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冬の童話祭2018

おばあさんは、川から『きびだんご』が流れてくるのを待つことにしました。

作者: toiF

~冬の童話祭テーマ~

〈お題〉

桃からうまれた桃太郎は元気に育ち、今日は鬼ヶ島へ旅立つ日。

身支度を整えるなか、桃太郎はおばあさんにひとつお願いをします。

おばあさん、どうぞきびだんごを作って持たせてください。

そのお願いに、おばあさんは心のなかで「はて」と首をかしげます。

きびだんごとはなんでしょう。 きびだんごを知らないおばあさんは、それでも桃太郎のお願いだからとそれをこさえることにしました。

「ひとまず、たべものをこさえれば良いのかのぉ」



「……はて、きびだんご?」


 『きびだんご』なるもの、おばあさんにとって未知の食べ物でした。

 かぶりつくとジュワーッと肉汁が溢れるようなモノなのか、

 口の中でモッチモチとするモノなのか、

 はたまた、ピリリと辛い刺激的なモノなのか。皆目見当もつきません。


 でも、今日は桃太郎が旅立つ、特別な日です。

 なんとしてでも『きびだんご』なるものを用意しなければと、おばあさんはいつになく使命感に燃えていました。


「おばあさんなら分かると思ったんだけど……もし知らないなら全然――」

「大丈夫じゃ!」


 桃太郎の心配そうな顔を見て、ますますその意思は固まりました。

 たしかにおばあさんは、きびだんごの作り方を知りません。

 しかし代わりに、あることを知っていました。

 あるはずのない奇跡を巻き起こしてしまう、たったひとつの場所を……!


「お、おばあさん、どこへ……! そっちは外だよっ! それに走ったらあぶな」

「――桃太郎や、半刻ばかし待っておくれ!」


 返事も待たずおばあさんは家から飛び出て、勢いよく駆け出しました。

 ――かの巨大の桃が流れきた、奇跡の川に向かって。



「……ああ神様や」


 それは、ごくありふれた流れの緩やかな川でした。

 普段は洗濯するときに訪れる川ですが、今日こそはあの日のように奇跡が起きるかもしれません。

 おばあさんは岸辺で膝をつき、両手を合わせて熱心に祈ります。


「……むむ」


 そして期待の眼差しでじぃーっと水面を見つめます。

 しかしどういうわけだか、何もおきません。

 上流に目をこらしても、小枝のひとつだって流れてくるようには見えません。

 少しだけ不安に思ったおばあさんは、思い切って声を張り上げてみることにしました。


「神様やあ! きびだんごおくれーっ!!」


 声は反響して、辺りに木霊しました。

 ……それでも変化はありません。川は穏やかに流れています。


「うむむ」


 おばあさんはすっかり困ってしまいました。

 もしかしたら奇跡を呼ぶためには何かが足りないのかもしれません。

 あの日の出来事を、おばあさんは思い出してみることしました。



 ……

 …………


 その日、おばあさんはいつものように川で洗濯をしていました。

 水は冷たく、手が大変冷えました。


「……わしらはとうとう子に恵まれんかったのう」


 この冷たい苦行がせめて、かわいい子のためだったのなら……。

 なにげなく、ぽつりとこぼれ落ちた言葉でした。

 そのとき、異変が起きました。


 ざぶん。ざぶん。


 川の上流からなにやら音が聞こえてきます。

 おばあさんが顔をあげると、なんと大きな桃が流れてくるではありませんか。

 おばあさんは童子のように目をキラキラさせて、胸躍らせました。

 川のなかへ、ざぶざぶと入って近くで眺めてみました。ふわりと甘い匂いが漂ってきます。

 ほんの出来心でひょいと桃に飛び乗ってみると、これがなんと座り居心地のよいことか。


 ざぶん。ざぶん。


 大きな桃とその上に乗ったおばあさんは、川を流れていきます。

 桃の上は、案外に快適でした。あたる風が気持ち良いのです。

 気分は大冒険の幕開けでした。


 ざぶん。ざぶん。


 しかしそんなおばあさんの眼前に、恐ろしい光景が広がりました。

 ゆく先の川が、途切れていたのです。滝となって落ちているようです。

 恐怖で身がすくみました。

 しかし、すぐに桃から飛びおりなければなりません。

 なんとか声を荒げて、自分を奮い立たせました。


「ほら、飛ぶんだぁ! こっから、飛ぶんだぁ!」


 それでも手足が震えてしまって、思うように動けません。

 もう目前に迫っています。パニックです。舌も回りません。


「飛んぶんだぁ! とんぶうらぁ! どんぶらぁ、こ」


 ――どんぶらこ。

 

