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10話 お姉ちゃんに電話します

「え~、なんでよ~っ!」


 という声が受話器ごしに聞こえてくる。わたしの姉である此花月穂ノ花のものだ。声の大きさにわたしは思わず受話器から耳を離す。


「もう、どうでもいい事で叫ばないでよ。鼓膜が痛い」

「今ので鼓膜が痛いって、どんだけ敏感鼓膜なのよ」


 くっくという堪えた笑い声が聞こえてくる。わたしは「はあ」と一息を吐いた。


「とにかく、さっき言った事だけど」

「はいはい、わかったわよ。今日は泊りなんでしょ」

「うん。そういうことだから」

「おしいな~。せっかくおいしい林檎が手に入ったからヨーグルトポムポム作ったのにな~」

「うっ」

「出来たてがおいしいのにな~」

「おいしいのにな~。おいしいのにな~。おいしいのにな~――(以下略)」

「……切るよ?」


 というか、セルフでエコーをかけるな。うっとおしい。


 そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、お姉ちゃんは「まあまあ」となだめるような声音で言うと、


「お土産よろしくね」


 爽やかな声でお姉ちゃんが言った。ん? お土産?


「あー、お姉ちゃん。悪いけど、お土産とかあるような所じゃないんだけど……」


 言いづらそうに言葉を濁すと、ミントの様な清涼感は変わることなく、


「近所にね、新しくお店が出来たみたいなのよ。だから、茶ノ花はそこでいくつかケーキを買って来なさい」


 それってお土産って言うのかな? わたしは首を捻りながらも苦情を口にする。


 ちなみにお姉ちゃんは、学術コミュニティでパティスリー兼喫茶店を経営している。わたしの通っている大学のすぐ近くなので下宿させてもらっているのだ。


「なんで、わたしが……近所なら、お姉ちゃんが行けばいいのに」

「やーよ。私が行ったら敵情視察みたいじゃない」

「いや、わたしが行ったって敵情視察だと思うけど……」

「それは、誇大妄想よ。カワイソウに茶ノ花には自分がお客様だっていう自覚がないのねー」

「その言葉、そっくりそのままお姉さまにお返しします」

「えー、キャッチボールじゃないんだから、返さないでよー」

「みたいなもんですっ」


 わたしはキッパリとした口調で言うと、


「もうっ、お姉ちゃんが変なこと言うから話しが変な方向にいっちゃったよ。あのね、こっちはそんな無駄話に付き合ってる暇はないの」


 そう続ける。


「へー、なんかあったの?」

「うん、ちょっと」


 チラリと目を下に向けると、先ほどの女の子が大人しくわたしの服を掴んでいる。


「とにかく、そういう事だからもう切るね」

「はいはい、わかったわよ。あっ、命令は守りなさいよね」

「……うー」


「小物の鳴き声みたいねー」と唸るわたしにお姉ちゃんが揚々と言っているのが聞こえる。動が抜けてると思うんだけど……、と思考の表層部分で思ったけど、重要なのはそこではなくて。


 命令だったんだ、あれ。すごく初耳だった。


「ハイは?」

「はーい」


 渋々ながら、返事をする。

 忘れなかったらだけど。という言葉を心の中で付け加えて、わたしは受話器を置いた。


「さてっと」


 頭の中を裏返すように、気持ちを切り替える。視線を少し下に向ければ、そこには先ほどの女の子が変わらずにわたしにぴったりとくっついている。


 事情は分からなかったが、とても無視して立ち去る事が出来そうな雰囲気ではないし、無視するわけにもいかないだろう。


 わたしは腰を落として、女の子の目線に合わせる。


「待たせちゃってゴメンね」


 わたしがそう言うと、その子はフルフルと首を振る。

 別に気にしてないっぽいけど。さてどうしたものか。


「えっと、お名前は?」

「瑠巳佳」

「るみか? 瑠巳佳ちゃんでいいの?」


 そう訊ねると瑠巳佳と名乗った女の子はコクコクと頷く。そして、物欲しげにジーっとこちらを見ているかと思うと、


「おねーさんは?」

「え、わたし?」


 そう訊いてきた。


 まあ、名前を訊いたのだから訊き返されるのは当然だけど、突発的に抱きついてきたことといい、意外に積極的な子なのかもしれない。


「わたしは茶ノ花だよ」

「さのかさん」


 わたしの言葉を反芻するように、瑠巳佳ちゃんは何度も呟く。その姿を見ながら、わたしは少し考える。


 ここにいるって事は当然この子は七日妖精なんだろう。しかし、それだと噛み合わないことがある。


 七日妖精のコミュニティに七日妖精の子供がいるはずがないからだ。


 なぜなら、七日妖精は成人するまではサナギともいえるカプセルの中で育てられる。それを、わたしはついさっき見てきた。だから、子供がいるなんて変なんだけど。


「でも、無いこともないか」


 そうだ。全員が全員というわけでもないと七日妖精さんは言った。それが限りなく少数だったとしても子供がいたっておかしくはないのだった。


「おとーさんは?」


 わたしが考え込んでいると、瑠巳佳ちゃんが現実に引き戻すために、わたしの服の縁を引っ張る。ポツポツとした瑠巳佳ちゃんの言葉で思い出した。


「そう言えば、瑠巳佳ちゃんはお父さんを探してるんだっけ?」

「……うん、おとーさん帰ってこないから」


 なんで、わざわざわたしに頼るんだろう? と疑問に思ったが、周りを見てみればわたしと瑠巳佳ちゃんだけしかこの付近にはいない。


 まあ、彼女にしてみれば丁度わたしがそこにいたからなのだろう。


 瑠巳佳ちゃんが不安そうな表情を浮かべる。


 それはあまりにも弱々しくて、思わず助けてあげたくなったけど、それとは別に違う興味が頭をもたげた。


 彼女は父親を探している。そして、その七日妖精さんは当然七日妖精的な考え方からは外れた七日妖精のはずだった。


 簡単に言えば、彼女の父親はどんな人なんだろうと、少し興味が沸いたのだ。


「……」


 物憂げに見上げてくる瑠巳佳ちゃんと目が合う。ユラユラと不安的な気持ちが見え隠れするその瞳を見つめ返すと、わたしは安心させるように、笑顔を返す。


「それじゃあ、お父さん探そうか?」

「うんっ」


 わたしがそう訊くと瑠巳佳ちゃんは元気よく返事を返した。

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