第1章 1‐2.鉄の棺桶
『あと30分程で現地に到着する!』
耳に取り付けた無線越しに声が響き渡る。それは、今トビアス達が搭乗している輸送ヘリ〝UH—60ブラックホーク〟のパイロット、ザイラのものだった。そしてそれを聞いたトビアス達の顔がより一層引き締まる。
彼らは既に装備を整えていた。灰色のタクティカルスーツの上に特別仕様の黒い防弾ベストを着用し、耐熱防水加工が施されたカーゴパンツにニーパッド、ピストルを入れたホルスターを装着している。同様の加工がなされたグローブとブーツ、そして各々が得意とする銃器をバックパックや手に持っていた。
『よし、聞こえるか?トビアス』ヘリには同乗せず、本部で待機しているオズワルドからの通信が入った。
「オズか、大丈夫だ。聞こえている」
『よかった。早速だけど、到着前に装備の確認をするよ、いいね?』
子どもじゃあるまいし、と言う子どもじみた反論をすることなく、トビアスは承諾した。「分かった。頼む」
『うん。ええと、まずは武器からだ。君の拳銃はHK45T。サプレッサーとレーザーサイトが付いているから隠密作戦には持って来いだ』
トビアスは右太腿のホルスターに指を走らせる。「そうだな。うまく立ち回ればこいつで全部カタを付けられる」
『ああ。だけど予想外の事態は付き物だ。主力武器のチェックもしておかないとね。G36C。単体でも高性能の突撃銃だが、更に僕達が素材に改良を加えている。前のトルコでの任務で故障を起こしたものとは別物と思ってもらっていいよ』
「いいね。これなら熱で溶けることもなさそうだ」トビアスが銃の安全装置をいじりながら、冗談交じりに笑った。
オズワルドも笑ったようだった。『まぁ、念のためさ。まさか本当に溶けるとは思えないけど、G36系統はプラスチックを多用し過ぎなきらいがあるからね』
ドイツの銃器会社であるH&Kが開発したG36、その銃身を機動性向上のため短小化したものがG36Cである。それらは本体のほとんどを繊維強化プラスチックで構成しており、軽量である反面、耐熱性に問題があるのではないか、と見抜いたのは他でもないオズワルドだった。彼はトビアスが好んで使うG36Cに大幅な改修を施し、重量を犠牲に耐久性を底上げすることに成功した。とんでもない男である。
『よし、装備はこのくらいでいいだろう』とオズワルドは無線の回線をオープンにして続ける。『みんな、いいかい?もう一度確認するよ。今回の任務は2つ。占拠された施設の制圧と、犯行グループの抹殺だ。奴らの人数、目的、正体共に不明』
彼はここで一度言葉を区切った。長話は他の通信を阻害する恐れがあるからだ。
『突入メンバーはトビアス、シーザー、グエン、パトリックの4人だ。地上の偽装施設を速やかにクリアリングし、本丸である地下施設へ侵入してくれ、やり方は任せる。エリカとアンドレイは地上で待機』
アンドレイの顔がこわばり、エリカはそんなアンドレイを見て溜息を吐き、シーザーとグエンは互いに顔を見合わせニヤリと笑っていた。パトリック・モールは相変わらずの無表情だった。
彼、パトリックの名誉のために言っておくが、彼は先ほどのブリーフィングをサボっていたわけではない。彼は会議室に真っ先に到着していたし、作戦の説明を熱心に聞いていた。更に、彼は別に他のメンバー達に嫌われているわけでも、無視されているわけでもない。唯々、存在感が希薄過ぎるのである。
今はトビアスの真正面に座っているが、しっかりと凝視していても、段々とパトリックがそこにいるのかさえ疑わしく思えてくる。幻覚ではないのかと自分の視力(トビアスは裸眼で1.3だ。強化手術に感謝だな)に自信がなくなってくるほどだ。何度か瞬きすると、彼は確かにここにいるという確証が持てるが、またすぐにぼやけていくように感じる。
そんなパトリックだが、皆が一目置くほどの格闘技術や、その存在感を利用した無音殺人術は超一流である。心強い限りだった。
『さっきトーレス司令も言ってたが、この作戦が成功すれば、僕達は正規の機動作戦部隊として編制される。頼んだよ!交信終了』
ヘリがもうじき到着する。
「そろそろ来るわ」とアビサルが囁いた。「7人ほどかしら」
7人。ヘリ要員を除くと、実際に突入してくるのは5、6人といったところか。
「皆に急ぐよう伝えてくれ」ギラは彼女には目もくれず、机に置いたヘルメットを愛おしそうに撫でる。「久しぶりだ、対特殊部隊戦なんて。とても楽しみだよ」
そして彼は、ヘルメットのバイザーに映る自らの顔に気付いた。白に近い金髪の前髪が顎まで伸び、顔の右半分を覆い隠している。唯一映った左目は、爛々と紅く輝いていた。
舌打ちをして、ヘルメットを机の奥へ押しやる。ギラは自分の顔が大嫌いだった。普段、ヘリ用のヘルメットを装着しているのも、前髪を異常なまでに延ばしているのも、極力顔を見えないようにするためである。彼はしかめ面のまま立ち上がり、
「装備のチェックをする。ついて来てくれ」
とアビサルに命じた。彼女は黙って、彼のヘルメットを持ち追従する。どうせ後で「部屋に忘れたから取ってきてくれ」と彼に言われるのが分かっているからである。
「奴には聞きたいことが山ほどある」歩きながらギラは呟いた。
「奴?」とアビサルは、答えを知りつつもあえて問う。
「T‐REXさ」彼は吐き捨てるように答えた。「奴が来てくれるなら話が早い。じっくりと真実を聞いてから、いたぶって、この手で殺してやるさ」
短めですが、きりがいいので…