9話 女の子に抱きつかれました
七日妖精のコミュニティである塔の中層。
中層は彼らの居住スペースとなっている。わたしが七日妖精さんに案内された部屋もこの中層にあった。
「部屋の中の物は自由に使って構わないですから」
そう言うと、七日妖精さんは部屋から出て行った。
「ふう……」
それを確認して一息つくと、備え付けのソファーに腰掛けた。
そして、ざっと部屋を見回す。
ここは、わたしが宿泊するために七日妖精さんが用意してくれた部屋だ。
広さはそれなりにあり、奥には軽い料理が出来るようにキッチンが設備されている。さらに進むと洗面所とお風呂があった。一泊どころか普通に生活できるだけの設備がこの部屋にはある。
おそらくは客人用に用意された部屋ではなく、七日妖精が生活する一般的な居住空間を、わたしに貸してくれたのだろう。
「疲れたぁ……」
気を抜いた瞬間どっと疲れがやってきた。
それもそうか、ここまで来るのにもかなり無理したのに、七日妖精のコミュニティに入ってからも歩き詰めだったのだから。わたしは氷上のアザラシみたいにベターとソファーにうつ伏せに寝そべる。
限られた七日間を有効に活用するために、様々な無駄を排除し効率的な生き方を選んだ種族。そして、ただ一つ塔を完成させるという事のみに人生の全てを捧げる……か。
それは、七日妖精が七日しか生きられないから、そんな短い時間ではきっと何をやったって中途半端に終わる。絶対に極めることの出来ない人生、そんな人生に意味はないと七日妖精は思っているのだろう。
なら、繋ぐしかない。
後世に繋ぐことで自分の人生に意味を持たせる。
それが、たまたま塔の建設だっただけ。いつか自分の後の代がそれを完成させた時自分の人生は補完され、完璧なものになる。
七日妖精さんはそんな予想と想像と空想にすがっているだけなんだと思う。
「でもなぁ……」
わたしは足をバタバタさせながら、
塔を建築することを選択することすら無駄だと言い切った七日妖精さんの言葉は絶対に違うとわたしは思った。
少なくとも最初は違ったはず、彼らは自らの意志で塔の建築をしていたはずだ。
自らで人生の指針を選んでいた。
なのに、それすら無駄だと言って放棄してしまったら、それはもう――。
「それに反発する七日妖精さんっていないのかな」
そんな疑問がふと頭をよぎった。
同時に人工培養の場面が思い浮かぶ、七日妖精さんの話ではあの状態の時にある程度の情報を脳に刻み込んでしまうと言っていた。
それは刷り込みのようなものだ。だから、反発とかはないのかもしれない。
「うーん……いやいや」
一人唸ると、それはちょっと早計かなぁ。と考えを改める。
あの時、七日妖精さんは、数は少ないが人工培養に反対している七日妖精もいると言っていた。なら、刷り込みと思想は関係ないという事。きっと七日妖精の総意とは違う考えの人だっているはずだ。
もっとも、だからどうしたと言われればそれまでなんだけど。
「っと、そうだった」
そこまで考えて、わたしは体を起こす。このまま横になっていたら何かの間違いで寝てしまいそうだったからだ。
まだ、わたしにはやらないといけないことがあったのだ。
「家に連絡しておかないと」
別に連絡しなければいけないというわけでもないが、今日は泊まる事を言っていないので、一応連絡しておいた方がいいだろう。もしかしたら、お姉ちゃんが心配しているかもしれない。
「いや、それはないと思うけどね」
わたしは自分の思考に苦笑する。あの人は心配するとかそういうタイプの人じゃない。
「むしろ怒ってるかもなぁ」
どっちかというとそっちの可能性の方が高いような気がする。
でもまあ、思い出してしまったものはしょうがない。
電話出来るのにしないのも変なので、わたしは部屋に電話が備え付けられていないか調べてまわる。
しかし、いくら部屋の中を探し回っても電話機は見つからなかった。
それはこの部屋が使われていない部屋だからなのか。
それとも七日妖精が外部に連絡を取る習慣がない種族だからなのかはわからないが、とにかく部屋の中に電話機はなかった。
もちろん携帯電話が使えるような場所ではない。試しに、携帯電話のディスプレイを覗いてみるが、案の定やっぱり圏外だった。
「あれ? ちょっとまて」
ちょっと血の気が引いた。ここは僻地だ、仮に外部と連絡が取れないようなことがあれば、どうやってわたしは帰ったらいいんだろう。
「まあ、探せばあるよね」
まさか、まったく外部とつながりがないわけないし、塔のどこかしらに通信室のようなものがあるはずだ。
わたしはそう結論づけると、部屋を出て通信機を探す。
途中、廊下を歩いている七日妖精さんに尋ねながら進んで行く。すると、割合簡単に目的の物を見つけることが出来た。
「なんだ、あるじゃん」
通路の脇に見慣れた緑色の四角い箱が並んでいる。
もっとも、今となってはあまりみることもなくなったものだが、公衆電話が遠慮がちに佇んでいる。
連絡なんて手早く済ましてしまうに限るので、わたしは駆け寄ると、ささっとダイヤルをプッシュする。
しかし、そのダイヤルを押す手がはたと止めた。
「???」
え? な、何?
トスンという軽い衝撃。
そして、腰の辺りに何かがギュッと抱きつく感触がある。
「なっ、なに?」
弱い力でしがみついている何か。
わたしは恐る恐るその何かに目を向ける。そして、それを見てわたしは目を見張った。
「えっ?」
女の子だった。
小さな女の子が不安そうな表情で、わたしの服を掴んでいる。
「おとーさん……」
「え……、何?」
女の子は訴えかけるような目でわたしを見上げると、
「おとーさん、さがして……」
擦り切れるような声そう言った。




