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11話 るみかのお願い

 静かだった。


 シンとしている。もう夜だからなのか、夜の闇が音を飲み込んでしまっているんだろうか。なんて、そんなわけはない。


 ただ、そう思ってしまう程に、七日妖精の居住スペースである塔の中層は静かだった。


 この時間だから、多くの七日妖精さんは自分の部屋に戻ってしまっているというのも理由の一つだろう。しかし、おそらく七日妖精の共有スペースであると思われる広場にはまだ、それなりの数の七日妖精さんがいる。


 なのに、そこはあまりに静かだった。


 シンとした空気は違和感となって肌にヒタヒタと張り付く。


 世の中には心地のいい静けさもあるけど、この空気は正直言ってそれとは違う。どちらかと言うと、焦燥を掻きたてられるものだった。


「どう? 瑠巳佳ちゃん、お父さんいた?」

「……ううん。いない」


 瑠巳佳ちゃんは、じっくりと周囲を見渡し、首を振った。


 そんな会話を何度繰り返しただろう。少なくとも数えるのが面倒なくらいには繰り返している。しかし、未だに瑠巳佳ちゃんのお父さんは見つかっていなかった。


「そう言えば」


 そんな散策を数十分ほどした所で、わたしは思い出した様に瑠巳佳ちゃんに訊ねる。


「瑠巳佳ちゃん。お父さんのお名前はなんて言うの?」


 すごく今更感ある質問のような気もしたが、不覚にもそれを訊き忘れていたことだった。


 いちいち場所を変えて、瑠巳佳ちゃんに確認を取るよりも、瑠巳佳ちゃんのお父さんの名前を教えてもらって、手当たり次第に手近な七日妖精さんに訊いて回った方が絶対効率がいいに決まっている。


 しかし、そのわたしの質問に対する瑠巳佳ちゃんの返答は予想に反して色よいものではなかった。


「おとーさんの……お名前……」


 電波の良くないラジオの様に、途切れ途切れに言うと、


「わからない……」


 瑠巳佳ちゃんは申し訳なさそうにそう答えた。

「お父さんの名前わからないの?」


 わたしが確認すると、瑠巳佳ちゃんはコクリと頷く。


 それは軽い驚きだった。それが顔に出ていたのだろう。瑠巳佳ちゃんは不安そうな表情をわたしに向ける。


「おとーさんはおとーさんだから……」


 そう弁解するように呟いた。それを聞いてわたしは「ああ」と頷く。それで、少し納得することが出来たからだ。


 瑠巳佳ちゃんにとってお父さんはお父さんであって、お父さん以外の何ものでもない。


 瑠巳佳ちゃんがお父さんといる分には全てお父さんで通じてしまい、名前によって識別する必要がない。


 だから、瑠巳佳ちゃんは父親の名前を覚えていないんだろうなと思った。ただ、今のわたしみたいに第三者が関与してきた場合にはそれじゃ済まないハズなんだけど。


 名前に意味なんてない。


 そう言えば、そんなこと聞いたような気がした。ただ、役割さえ果たしていれば識別する必要はない。それは七日妖精の基本姿勢なのだろうか……。


「……ごめんなさい」


 少しわたしが上の空な状態になっていると唐突に瑠巳佳ちゃんの謝罪が聞こえてきてハッと我に返った。


「え、何?」

「瑠巳佳がおとーさんのお名前しらなかったから」

「ううん、そんな事ないよ。むしろ、悪いのはそのお父さんの方だよ」


 取り繕うように言ってしまったが、実際その通りのような気がする。


 なぜなら、瑠巳佳ちゃんはわたしの名前は一発で覚えた。決して物覚えの悪い子じゃない。


 それなのに、瑠巳佳ちゃんがお父さんの名前を知らないのは、おそらく彼女の父親が瑠巳佳ちゃんに自分の名前を一度も教えなかったからに違いなかった。


 必要ないとでも思ったのかな。父親の名前が自分の娘にとって意味がないものだとはわたしは思えないけど、そこら辺の事はわたしにはわからない。


「おとーさんのわるくち?」


 少し棘のある口調で瑠巳佳ちゃんが訊いてくる。


「いや、悪口ではないんだけど、ちょっと変かもって思って」

「おとーさんへんじゃないよ。とってもいいひと」


 そう言う瑠巳佳ちゃんの目は真剣そのものだった。


 本当にいい人かどうかは棚に上げるとしても、瑠巳佳ちゃんがこれだけ言うのだから別に否定する必要もない。


 わたしは「そうなんだ~」と相槌を打ちながら、古典的な質問をしてみることにした。


「瑠巳佳ちゃんはお父さん好き?」

「うんっ、大好き」


 元気のいい返事だ。聞いてる方がうれしくなるくらいに歯切れがいい。

 わたしは、そんなこの子が気に入り始めていた。


「もうっ、瑠巳佳ちゃんはいい子だよ~」


 言いながら、瑠巳佳ちゃんの頭を撫でる。それはもう大型犬を褒めるが如き勢いだったんだけど、瑠巳佳ちゃんは嫌がりもせず、しばらくわたしの成すがままになった後、


「ありがとー、おとーさんもそう言ってた」


 そう、お礼を言った。なかなかに妖精が出来ている子なのだった。

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