乱乳
こんばんわ。
佐藤・プルルン・栄介です。
現在の状況をおさらいしよう。
事件は僕の部屋で起こった。
時刻は深夜十二時を回った頃。
僕は就寝せんとして、ベッドに横になり、G行為を済まし、電気を消して、睡魔に体を任せようとしていた時だ。
いつの間にやら、僕に覆いかぶさるようにして、おっぱい、もとい爆乳、違う違う、綺麗な赤髪の女の子が現れた。
僕は欲求に抗わずおっぱいを突いた。
そしたら剣を突き立てられた。
のみならず騒がれた。
ゆえに妹と姉が起きてきた。
そう、今ここ。
あと、分かっていることも整理しよう。
僕には彼女の言葉が分かる。
彼女はこちらの言葉、つまりは日本語が分からない。
おかしい。
あべこべだ。
僕には彼女が日本語を話しているようにしか聞こえないのだから。
それともう一つ、判明したことがある。
妹が細い眉をあらん限り吊り上げて、鬼の形相をしている。
頬が痙攣して、口の端から涎が垂れている。
どうやら筋肉を統制できないほどお怒りになっているようだ。
それはつまり、こういうことだ。
奇想天外爆乳女は、どうやら僕の妄想ではないらしく、間違いなく、空間を占めてそこにいるということ。そう、僕の股間の上に。
妹は歯をかちかち鳴らしながら口を開く。
「お、お、おー?お~お、おっ!お、お、お、おっ♪ぉ、ぉ”ぉ”ぉ”ぉ”ぉ”ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ”ぉ”ぉ”ぉ”ぉ”お”にいじゃんっ!」
妹は錯乱していた。
目が虚ろだ。
手には薙刀が握られている。
それも真剣だ。
砥がれた刃が、部屋に妖しく微光を散らしている。
「よし、なんだ、言ってみろ。」
とりあえず彼女の意見を聞こうではないか。
僕は兄の度量を見せる。
決して妹に怯えている訳じゃない。
そもそもこちらの言い分が通じるような様子ではないのだ。
耳まで裂けるかと見紛うばかり、妹は口角を吊り上げて呪詛を垂れる。
「…………その女の臓腑、私が全部喰って良い?」
「…………。」
「うん、違うの。もつ煮込みとかもつ焼きじゃないの、そのまま。」
「…………。」
「お酒に合う感じじゃなくて、そのまま、このまま、新鮮に。」
「…………。」
「だって、その女の臓腑には、おにいちゃんの体液が塗されてるんでしょう?だったらそのままでいいじゃない、そうに決まってる、当然よ、ねえ、今から捌くよ、解体ショーだよおにいちゃん、いいよね?」
我が佐藤家で狂っているのは僕だけじゃない。
妹も、何の影響か、あるいは思想か。
ご覧の有様だ。
「…………なんだあの剣は……暗殺用の武具か?……あの女、相当の手練れとみえる。」
ほら、爆乳が絶賛誤解中だ。
僕の首根っこを掴み、ベッドの上に立たせ、それから人質にされた。
僕の背におっぱいの双丘が当たる。
ネグリジェという薄皮一枚の先におっきいおっぱいがある。
妹はすでに理性を失っていらっしゃる。
緩くパーマにした黒髪をポニーテールにし、臨戦態勢を整えている。
どうする。
言語は通じない。
徐々に爆乳騎士も周囲の異変に気付き始めたようだ。
「……ここはどこだ?おい、お前、ここはどこだ。どこに私を連れ去った?」
質問は分かっているのだ。
だが、答える術を持たない。
取りあえず首を横に振る。
それから僕はゆっくりと両手を上げた。
「な、なんだ、動くな!」
僕の喉に刃が当たって、一筋血が鎖骨へと垂れる。
それでも僕はハンズアップを止めない。
爆乳に伝われ!僕の意志!
おっぱいは僕を裏切らなかった。
「丸腰、いや降参ということか……?おい、私が何を言っているか分かってるのか?」
よし来た!
