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REDacted  作者: 主糸 木風
第1章 Incursion
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序章

『土地は口を開いてあなたの手から、あなたの弟の血を受けた』

                                 旧約聖書 創世記4章 11節





目覚めた直後の感想は、ここが酷く寒く臭いという至って率直なものだった。と同時に体が中のあらゆる箇所から「何とかしろ」と言わんばかりの激痛がこみ上げ思わず呻いたがその声も俺のそれとは思えない、蟇蛙の様な哀れなものだった。そして徐々に自分の置かれた異常事態を察する。まず両手両足をロープでしっかりと手すり、脚部にそれぞれ固定され、更に胴体は今現在自分が座らされている椅子にがっちりと拘束されていた。生憎自分で自分をここまで縛り上げる技術は持ち合わせていないので、確実にこんな状態に俺を追い込んだ『誰か』がいるという事になる。一体誰が?何のために?畜生、とにかく両手を自由にしなくては。

その時だった。

目の前の壁に突然、スッと切れ目が入る。と同時に切れ目そのものが太くなり、光を纏った。その中の縦の光、一番大きな光から、黒い塊が侵入してきた。その光景の異様さに、私は一瞬激しく動揺したが、すぐに理解した。暗闇に目が慣れてしまっていただけで、単に前方に扉があり、それを開けて人が入ってきた、ただそれだけのことなのだと。

「へい」一応声をかけてみる。大事なのは第一印象だ。いや、目の前にいるであろう人間(かどうかもまだ確証は持てないのだが、まあとにかく)が初対面であったらの話だ。今のところ友人を監禁するような奴と交友関係を持っている覚えもないので、私が知っている人間の可能性は低い。だが問題は、向こうが俺を何処まで知っているかだ。人身売買や臓器売買の材料として適当に攫ってきた場合だってある。

「へい!」返事が無いのでもう一度呼びかける。勘弁してくれよ、喉が痛いんだから。

「そこの、えーっと、お前。聞こえてんだろ。なあ、お前が誰なのかとか、お前の目的が何なのか知らないけど、せめて電気とか、明かりとか点けてくれてもいいんじゃないか?」

私自身も、何故最初に要求した事が照明の点灯だったのか分からなかった。いい加減暗いのにウンザリしてきてたのは事実だし、そろそろ目の前の無口なオトモダチが誰なのか気になっていたっていうのもあるが…。

 不意に目の前に白い光の線が現れ、反射的に瞼を閉じ視界を遮断する。

 「すまないね、施設の電源が落ちてしまっているんだ。」

 低い、静かな声をかけられた。それが冷水の様に私の心を冷やす。光が絞られていくのを感じながら、綺麗な声だな、と場違いに考える。声は続けた。

 「今、仲間が原因究明に尽力してくれている。しばらくはこの懐中電灯で我慢してくれると嬉しいな」

 しばらく、ね。目を瞬せながら少々安堵した。どうやら目の前の男(声を聴いたんだからそりゃ分かるさ、だろ?)は少なくとも今はまだ私をどうこうするつもりはないらしい。

 「この人、安心しているわ」

 唐突に女性の静かな声が、しかも自分の背後から発せられ、思わず悲鳴を上げる。その声はクスクスと笑いながら彼の横を通り、先ほどの男の近くに入り込んだ。奇妙なことに、足音の類が一切しなかった。その事実が私を余計に混乱させる。

「来ていたのなら先に言え」先ほどの男が冷たく言い放つ。「道にでも迷っていたのか?変電室に行くくらいで何十分かけるつもりだ」

「ごめんなさい、ちょっと向こうとの報告の交換に手間取ってしまって」女は答える。

「まあいい。それで、ハックは何と言っていた?」

「施設の電源がダウンした原因は未だ不明。電源設備の完全復旧には9時間は必要だと言っていたわ」

「9時間だと?マズいな、このままだとラケスからも苦情が来そうだ。せめて予備電源だけでも復活してくれればいいのだが」

「サーバールームに行けばいいかしら?彼を落ち着かせる人が要るものね」

「そうしてくれ、アビサル」

 アビサルと呼ばれた女性の気配がスッと消える。また悲鳴を上げたくなった。

どういうことだ?あの女はいつからここにいた?後ろに出入り口があるのか?しかしだったらなぜ音が全くしなかった?

