1話 はじまりは車窓から
吹き抜ける風に、わたしは髪をさらす。
コトンコトンと規則的に聞こえてくる音はわたしを運ぶ列車の音だ。
目的地に向かう列車の中、わたしは考え事をしながらぼぅっと窓の外を眺めていた。その顔が歪んでいるのはいろいろと腹の立つことを考えているからである。
ふわっ。
風景を切り取る四角い窓から、その風景が絵画でないことを示すように風が舞い込んでくる。そこには微かに夏の匂いがした。そう、今は夏なのである。そして、わたしは学生。これが意味することつまり、わたしは今夏休み真っ只中なのだ。
「はぁ……」
そこまで考えてため息をつく。夏休みなんだけど、夏休みじゃない状況。それが今のわたしの現状だからである。
「フィールドワークかぁ・・・・・・」
魂を口から吐き出すように呟く。
そろそろ慣れてきたとはいえ、慣れと心情は別物である。
なんで、わたしがこんなこと・・・・・・、と思うが、自業自得なのでしょうがない。
それは夏休みに入る前に遡る。
わたし、こと此花月茶ノ花〈このはなづき さのか〉が、どうしてこんな所で列車に揺られているかというと、言うのも恥ずかしいくらいに単純なポカをやってしまったからだった。
わたしは魔法つくり大学に通う二回生なのだが、事はわたしが寝坊でテストをすっぽかし単位を落とした事が原因なのだ。しかも、それはわたしが専攻していた授業の単位だったので他に変えが利かなかった。それは所謂必須単位で、それがないとわたしは三回生に進級出来ない、そして教授に泣きついた結果が今の夏休み返上フィールドワークなのである。
「魔法つくり大学って名前なのに、魔法とはまったく関係ないことさせるしさ」
愚痴を言ってみるが、それで何かが解決されるわけではないのは分かっている。それでも、口に出さずにはいられない。しかも、その教授は民族学という魔法とはおよそ関係ない授業を教えている。はっきり言って退屈な授業で必修科目じゃなかったら絶対に取らない。
そんな教授の出した課題なので、フィールドワークの内容はこの世界の全種族に会って話しを聞いて来いというふざけたものだった。
下手すると夏休み四ヶ月間全部つぶれちゃうかもなぁ。そう思うと暗鬱たる気持ちに覆われる。「わたし夏休みを返せー」と心の中でひっそりと呟きながら、漫然と外の景色を眺めていた。
窓の外には田園風景が広がっている。それ以外には何もなかった。まごうこと無き田舎である。
ああ、なんでわたしこんなところにいるんだろ。などと思いながら窓の外を眺めていると稲穂の海の上を旋回するものが見えた。
「あっ、稲穂の精だ」
収穫が待ち遠しいのか、稲穂の精は嬉々として稲穂の上を行ったり来たりしている。
いや、まて自分。
「って、何わたしは美化してるんだか。あの稲穂の精はただ農薬を撒いてるだけだよねぇ」
よく見れば、稲穂の精は嬉々として農薬をばら撒いていた。世も末である。というか、稲穂の精って毒タイプの魔法使えたのか。
「へぇ」
新鮮な驚きにどうでもよさそうに頷く。そして、それが目に入った。景色に見える一本の白い線。それはモンタージュではなく確かにそこにある。
あまりに場違いな白い塔、頂上は見えない程に高い。
天高くそびえ立つ白い巨塔。
あれが、今回の目的のコミュニティ。七日妖精さんのコミュニティだった。