第2章 2-1.双子の悪魔
相も変わらず薄暗いコンピュータールームの中央で、ギラは満足気に笑っていた。そう、「ご苦労、アビサル」と彼女にわざわざ労いの言葉をかけるくらいには、彼は上機嫌だった。彼女は疲れた顔で静かに頷いた。
アビサルは物や動物を瞬間移動させることが出来るGIFTを所有するレシピエントである。このGIFT、一見便利なだけに思えるが欠点もあり、自分の肉体はいつどこへでも移動させられるが、他人や物体の場合、テレポートの精度が対象の重量や個体数に左右されてしまう。今回は6人もの人間を別々の場所に飛ばし、戦力の分断を図ったものだったが、結果は大成功だ。
「どこに誰が行ったかまでは分からないけれど」と彼女は息を大きく吐いた。「1人だけ、思い通りの場所に移動出来たわ。場所は武器庫よ」
「丁度いい、今あそこにはルート兄弟がいる」ギラはチェックを済ませた装備品を手早く身に着けていく。パイロットスーツを脱ぎ捨て、長パンツ、七分丈のシャツ、軍用ハーネスを着ていった。弾倉を確認し、無造作にポーチに詰めていく。更にアビサルから受け取ったヘルメットを装着し、遮光バイザーを下げた。椅子に立てかけていたF2000突撃銃と、彼専用にカスタマイズされたバレットM82対物狙撃銃を肩に担ぎ、駆け出す。
そしてギラはアビサルに命じた。
「他の奴らに伝えろ!総員戦闘態勢、侵入者は見つけ次第殺せ!」
全く、敵さんも驚かせてくれる。仕事柄、今まで色々なGIFTを見てきたけど、まさか瞬間移動も出来るとはね。
大量のコンテナと、薄暗い電灯のせいで見通しが悪い倉庫(?)を抜けるべく、グエン・グレネーダーはUMP45短機関銃を構え、ゆっくりと前進していた。この、ゆっくりと、というのが彼にとっては尋常ならざる苦痛だった。生まれつきせっかちな性格のせいか、それともこの予想外の事態に緊張しているせいか、恐らくは両方だろう。グエンは舌打ちしたいのを敢えて堪え、目深にかぶったツバ付き帽越しの視界から探索を続けた。普段はそれで光が遮断され、敵の発見に一役買っているのだが、今回ばかりは上も警戒すべきだった。
特に、天井に蛾のように張り付いて、こちらをニタニタと笑いながら見下ろしている何かがいる場合は。
銃声が上から鳴り響き、眼前の床が砕け散った。ことを確認する前にグエンは地を蹴り、後ろへ跳び、着地するや否や再び後方へ下がる。冷汗がドッと噴き出した。
天井を見上げると、奇妙な人間〝達〟がそこにはいた。(いや、そもそも何の固定具もなく天井に張り付いている時点で、奇妙としか言いようがないのかもしれないが)。ピッタリとした黒いインナーとダブついたズボンという普通の出で立ちだが、着目すべきはそこではない。1つの下半身から2人分の胴体がくっついているかのように生えていて、右手と左手でそれぞれ別の突撃銃を持っていた。そして2つある肩の上には、髪色以外そっくりな外見の顔がそれぞれ乗っかっていた。
なるほど、こいつらが、あの音声データで〝ルート〟と呼ばれてた奴らか。グエンは心の中で納得していた。
「いやはや、お見事!」右の金髪の方が愉快そうに笑う。「これを避けられたのは何年ぶりだろう!誇っていいよキミ!」
「黙れよ、ハル。外しただけだろうが」と今度は左の黒髪の方が右を罵倒する。「お前ホント射撃下手くそだな。俺なら仕留められたのに余計なことすんな」
「いやでもさぁ、マル。これで終わるのつまんなくない?」ハルと呼ばれた方が言い返した。
「うるさい。終わっていいじゃねぇか」マルは聞く耳を持たなかった。そしてグエンに向き直る。
「ようこそ、アメリカの犬よ!俺達はルート兄弟!」マルは声を張り上げる。「俺達に出くわして運が良かったな。俺達が楽に殺してやる!」
残念なことに、彼の名乗り口上は全くグエンの耳に入らなかった。
「隙だらけだぞマヌケ」と言うと同時にグエンはUMP45の引き金を引いた。連続で発射された弾丸はほぼ全てルート兄弟の、くっついているため常人よりやや広めの胸板へ吸い込まれていった。血しぶきが舞い上がる。
「あああああああああああああああああ」
どっちの悲鳴なのか分からないが、とにかく叫びながら彼らは真っ逆さまに落ちてきた。グエンがとどめを刺すべく距離を詰めるが、倒れたままの姿勢でハルは血を吐きながら大笑いし、マルは怒りに顔を歪めていた。
「残念!大外れ!」
「いってぇなオラァ!殺す!」
彼らは同時に叫び、脚力だけで天井高く飛び上がった。そしてグエンは目を疑った。
彼らの身体がインナーごと真ん中から裂け始め、完全に分離する。右腕と両脚のないマルは空中へ放り出されたが、やがて真っ白な腕と脚が蛇の如く生え、完全な人間の形を成した。ハルの、なかったはずの左腕も同様に生えていた。裂け目の部分は、最初からそうであったかのように、白い肌が露出していた。悪夢を見ているようだった。
マルは素っ裸のまま、すぐにコンテナの裏へ隠れる。一方ハルは、嬉しそうに新しい左腕と古い右腕を使い、ストックを外したAK—47を構え、乱射した。
グエンはすぐさま右のコンテナの影に逃れるが、ハルはお構いなしに撃ちまくっている。マルの彼に対する射撃の評価は間違っていないようだ。
コンテナをぐるりと回り、まだそこにグエンがいるかのように、銃を撃つハルの背後を取った。今度は頭を狙い、引き金を引く。
その瞬間、ハルがこちらを振り向いた。銃弾を顔面に食らい、頬の肉と脳漿をまき散らしながらも、目を見開いて嬉しそうに叫んだ。
「見つけた!見つけた!」
ゾッとする間もなく、グエンの肩に何かが掠め、直後に激痛が襲い掛かる。ヤバいと思う前に、銃弾が飛んできた方向とは逆の方へと前転して退避する。クソが。まさか仲間を犠牲にしてまで俺の位置を割り出すとは。グエンは視界の端に、どこに隠し持っていたのか、ズボンを履いたマルが銃を構えているのを捉えた。それはハルのものとは違い、倍率スコープとグリップ、レーザーサイトを取り付けたAK—47だった。マルは後衛というわけだ。
攻撃を食らったのは痛いが、今のでハルは仕留めた。次はマルだ、とグエンが思った矢先、「痛いよぉ」と言う悲痛な声が聞こえた。ハルだ、嘘だろ。あれで死なないのかよ!
グエンがそっと物陰から様子を窺うと、身体中から血を流して仰向けになっているハルに、マルが歩み寄っているのが見えた。
「馬鹿が。油断し過ぎだ」マルは吐き捨てる。「さっさと入りやがれ」
それを聞いたハルが、嬉しそうにマルの脇腹に吸い込まれていくのを、グエンは愕然と見ていることしかできなかった。