16話 遊びのち寝落ち
「はぁう……っと」
わたしは欠伸をかみ殺すと、隣に座る瑠巳佳ちゃんに目を移す。
丁度トランプゲームをしていた最中だったので、瑠巳佳ちゃんは手に持った複数枚のトランプに目移りしているようだった。
「こんなのでいいのかなぁ……」
わたしは誰に言うでもなくポツリと呟く。
今いるのは自分の部屋だ。正確にはわたしの為に七日妖精さんが用意してくれた部屋。
そこに瑠巳佳ちゃんも一緒に居た。
どうして、こんなことになったんだっけ?
襲ってくる眠気を誤魔化すように、わたしは思考を過去に遡及させる。
「七日妖精さんは何を考えて、瑠巳佳ちゃんを育てているんですか?」
そう、わたしは彼に訊いたのだ。
それは、わたしが訊かずにはいられなかったことだった。
「さあ、基本的に何も考えてないのかもしれませんよ。親が子供を育てるのにいちいち理由を探していたら大変じゃないですか?」
そう答える七日妖精さんは茶化すような、どこか真剣でない態度だった。その理由はわたしにはすぐにわかった。彼の言葉はわたしに合わせた正論に過ぎないからだ。
「それは……、そうかもしれないですけど。……ううん、違います。少なくともあなたはちゃんと理由があるはずです。だって、七日妖精は子供を育てない理由をちゃんともっていました。それはその行為がその時点での七日妖精の普通に反する行為だったから理由が必要だったんです。そして、今では七日妖精は子供を育てないということが普通となっている。なら、普通に反する行為をしている七日妖精さんにはちゃんと理由がなければおかしいです」
「……」
「七日妖精さんは七日妖精という種族は限られた七日間を有効に活用する為に無駄を排除してきた種族だと、そう言いましたね。でも、瑠巳佳ちゃんは七日妖精さん達が無駄だと言って切り捨ててきたものを一杯もってしまっている。それについてどう考えているんですか?」
わたしは捲くし立てるように一息に言う。七日妖精さんは少し考えるように顎を引き手を当てると「そうですね」と呟く。そして、顔上げ続けた。
「無駄だと思っていたものが、本当に無駄だったのか分からなくなってしまったからですよ。例えば、そうですね。茶ノ花さんは自分の部屋の掃除は自分でする方ですか?」
「えっ?」
七日妖精さんが、逆にわたしに質問を返す。それが、あまりに脈絡の無い質問だったので、一瞬面を食らってしまった。
「あっ、はい。ここ一二年は自分でやってますけど?」
それが、どうかしたんですか? という疑問を乗せて七日妖精さんを見返す。
「という事は、それまでは他の人に任せていたんですね」
「うぅっ、まあ、そうです……」
別に七日妖精さんは、わたしの事を責めているというわけでもないのだろうけど、なぜか気まずい感じがする。
自分の部屋の掃除は自分でするべきだよね。うん。とわたしが心の中で頷いていると、七日妖精さんはそんなわたしの都合など知らずに平静に話を続ける。
「まあ、他人に任せようと自分でやろうとどちらでもいいのですけどね。茶ノ花さんには、掃除の際必要ないと思って捨ててしまったものが、後々思い返してみると、とても大切な物だったような気がして後悔するという事はありませんか?」
「手放してから、それの重要性に気がついたって事ですか?」
「いえ、そういうわけではなくて、本当に要らないものだったのかも知れない。あの時の自分の判断は間違っていなかったのかも知れない。それでも、もしかしたら必要なものだったんじゃないかという疑問がついて回るということです」
「物を捨てられない人が、思い切って物を捨てた時の思考回路みたいですけど、まあ、なんとなく分かる気がします」
苦笑いと共に、わたしは頷く。お気に入りのマグカップが欠けてしまって、思い切って捨てたんだけど、やっぱり捨てなければよかったなぁ……とずっと頭の片隅にしこりのように引っかかってしまうようなものだろう。
ただ、それは何か意味があるものに対しての思考だ。もし、捨てたものが生ゴミならそんな考えはカケラも思い浮かぶはずがないのだから。
「取るに足らないことかもしれない。そして、何より捨ててしまったものですからね。手元に戻る事は無い。それは、分かっている。分かっていながらも、それを無視することは出来ないんですよ――」
そこで切ると、七日妖精さんは笑顔で、
「なら、無視しなければいいと思いませんか?」
「無視……しない?」
わたしは怪訝な顔をしていただろう。声が上ずっているのが自分でも分かる。
「どういう意味ですか? だって捨ててしまったものはもう手元には戻らないって」
「ええ、手元には戻らない。なら、この気持ちを解消する手は一つです。確かめるしかないでしょうね。その捨ててしまったものが、本当に取るに足らないものなのか? それとも違うのか」
「それって、つまり七日妖精さんは今の七日妖精のあり方を確かめようとしてるってこと――ですか?」
探るような上目でわたしは訊いた。それに、七日妖精さんは「ええ、そうですね」と首肯する。