 そう口にした瞬間、まばゆい光が桃とおばあさんを包み込みました。

 滝から落下したかのように思えた巨大な桃はふわりと浮かび上がり、おばあさんを乗せてゆるやかに回転しはじめました。

 まるでおとぎ話のなかのような出来事でした。

 そのまま大空を舞い、おばあさんはわが家に無事帰りました。

 そして、おじいさんとともに桃を割ったとき、愛おしき子――桃太郎は生まれたのでした。


 …………

 ……



 はたとおばあさんは気付きました。


「どんぶらこじゃ!」


 思わず叫びました。

 これはきっと、神様への合い言葉なのです。

 奇跡を起こすためのキーワードになっているに違いありません。


「ど、どんぶ! どんぶらこーっ!」


 大きな声で、口に出してみます。

 辺りの空気がぴりりと変わった気がしました。……ですが何かがまだ足りないようです。


「どんぶらこォーーっ!!」


 あのときのように足をぷるぷると震わせながら、また、叫んでみました。

 ……まだ足りないようです。


「んんむむ……ドンブラコォォ!!」


 足を震わせながら、さらに迫真の表情をして、叫びました。

 ……なんということでしょう。これでも、まだ何かが足りないようです。


「……どんぶら、どんぶらこ!……どん、どんぶらこ……!」


 それから幾度も叫びましたが、ちっともなにも起きません。

 『どんぶらこ』なんていうヘンテコな言葉で願いが叶うわけがなかったのかもしれません。

 おばあさんはすっかり困り果ててしまいました。もう時間も、残りありません。


 しかし、どうしてこの願いは叶わないのでしょうか……。

 あのとき命がけで願ったのと同じくらい、今だってこんなにも強く願っているというのに。


 ……いえ、本当にあのときと同じくらいに、きびだんごを願っているのでしょうか。



「……!」


 そのとき、はっとなりました。

 おばあさんは胸の内の気持ちに、気がつきました。

 いえ、今まで気がつかないふりをしていただけなのです。


 おばあさんは、桃太郎にきびだんごを渡したくなどなかったのです。


 だって、きびだんごを渡してしまったら、桃太郎は旅立ってしまいもう帰ってこないかもしれないのだから。そして桃太郎が離れていく現実を、目の当たりにしないで済むのだから。


 桃太郎と過ごす日々は、おばあさんにとって夢のようでした。

 何十年も見てきた村の景色さえ、桃太郎と手を繋いでともに歩けば、鮮やかな桃色世界でした。

 あの日以来、おばあさんは冷たい水で洗濯をするのが苦しくありません。愛する子と暮らす生活を支えるためだから。


「……、わしは……」


 「きびだんご」を祈ることなんて、本当は心の底ではできなかったのです。

 神様はそれを見抜いていたに違いありません。


 おばあさんは、そんな自分に悲しい気持ちになってしまいました。 

 せっかく正義の心をもった立派な人間に育てあげられたというのに。

 とても大事な旅立ちの日だというのに、自分はこんなところで……


 今さら他のモノを作ろうにも、もう、そんな時間は残されていません。

 おばあさん肩を落とし、涙ぐみました。


 そのとき背後に、足音が聞こえてきました。


「おばあさん……!」


 振り返ると、桃太郎が立っていました。


「桃太郎や。どうしてここがわかったのじゃ?」

「おじいさんがきっとここにいるって」


 きっとおじいさんは、おばあさんの心を分かっていたのです。

 この川で困っているおばあさんの姿を、すぐに思いついたのかもしれません。


「……実は、きびだんごはつくれなかったのじゃ」

「そんなのいいよおばあさん、気にしないで。おとぎ話で、勇者がきびだんごで仲間を増やしたって聞いたから、それだけなんだから」

「なんにもあげられなくて、すまんのう」

「いいんだ。よく考えたらさ、きっとこんな考え自体が良くなかったんだ……。食べもの欲しさに知らない人についていってしまう仲間たちなんて、きっと痩せていたし、心のケアも必要な状態だったはずだよ。そんなのを連れ立って鬼と戦わせようなんて、なんか思いやりが欠けてるよ……!」

「わしもそう思う」

「それに……おじいさんとおばあさんからは、もういっぱい貰っているんだ。いろんな思い出を。楽しい日々を。大切な言葉の数々を。――それこそが僕にとって大事な持ち物……きびだんご(・・・・・)なんだ!!」

「桃太郎……!」

「おばあさん……!」


 桃太郎は、そんなおばあさんの気持ちも理解していました。

 泣きながら、抱きしめあいました。


「無事に帰ってくると、約束しとくれ」

「うん。……悪い鬼を倒して、必ず戻ってくるよ!」



 桃太郎は旅をしました。

 長く、苦しい旅でした。ですがそれを支えてくれたのは、『きびだんご(思い出)』でした。


 犬(健康レベルの高い)と出会い、桃太郎はおばあさんとおじいさんとの思い出を聞かせました。

 犬は愛が深く、桃太郎に信頼を寄せました。旅の共となりました。


 つぎに猿(十分にメンタルの安定している)と出会い、桃太郎はおばあさんとおじいさんとの約束を語りきかせました。

 猿は優しく、その繋がりに共感しました。仲間に加わりました。


 最後に雉(正しくリスクを判断できる状態)と出会い、桃太郎は故郷への想いを語りきかせました。

 雉は頭がよく、家族を想う桃太郎の心を悟りました。共に戦ってくれることになりました。


 そしてとうとう鬼ヶ島へたどり着き、桃太郎たちは固い絆によって、悪しき鬼を倒したのです。


 桃から生まれた、桃太郎。

 彼が仲間を増やし、そして鬼を倒すことができたのは、他ならぬおばあさんとおじいさんから注がれた無償の愛のおかげでしたとさ。



お し ま い ♡

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― 新着の感想 ―
[一言] 前半いかれたギャグかと思いどんぶらこのシーンで爆笑していたら……えええ!?まさかのシリアス!笑 ハッピーエンドで終わってよかったです笑
2017/12/26 15:30 退会済み
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