ、だっておとうさん言ってたの」


 瑠巳佳ちゃんが強い口調で反論する。それに、わたしは静かに首を振った。


「ううん、逆に瑠巳佳ちゃんが何の疑問もなくお父さんの言うことをすんなりと受け入れてしまったら、きっと瑠巳佳ちゃんのお父さんは悲しむと思うよ」


 わたしは墓石の方に視線を移す。


 そう、彼が望んだ事というのはつまりそういう事だろう。


 そして、彼の思惑通り、瑠巳佳ちゃんは彼にはないものを持っている。もっと、大きく言うなら今の七日妖精がもっていないモノを持っている。


 だから瑠巳佳ちゃんは葛藤せざるを得ないのだ。


「でも……巳佳はおとうさんの言いつけを、約束をやぶったんだよ……」

「うん、でも瑠巳佳ちゃんのお父さんはその約束を守って欲しいなんて言ってた?」

「そんなの……約束なんだから……守るのがあたりまえだよ」


 何を言っているのか分からないという風に、瑠巳佳ちゃんが涙目を向ける。

 正直、わたしだってこんなこと分かりたくない。


 わざわざ、自分の子供なのに、それを葛藤の渦に突き落とすような事を理解したくなんてなかった。


「……うん、わたしもそう思うよ」


 わたしだってそう思う。だから、わたしは瑠巳佳ちゃんに笑みを向けた。


 というか、もし、わたしが理解している通りなら、わたしはこれ以上憶測で話すべきじゃない。それは瑠巳佳ちゃんが自分で分からなければいけない事だろうから。


「そう、わたしは言いたかったのはもっと単純なことなの。ただ、わたしは瑠巳佳ちゃんが強がっているのを見るのが嫌なだけなんだよ」


「……」


「きっと、瑠巳佳ちゃんのお父さんだって、瑠巳佳ちゃんが無理して涙を堪えてる姿なんて見たくないと思う。だから、もう強がらないで」


 相変わらず、瑠巳佳ちゃんの頬は涙で染まっていた。それを、わたしは引き寄せる。


「――お願い」


 抱きしめると、目を閉じてそう囁いた。瑠巳佳ちゃんは最初驚いたようだが、すぐに驚きを収めると落ち着いた表情になる。


 そして、ポツリと、


「……おかあさんの匂いがする」

「えっ」


 胸元から顔を上げた瑠巳佳ちゃんが呟いた言葉に、わたしは思わず面食らってしまい、声を上げてしまった。そんなわたしを瑠巳佳ちゃんが上目で見つめる。


「さのかさん。瑠巳佳は泣いてもいいの?」

「えっ、あ、うん。いいよ」


 わたしが慌てて了承すると、瑠巳佳ちゃんはわたしの胸に顔を埋めてずっと、彼女が満足するまで、涙が枯れてしまうまで、ずっと泣いていた。






 そうして、しばらくわたし達はそのままでいた。


 瑠巳佳ちゃんが落ち着くのを見計らって、わたしは瑠巳佳ちゃんを離す。


「落ち着いた?」


 わたしが訊くと、瑠巳佳ちゃんは恥ずかしそうに顔を背けながら「うん」と静かに頷く。


「わたしにお母さんの面影とか重ねちゃった?」


 それを確認して、大丈夫そうだと判断したわたしは冗談半分にそんなことを訊いてみた。


「ううん」


 瑠巳佳ちゃんが首を振る。


「あれ、でもさっき……」


 匂いがどうとか言ってなかったっけ?


「さのかさんが着てるの、おかあさんの洋服だから」

「あっ」


 わたしは自分が着ている黒のワンピースを確かめながら「この服、瑠巳佳ちゃんのお母さんのだったんだ」と感慨深く呟く。そう言えば、今わたしが着ているのはもらい物だった。


「そうなんだ……」


 わたしは胸に手を当てると、吐息を漏らす。


「なら、きっと瑠巳佳ちゃんは将来巨乳になるよ」


 そして、自信を込めて、わたしは瑠巳佳ちゃんに意味もなく力説してしまった。

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