わたしはそこから視線を外すと、七日妖精さんの脇にいる瑠巳佳ちゃんに落とした。
「でも、それなら瑠巳佳ちゃんはどうなんですか?」
今の話に瑠巳佳ちゃんは関係ないと思う。
「……」
七日妖精さんは少し沈黙すると、
「瑠巳佳ですか……」
「はい、今の言いようはあくまで七日妖精さんのことで瑠巳佳ちゃんは関係ないですから」
七日妖精さんは困ったような表情と共に口角下げると軽く瑠巳佳ちゃんの頭を撫でる。そして、わたしに視線を戻した。
「茶ノ花さんはしばらくは部屋の掃除は他の人に任せていたんですよね?」
「はい? まあ、そうですけど」
それが、どうかしたんだろうか。意図が掴めずに眉を寄せる。
「なら、初めて自分の部屋を掃除した時、途方に暮れてしまったのではないですか?」
「……、まあ、そうですけど」
渋々、肯定。
そんなわたしに七日妖精さんは「あまり、気を悪くなさらずに」なんて言っている。
「今の私が丁度そんな感じなのですよ。七日妖精は自分の部屋の掃除を他人にまかせっきりで、いざ自分でやろうとしてもやり方がわからないのです。当然ですね。なぜなら部屋は最初から私には完全に整理された綺麗な部屋が与えられていましたから」
「……はあ」
わたしは生返事を返す。多分言葉通りの意味ではなくて比喩だろう。
「だから、瑠巳佳には整理整頓が出来る子になって欲しいと思ったのですよ。なら、与えるのは整理された部屋では駄目でしょう?」
七日妖精さんは同意を求めるようにわたしに意見を仰ぐ。
正直仰がれてもわたしとしては、七日妖精さんの言いたいことがあまり良く分かっていないのでどうしようもないのだが、一つ感じることがあった。
「七日妖精さんは、瑠巳佳ちゃんに何か期待をしているんですね」
「ええ、自分では出来ないことですから」
「それってなんなんですか?」
どうやら、七日妖精さんとしては比喩を比喩のまま終わらせる気まんまんのようだったが、わたしとしてはそれは困る。ふわふわと弛緩しつつある結論を締め上げるように、わたしは七日妖精さんをねめつける。
しかし、それもどうやら意味がないようだった。
「そうですね。それは私じゃなく、瑠巳佳と接してみれば分かることかもしれませんよ」
柔らかい笑みと共に七日妖精さんはそう言うと、
「どうでしょうか? この子が寝てしまうまで遊び相手になってあげてくれませんか?」
逆にそう提案されてしまった。
「え、いや。そういうつもりじゃ……」
「むしろ、お願いしたいくらいですよ。瑠巳佳も茶ノ花さんに興味があるみたいですからね」
さらに、その上を行ってお願いされていた。
七日妖精さんの言葉を受けて、瑠巳佳ちゃんを見ると、七日妖精さんにつかまりながら、チラチラとこちらの様子を窺うように時折、目視線をこちらに向けている。
まいったなぁ。本当にそう言うつもりじゃなかったのに、いつのまにか断わりづらい雰囲気が作り上げられていた。
「駄目でしょうか?」
「えーと、いや、別に駄目ってわけでは……ないんですけど」
「なら、よろしくお願いします。正直茶ノ花さんが此処を訪れてくれて私は感謝しているんです。七日妖精のコミュニティ内では他の種族の方と接する機会がほとんどないですからね。茶ノ花さんと話すのは瑠巳佳にとってもいい事なんですよ」
「はあ……」
そこまで、力説されると完全に退路を断たれた生簀の鯉、まな板予備軍状態である。
「まあ、瑠巳佳にはマスターキーを持たせてあるので、断わった所できっと茶ノ花さんの所に遊びにいくと思いますけどね」
否、すでにまな板の上だった。後はザックリいくだけである。
「まあ、いいですけど。わたしが寝ちゃうまでですか?」
「いえ、瑠巳佳が寝付くまでお願いします。遅くても0時までには寝る子ですから」
七日妖精は基本はショートスリーパーなんですよ。そう七日妖精さんが補足する。
どう考えても途中で寝落ちしてしまいそうな気がしたが、そのまま、わたしが今日一杯瑠巳佳ちゃんを預かることに決まってしまった。
「ふああ~~」
ガクンとわたしの頭が落ちる。机に額を打ちそうになるのをすんでの所でハッと気がついて、体を起こす。
今わたしの部屋に瑠巳佳ちゃんがいるのはそういう理由だった。
「さのかさん。だいじょうぶ?」
「うん、平気平気っ。ちょっと死にそうなだけだから」
瑠巳佳ちゃんが心配そうに声を凋ませる。
瑠巳佳ちゃんを安心させる為に言ってはみたが、ほんとはあんまり平気じゃなかった。
結構眠い。限界近い。
とはいえ、瑠巳佳ちゃんは全然まだまだ余裕な感じなので、こっちがさきにくたばるわけにもいかず、依然睡魔と格闘しなければいけなかった。
「こんなのでいいのかなぁ……」
もう一度同じことを呟く。七日妖精さんがわたしに何を求めていたのかが、いまいちよくわからなかったが、わたしには彼女と一緒に遊んであげることぐらいしか出来ない。
こんなのでいいんだろうか?
そう思いながら、隣で嬉々としている瑠巳佳ちゃんをぼんやりと眺めていた。