 疑問が一気に脳内を暴れまわり、次第に恐怖が大きくなっていくのを感じたが、何とか抑え込む。自分が相手より格段に不利な場合、こちらの負の感情を相手に気取られるのは甚だ不味い。特に、相手の思惑が全くもって不明である場合は。

 再び、静かになった。

「さて」暫くして、男はまたこちらに話しかける。「時間がないからもう始めよう。貴方には幾つか聞きたいことがある。簡単だけど、貴方にしか答えられないような質問だ。正直に話してくれた方が身のためだし、こちらとしても余計な事をしないで済むんだ。分かるね?」

「質問だと?」思わず問い返す。

「そう、質問だ」男は繰り返す。「答えてくれるだけでいい。あとは俺たちで出来るだろうから」

 いまいち容量を得ない言い方だ。若干の苛立ちを覚えつつ喋りかける。

「…俺に何を期待しているのか知らんが、人違いじゃないか?私はただの━━」

「貴方を間違えるわけないでしょう、〝先生〟」

先生。

そう呼ばれた瞬間身体中に電撃が走り、汗がどっと噴き出す。顎が自分勝手に小刻みの開閉を繰り返し始め、ガタガタと震えが止まらなくなった。全て、全て分かった。この男の目的も、ここがどこなのかも、そしてその正体も。

「お前は…」やっとの思いで声を絞り出す。いや、そんなはずはないのだ。自分の思考を信じたくない。ありえない。

「思い出していただけましたか」男の満足気な声が部屋に響き渡る。「いや苦労しましたよ、何せ先生は多忙な方だ。部下の方々すら、先生の今日の予定すら知らない。ああ、ご心配なく。彼らは無事ですよ。ちょっと記憶を覗いただけですから」

 別段、何の思い入れもない部下の無事に安堵する暇もなく、また身体の震えが襲ってきた。

彼も生きているのか。そう言おうとした瞬間に全てが白く輝き、私は再び目を閉じるはめになった。

 どうやら部屋の電気が付いたらしかったが、瞼だけでは光を遮断しきれず、咄嗟に顔を下げ、しばらくしてから目を開けた。薄気味悪い深緑色の壁に囲まれた部屋の真ん中に自分がいて、その眼前に(驚くこともなかったが)男が立っていた。

彼は白いヘルメットを被り、遮光グラスの軍用ゴーグルを装着し、上下一体型の黒いパイロットスーツを身にまとっているため、顔は鼻先から下の部分しか確認出来ない。アイツかどうかの確認は不可能だった。

不意にヘルメット男の後ろのドアがノックされる音が響き、間髪入れずに開かれた。

「やれやれ、本当に参ったよ。まさか予備電源も入らないとはねぇ」

ずかずかと部屋に入って来たのは若い男性だった。整った顔立ちだが、後ろに束ねられた髪は濃い紫色で、やや大きめの目は鮮やかな青色と、妙な顔立ちをしていた。彼はヘルメット男とは違い、Tシャツにデニム、防弾ベストと随分ラフな格好をしている。

「倉庫から古い発電機を見つけてね、何とか繋げられたんだけど、ここのフロアだけで精一杯みたいだ。待たせてすまない、ギラ」

「ああ、ご苦労だったな、世焉シーイェン」ギラと呼ばれたヘルメット男は後ろに顔を向ける。「早速だが、頼めるか?」

何をだ?と思う間もなく、「いいよ、ちょっと待って」世焉シーイェンが腰に装着された2つのポシェットに両手を突っ込み、ほぼ同時に引き抜いた。右手にはそれぞれ先端の形状が異なるペンチを、左手には様々な長さのメスをまとめて握りしめている。先端に赤い液体らしきものがこびりついているそれらの使い道を瞬時に理解し、恐怖が沸き起こったが震えて声が出せなかった。世焉シーイェンは笑っていた。


「さあ、始めようか」


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