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12話 夜中に歩き回ります

「どう、お父さんいた?」

「……」


 わたしが訊ねると、瑠巳佳ちゃんは口をつぐんで俯く。


 それはいないという意思表示。


 未だに瑠巳佳ちゃんのお父さんは見つかっていなかった。


 そして、それなりの時間を瑠巳佳ちゃんと一緒に捜索にあたって一つ分かった事がある。


 それは、名前なんて意味がなかったという事。


 ここまで瑠巳佳ちゃんに付き合って、もし彼女のお父さんの名前がわかったら、もっと簡単に見つける事が出来るんじゃないかという考えはわたしの中から完全に消えていた。


 仮に瑠巳佳ちゃんがしっかりお父さんの名前を覚えていたとしても、それが意味を為すとは思えなかった。


 こう言っては失礼かもしれないけど、七日妖精に何かを訊くというのがまず間違い。彼らは限られた七日間を有効に活用するために徹底的に無駄を排除してきた種族であり、誰かの質問に答えるなんて無駄なことはしないという姿勢を見て取る事ができたからだ。


 そこにあるのは素人お断りの阿吽の呼吸であり、もっとシンプルに言ってしまえば七日妖精という種族は基本的に無口だった。


 いや、さらに言ってしまうならば。


 そもそもからして、七日妖精さん達は物事に関心が無さ過ぎる気がした。それが個を捨てるという事なんだろうか?


「……」


 煮え切らない表情を浮かべ、瑠巳佳ちゃんが押し黙っている。もうこの区画はほとんど探し終わってしまったのだが、それでも彼女のお父さんは見つかっていない。


「ねえ、瑠巳佳ちゃん。お部屋に戻ってみたら? お父さん帰ってきてるかもしれないし」


 黙り込んでいる瑠巳佳ちゃんに、そう提案する。


 完全に入れ違いになっている。


 正直この時間ならその確率はかなり高いんじゃないかなぁと、わたしは思っていたが、瑠巳佳ちゃんはそんなわたしの進言に従う気はまったくないようだった。


 ムスっとした表情を浮かべている。


 彼女の行動原理が不安から意地に変更された瞬間である。


 どうやら、瑠巳佳ちゃんの不安はわたしと一緒にいることで解消されてしまった様だった。それならそれでいいとわたしは思ったが、逆に完全に意固地になってしまっているのはちょっと困りものなんだけど。


「はあ……」


 なんか面倒なことになってきた気がする。いくら意地になった所でもう捜すべき場所はほぼ捜し終わってしまったのだから、どうしようもないと思うわたしはマンサーチャーの素人なんだろうか。


「さのかさん、こっち」


 そう言って瑠巳佳ちゃんが向かった先は下へと下るエレベータだった。中層は捜し終ってしまったから、今度は下層を捜そうという気らしい。


 いいの?


 その時、一番初めに思ったことは下層も捜すのかぁ。大変だなぁ。などといったものではなく。ただ、このまま瑠巳佳ちゃんを下層に行かせていいのかな? という疑問だった。


 瑠巳佳ちゃんは、わたしの思考などお構いなしに、下へと向かうためのボタンを押す。


 エレベータが今いる階層を示す表示板は遥か上の階層を示している。


 まだ、この階に来るには時間がかかるようだった。


「瑠巳佳ちゃん、下に行くつもりなの?」

「うん」

「どうして?」

「おとーさん、したにいる気がするから」


「おんなのちょっかん」と自信を込めて瑠巳佳ちゃんが言う。


 その言葉はシュガーレスなガムシロップって感じで、まあ、わたしを納得させるための瑠巳佳ちゃんなりの理由付けで特に意味はないのだろう。


 それはともかくとして、わたしは瑠巳佳ちゃんを止めるべきなような気がしていた。何しろ下層は、七日妖精のコミュニティにおける研究区画となっているのだから、子供が行くような場所ではない。


 そして、何より瑠巳佳ちゃんに見せるようなものじゃないという気持ちがわたしの中では大きかった。


「瑠巳佳ちゃんは下層に行った事あるの?」


 もし、行った事があるならば、別にわたしが止める理由はないのかもしれない。そんなわたしの質問に対する瑠巳佳ちゃんの答えは、


「うん、おとーさんといっしょにいったことある」


 というものだった。「よく、見ておきなさいっておとーさんいってた」と瑠巳佳ちゃんが続ける。それにわたしは思わず眉を顰めた。


 よく見ておくって、見てどうするっていうんだろう。七日妖精のあり方を小さいうちから教えておこうとでも思ったのか――そう思ったけど、多分それは的を射ていない。


 それなら、瑠巳佳ちゃんだってカプセルで育てればいいだけのことだ。そうすれば、生まれながらにして七日妖精のあり方は染み付いているのだから。


 わたしが考えても栓の無いことだった。考えたところで分かるハズもない。


 ただ、わたしに分かることがあるとしたら、それは、わたしとその七日妖精さんとでは少しならず考え方がズレているらしいということだけだ。


 ただ、そうだとしても、やはり彼女の父親は一般的な七日妖精からは外れた七日妖精なのは間違いないようだった。


 音域の高い、短い音が辺りに響く。エレベータが到着した音だ。その音がしてまもなく目の前の扉が左右に開く。


「あっ」


 扉が開いた瞬間、一時も遅れることなく瑠巳佳ちゃんはタタっと駆け足でエレベータに飛び乗った。


「さのかさん?」


 完全に乗り遅れたわたしにエレベータの箱の中から、瑠巳佳ちゃんが小首を傾げながら、不思議そうにわたしを見ている。うーん、本当は止めるつもりだったんだけど、機を逸してしまったようだった。


 まあ、止める理由もないのだし、それならそれで構わないか。とそうも思う。


 見れば、再び瑠巳佳ちゃんの表情には不安が混じり始めているように見えた。


 光が射して、影が出来てしまう様にまた少し不安な気持ちが瑠巳佳ちゃんの中ポツポツと現れている。そして、エレベータの扉が閉まり始めていた。


「まずっ」


 固まってる場合じゃなかった。


「瑠巳佳ちゃん、ドア開けて」


 そう瑠巳佳ちゃんに指示を出す。

 言われて気づいたのか瑠巳佳ちゃんは階を選択するコンソールパネルへと近づき、わたしが押してほしかったボタンを押してくれた。一度完全に閉じた扉はまた再び開く。


 わたしは再び開いたエレベータにわたしも慌てて飛び乗った。


「……」


 エレベータの室内では、瑠巳佳ちゃんから無言の抗議を受ける事になる。


 エレベータにいる間、瑠巳佳ちゃんはずっとわたしの服の袖を離さずに、ギュッと握っていた。

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