ドルスのゆかいな一日
トロールの”大馬鹿野郎”ドルスのゆかいな日常。
丘トロールのウェイリー・トルスは、みんなから親愛を込めて”大馬鹿野郎の”ドルスと呼ばれていました。彼は、岩壁に何度もたたきつけたかのようなボコボコ顔のいい男で、会った人には必ず一発ぶん殴るほど礼儀正しいトロールだからです。
ある時ドルスは三晩離れたヘビメ高原へやってきました。なぜ三晩かかったかというと、丘トロールは日光に当たると岩になってしまうため夜中しか動き回ることができないからです。
ヘビメ高原はイバラがおい茂る中を毒ヘビが這い回るとても気持ちの良い所です。彼はここで岩なげをするのが好きで、今日もそのために来たのでした。
しかし、その日はいつもと様子が違っていました。先客がいたのです。
ドルスは、礼儀正しいトロールなら誰でもそうするように、目の前の奴にあいさつをしました。つまり、ゴツゴツした大きな拳を頭の上めがけて振り下ろしたのです。
不意を打たれた相手は、不愛想なトロールがするように失神してしまいました。ドルスはなんて礼儀知らずな奴だと思いながらも、腹を立てたりはしませんでした。何といってもドルスは”大馬鹿野郎”なのでその程度のことをいちいちとがめたりしないのです。
失神した礼儀知らずは貧相な身体つきの人間のようでした。青白い顔に全身を覆う黒っぽいマントを羽織ったその姿は魔法使いのようでした。
ドルスは別れのあいさつに、倒れている男に一発蹴りを入れてからその場を離れようとしました。しかし、がさがさとイバラをかき分けてくる人間に前を塞がれてしまい、その場に立ち止まることになりました。
今度の人間は、きちんとあいさつのポーズをとっています。つまり、持っている剣を振りかざしているのです。ドルスはこれほど礼儀正しい人間に会ったのははじめてだったので、思わず大きな声であいさつをしました。
ドルスのあいさつの声に、辺りの鳥達がいっせいに飛びたちました。この辺りの鳥達もちゃんと礼儀をわきまえているようです。ドルスは上機嫌で、にこにこしていました。ドルスの笑い顔は、土砂崩れのようだとトロール界でも評判です。そんなドルスの顔を見てしまった人間は、感動で言葉を失ってしまったようでした。それほど、ドルスの笑い顔はすごいのです。
一瞬の間をおいて、人間が動きました。そして、持っていた剣でドルスの左肩めがけて思いっきり振り下ろしました。そして、剣はドルスの岩のような肌を切り裂き、血を吹き出させました。
ドルスは、この人間の行儀の良さに感動すら覚えていました。丘トロールは、どんなに深い傷でもすぐに直ってしまうという魔法のような能力があります。そのためか、痛みなんて気にもとめていないのです。
ドルスはあいさつのお返しに、人の胴まわりほどもある太い腕を振り上げて、目の前の人間めがけてぶん殴ろうとしました。が、その手は人間にぶち当たらずに空を切ってしまいました。
あいさつをしようとしてその狙いを外してしまうというのは、トロールにとって恥ずべき行為です。ドルスは恥ずかしくて真っ赤になってしまいました。しかし、違っていたのです。ドルスが狙いを外したのではなく、人間が避けたのです。
ドルスには理解できませんでした。なぜならあいさつを避けるトロールなどいないからです。そこで、もう一度あいさつを試みましたが、またしても避けられてしまいました。
あなたは、あいさつのために差し出された手を、こちらが手を伸ばした瞬間に引っ込められたらどう思いますか?それも、2回もです!
当然ドルスは怒りました。これは馬鹿にされているとしか思えません。
ドルスは大きく息を吸うと、全身の筋肉をこわばらせました。すると、見る見るうちに、ゴツゴツした筋肉が盛り上がり、今までの2倍はあろうかというほどの大トロールへと変身してしまいました。これがドルスの本性なのです。
もうすでに血の止まった傷口も、岩のような筋肉の隆起ですっかり塞がり、その皮膚はそれまでの何倍も固くなり、いまや岩石のヨロイをまとったようなものです。人間の作った剣では歯こぼれしてしまい何の役にも立ちません。
こうなってしまったドルスを倒せるのは、強大なドラゴンか強い魔法使いぐらいのものです。
ドルスはまず手はじめに、人間の持っていた剣を、楊枝を折るようにポッキリと2つにしてしまいました。次に、右手の二本の指だけで人間をネコのように持ち上げ、ぷぅっと息を吹きかけました。人間は吹き飛ばされて、離れたイバラの茂みへ頭から落ちてしまいます。何とも痛そうです。
人間は、茂みに手足が引っ掛かり、思うように動けません。
それを見たドルスは、一気に踏みつぶしてしまおうと、左足を持ち上げました。
その時、後ろから大きな火球か飛んできて、ドルスの背中に勢いよく命中しました。そしてその炎は、あっというまにドルスの全身を包んでしまいました。
これにはさすがの”大馬鹿野郎”ドルスもびっくりです。どんなに怪我の直りの速いトロールでも火傷だけは直らないのです。
慌てて振り向いたドルスの前には、あの青白い顔をした礼儀知らずな人間がいました。そして、何かぶつぶつ言った後、何かを投げつけるような身振りをしました。すると、銀色に光るものがドルスめがけて飛んできたのです。
ドルスはものすごい衝撃を受けてふっ飛んでしまいました。そしてゴロゴロ転がってそのうち沼へ入り沈んでしまいました。
助かった人間達は、しばし茫然としていましたが、逃げ帰るようにその場を立ち去りました。
ドルスは、沼に落ちたためにすっかり火が消え、しばらく魔法の衝撃が癒えるのをまって、沼から出てきました。
もうドルスは怒っていません。なんといっても、最初の礼儀知らずと思っていた人間がこれほどのお返しをしてくるなんて思ってもいなかったのでうれしかったのです。それに、ドルスは”大馬鹿野郎”なので過去にはこだわらないのでした。
ドルスは全身に火傷を負ってしまったものの、気持ちの良い奴等に出会うことができて上機嫌で自分の家へ帰って行きました。
昔書いた小説です。ロールプレイングゲームをやっていて創作した世界の、ある時代のある地方で起きた出来事を切り取って物語にする、というスタイルでやっているシリーズの一つになります。