それはグッドクエスチョンだ。
僕は頷く。
ちなみに聡明な姉上も頷いていらっしゃる。
一人、妹だけが獲物を前にした禽獣のように垂涎している。
「そうか。……いや、待て。なんで私の言葉が分かるのに言葉を発しない?」
いいぞ。
爆乳なのにこいつ馬鹿じゃない。爆乳に甘んじない姿勢は嫌いじゃない。
僕は頭を振る。姉も同じく。
「分かるが、話せない、とういうことか。」
頷く。
「どういうことだ。そんな魔法聞いたことないぞ。」
魔法とか言ったぞこの女。
きっと僕や妹と同じ種類の人間だ。
関わってはいけない系の人だ。
「分からないことだらけだ。お前らの珍奇な恰好も、この不可思議な部屋も。いったい何が私の身に起こっているんだ。」
僕は今一度頭を振る。
出来るだけ落胆の意が伝わるように。
「…………お前らに、交戦の意志はないんだな?」
完璧だ。
このおっぱい、なかなかどうして、完璧だ。
僕は大きく頷く。
姉も静かに頷く。
妹だけがポニーテルを振り乱してかぶりを振る。
姉が妹の脳天を躊躇なく殴った。
これで我が家の意見は間違いなく伝わったことだろう。
「……そうか。だが、私もはいそうですかと言う訳にはいかない。」
それもそうだ。
股の緩い女はどうしようもないが、脇の甘い女もよろしくない。
取りあえずこのまま人質で居ることに僕は異存ない、
納得するまで好きにしたらいい。
僕は了承の意味で頷く。
「そうか。では呪いをかけさせてもらう。」
「分かった、それではとりあえずリビングに………え?呪い?」
そう愚かにも問い返す前に、破廉恥爆乳によって僕のパジャマが勢いよく脱がされていた。
しかも下半身のほう。
それもパンツまで。
「ぎぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ!」
とは、妹の咆哮である。やめて、薙刀で僕の息子刈り取ろうとしないで。
「――許せ。」
爆乳が僕に断りを入れる。
それと同時に、異物が体内に侵入する不快感が足先から駆けあがって来る。
僕は懐かしい感覚に襲われていた。
熱を出した時、ママの前で四つん這いになったあの羞恥。
そう、座薬を捻り入れられるあの感覚だ。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁだあぁ……。」
これは驚くなかれ、僕の声だ。
へなへなとベッドにしな垂れ落ちる。
腰に力がはいらなくなってしまった。
下の穴から、何かひんやりするものを突っ込まれた。
僕は女々しくさめざめと泣く。
「……そんな……初めてだったのに。」
「ぐ、ぎ、ぎ、ぎぃいぃいいいいいいいやあああああああああああああの女、殺すっ!殺すっ!コロス!korosu!」
妹にもう人間らしい理性は残されていなかった。
「特別に魔力を込めた宝玉をお前の体内に埋めこんだ。私に危害を加えようとすると発熱し、お前は業火に焼かれることとなる。」
えええ。
なにその緊箍児みたいなオーソドックスな奴。
これから天竺へと取経の旅にでも出るのか。
阿鼻叫喚の僕の部屋。
尻を開発された弟と、ネジが飛んだ妹。それから身元不明の外人。
今まで全く口を挟まなった姉が、混沌とした事態の収拾に乗り出す。
姉は妹を諫めつつ、部屋の中央へと歩みを進め、その長い黒髪を闇夜に翻した。
我が姉ながら、その凛とした立ち姿に嘆息してしまう。
神の御手によって造形されたとしか思えぬその花顔は、赤髪女を睨みつけ険しいものとなっていた。
そうか、なんだかんだ言って、姉も僕のことを心配して……。
なかった。
そんな訳がない。
姉の視点に立って状況を顧みると以下のようになる。
・弟の部屋から意味不明な言語の絶叫。
・駆け付ける。
・弟と、異国情緒の漂う、妖艶な恰好をした女がベッドの上。
・弟、人質に取られる。妹、発狂する。
女の素性と、不可思議なコミュニケーションの一方通行は脇に置いたとしても、正義がどちらにあるかは自明のことだった。
つまり何かというと、姉は土下座していた。
それはもう華麗な土下座だった。
濡羽色の髪が床に流れるように広がり、額をこすりつけている。
「私の蟯虫が取り返しのつかないことをした。謝ってどうにかなる問題ではないだろう。警察を呼ぶでも、ここで火あぶりにするでも、好きにしてくれ。私をどこぞに売り飛ばしてもいい。どんな辱めも受ける。それであなたの汚辱された心が少しでも雪がれるのならば……。」
「なんだこの女、これは何を意味している?懇願か?残念ながらこいつにかけた呪いならもう二度と解呪出来ないが……」
え、今さらっとすごい事を宣わなかったか……。
「ん、どうやら違うらしいな。ならば降伏……違うのか。それでは謝罪、か?」
姉が頭で床をこすりつつ首肯する。
「そうか。まあ良い。私は今、自分がどんな状況にあるのか知る必要がある。協力してくれるな?」
僕から離れた爆乳が、ベッドを降りて、姉の前に膝をつく。
「私の名前は……マルセルだ。」
「マルセル、ね。」
「今のは聞き取れたぞ。お前の名前は何だ。」
「銀子。銀子よ。」
「……ぎ、こ、よ?」
「ぎ・ん・こ。」
「ぎ、んこ。ぎんこ。どう?」
二人は見つめ合って、それから微笑みあった。
僕と妹そっちのけで。
姉はマルセルとかいうおっぱいの手を取って部屋から出て行く。
どうやら意思疎通が図れたことで、マルセルは姉を信頼したようだ。
いや、ただの消去法だろう。
残された僕は蛇に睨まれた蛙だ。
マルセルの剣の脅威から逃れたと思いきや、今度は妹の薙刀が嫌な音を立てて空を切る。
「…………えへっ、へへへへへっ。へへへへへ、へへへへへへへへへへ~~~~~~~。」
僕は取りあえず、外気に晒されたままの息子をパンツにしまったのだった。