13話 塔下層から
下層に来ると、さらに人影は少なくなる。
いや、まったくないと言ってしまっても過言ではないかもしれない。少なくともわたし達が下層が下層に来てからは誰ともすれ違うことはなかった。
そして、通路は薄暗く、すでにメインの照明は落とされてしまっているのか、先ほど来た時とは感じる印象が違う。
頼りない照明が照らす通路は闇を払拭しきれず、濃い緑色に染まっていた。
まるで、プチ肝試しをしている様――そんな感想がふとわたしの中に浮かんでは消えた。
「ねえ、瑠巳佳ちゃん。どこに向かってるの?」
手を繋いだ先で、わたしを牽引している女の子にわたしは声をかける。
下層ということで、わたしは七日妖精の培養場を想像してしまったが、下層は研究区画というだけで何もアレが全てというわけではない。
瑠巳佳ちゃんが向かっているのもどうやら、わたしが想像していた場所とは違っている様だった。
「真んなか」
「真ん中? 塔の中心ってこと?」
「うん」
瑠巳佳ちゃんは足を緩めることなく頷くと、変わらずにわたしを引っ張る。先ほどエレベータでわたしを置いていきそうになったのがかなり堪えているのか、その力は思いのほか強い。
「塔の中心……か」
塔の中心では確か、未だ増築され続けている塔の材料を頂上まで運ぶ設備があると聞いた。
七日妖精が得意とする魔法である鉱物の分解と再構成。
その魔法を最大限に利用する運び方、いや魔法を利用するというよりは、そう利用される為にそういう魔法を七日妖精が編み出したというのが、正しい。
とにかく塔の中心には巨大な円柱状の空洞があり、分解、気化された鉄鋼を空洞内の気圧を変動させることによって、一気に頂上まで押し上げる。そして、それを頂上で受け取り再び、鉄鋼に再構成する。
そうして、この塔は作られている。
「そこにお父さんいるかな?」
「わからない……わからないけど。瑠巳佳が知ってるのそこだけだから……」
「そこだけって事は、他の場所には行ったことはないってこと?」
「……うん」
「ああ、そうなんだ」
つまり、わたしが下層で唯一案内された場所にはこの子は行っていないという事だ。
なんだとちょっと拍子抜けする。と同時にどこか安心した。
確かにアレは子供に見せるにはちょっと過激だと思っていたからだ。子供の時に見てたらトラウマになりそうな風景だったし。
「瑠巳佳にはかこはいみはないのよ。じゅうようなのはこれからだから」
不意に、えらく平坦な声の呟きが瑠巳佳ちゃんから零れる。聞き取るにはあまりに語感の情報が欠落していた。
「えっ、何か言った?」
「瑠巳佳にもわからないの」
「はい??」
いや、分からないと言われても、わたしの方が分からない。
「ついたよ」
そう言うと、瑠巳佳ちゃんの足が止まった。どうやら、目的地に着いたらしい。
見れば、やはり物々しい分厚い上に巨大な扉が目の前にある。
基本的にどこでもスタンスは変わらないのか、相変わらずの関係者以外立ち入り禁止を無言で体言しているかのような扉だった。というか、確実に関係者以外は立ち入り禁止だと思う。
「ねえ?」
わたしは壁を見上げながら、瑠巳佳ちゃんに訊く。それは根本的な疑問だった。
「入れるの?」
厳重かつ巨大、もちろん取っ手なんてついてない。
いくらなんでも、これを手動で開けることなど不可能だろう。おそらくは扉横のコンソールパネルで何かをしないと開けることは出来ないと思うんだけど――。
そんなわたしの疑いの目に、瑠巳佳ちゃんはキョトンとすると一言、
「入れるよー」
と当たり前の様に言った。
「どうやって?」
「おへやのかぎで入るの」
言うや否や、瑠巳佳ちゃんはごそごそと自分の服を漁る。そして、一枚のカードを取り出すと、扉の横についたコンソールのスロットに差し込む。
「ほら」
自慢げな顔を向ける瑠巳佳ちゃんの向こうでは、重苦しい音共に扉が開いている。
「ああなんだ、瑠巳佳ちゃん。この部屋の鍵持ってたんだ」
「??? おへやのかぎだよ?」
わたしが納得していると、瑠巳佳ちゃんが訂正する。
「部屋って家の?」
「うん」
常識のように瑠巳佳ちゃんが言う。部屋の鍵で開くってここのセキュリティはどうなっているんだろうと、わたしが呆れている間にも、
「さのかさん、いこう」
そう言うと、瑠巳佳ちゃんはわたしの手を引いて部屋の中へと入っていった。