前世編 1
旅行の時、同じようにこの流れる風景を見てたはずなのにあの時と違って退屈じゃないのは、オレがあの時に比べて年を取ったからなのだろうか、それとも住む場所を変える為の移動だからなのだろうか、オレには分からない。
そもそも、新幹線等と言う人間が出せるスピードを大幅に越えるものから見える風景に意味をつける事自体に無理があるのだろうか。
「シン、後3時間ぐらいで着くって。」
そんなことを考えながら退屈しない風景を見るために窓を覗くオレに妹が話しかけてくる。
「そっか・・・ 。意外とかかるんだね。」
「私もびっくりした。昔、旅行でこっちに来たときはもうちょっと短かった気がするんだけどね。」
「うん、確かに。でも普通は、子供の時の方が、体感時間は長いはずなんだけど。」
「それは・・・あれなんじゃない?」
「ん?」
「私たちの精神年齢がこどもに近づいてるとか?」
妹のそのことばをオレは笑い飛ばすことができず、
「そうかもね。」
と曖昧な同意で誤魔化す。
それを機にまた会話が止まり、人間の75倍以上のスピードで走っているとは思えないほどに静かな新幹線の音と、周りのささやくような音が俺たちを包み込む。
そのまま、また景色を見ようと空のほうに顔を向けたときだった。
「あのさ、シン。」
急に妹が喋り始める。
「私達、上手く出来るかな。」
なんの脈絡もなく、主語が欠落している、相手に自分の考えを伝える気のない文章。でもその自分への問いかけみたいな言葉はオレには他のどんな言葉よりも伝わった。
「まあ、オレは大丈夫だけど、お前はどうかな?」
「なによ、それ。」
妹がこっちを振り向いた気配がしたので、オレも風景に向けていた目線を妹のほうに向ける。
「弱気になるな梓。別に言葉が違ったり、種族が違う訳じゃない。今までと同じだろ。」
そのことばに妹は少し笑みを浮かべた。
「だね。」
その時、ふと見えた時計にかかれた時刻は4時30分さっきから五分もたってない。
また窓の外を見る。先ほどと同じ風景が流れているがやはり退屈に思わない。
もしも、この事に意味をつけるとすれば・・・。
引っ越しするとはこういうことなんだろう。
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何かから逃れるように目を覚ましたオレの前にあったのは、いつもの見慣れた天井とは違ったものだった。
一瞬自分がどこにいるかわからなくなるが、すぐに昨日の記憶が戻ってくる。
「そっか・・・、引っ越したんだな。」
自分でそうつぶやくと、昨日はあまりわいてこなかった寂しさが湧き出してくる。
というか・・・今日から学校か。ほんとちょっち考えてほしい。誰が引っ越した次の日に、自分の子供を学校に送るだろうか。
ため息をはきながら、少し重いからだを起こす。
部屋は出来る限り昔の部屋と似たようにしているため、あまり迷うことなく服をかけている場所へとむかう。ただそこにかかっている制服は、いままで着ていたものとは違っていた。
そこに少しの悲しみと興奮を覚えたオレは、いつものように
急いで着替えず、一つ一つ何かを確かめるように着替えていく。そして着替え終わったオレは自分の姿が少し気になり鏡の前に立ってみた。
母さん譲りの全く光を反射しない黒い髪と薄い唇、父さん譲りの普通よりは高い鼻と優しそうな雰囲気を持つらしい目。
普段と変わらないオレがたっていたことに悲しみを覚えながら部屋の扉を開ける。二階にあるオレの部屋は前と違って階段のすぐ近くにあるので、少し違和感を感じながらも、階段を降りる。降りて少し歩けばリビングがある。天井から光が差し込むリビング。オレの母さんがこの物件を気に入った一番の理由だ。
「シン、遅くない?今日から新しい学校だよ。」
いつもはオレよりも遅く起きてくる妹が、引っ越した次の日だからだろうか、少し目の下に隈を作りながら五つあるリビングの椅子のひとつを占領している。
「起きたのはいつもと同じ時間。お前が起きるの早いだけ。」
まだ少し眠気を感じるオレは少し日本語が片言になりながら妹の横の席に座る。
「よくそんなに何時も通りいけるね、シン。」
ジト目で見てくる妹を片目にこれから住む家を見渡す。
「ねえ、シンは不安にならないの?」
ちょっと時間がたった後、言葉通り不安そうにオレに聞いてきた。
「まあ不安になりすぎて寝不足になるよりかましだろ。」
「そりゃそうだけど・・・。」
オレは妹の頭の上に手をのせた。
「そんなに不安になるなって。強気に行ったら大体上手くいく。昨日も電車のなかでいったじゃん。」
おれがそういうとオレがそういうと頭にのせた手を振り払うことなく答えた。
「・・そうだね、ありがとシン。」
「もしお前がオレと同じ学校だったら最悪オレが何とかすることできるんだけどな。」
その言葉と同時にオレの手が払われた。
「それは、私が勉強できないことへの当て付け?」
「ノーコメント。」
「いや、そこはなんか弁解してよ。」
「それは・・・」
「ちょっと!」
こんな会話をしていく度に梓の緊張がほぐれていくのを感じる。
「ほらシン。梓をいじるのはそれぐらいにして。ごはんできたから。」
そこにオレの母さんが食事を持ってやってきた。言葉通り梓をいじるのをやめたオレは自分の前に食事が来るのを待つ。
「はい、どうぞ。」
今日はスクランブルエッグとパンか・・。あれ?
「母さん、なんか明らかにオレの方卵焦げてない?」
「あら、少し火加減間違えちゃったかしら。」
「いや、少しではない気がするんだけど。」
もはや食べるところがないぐらい真っ黒になっている。
「あら、そうかしら?まあ、シンはご飯を無駄にするような子じゃないからお母さんのちょっとミスしたものぐらい食べてくれるわよね。」
ちなみに梓のスクランブルエッグは絶妙な焼き加減で作られている。明らかにわざとだ。
とりあえず一口いれてみる。なんとも言えない炭のビターな味が口のなか一杯に広がった。
「うん、なかなか大人のビターな味がしていい感じだと思うよ。」
精一杯の皮肉を込めて批評を下す。
「それは良かったわ。まだまだたくさんあるからどんどん食べてね。」
しかしその皮肉は通じず、さらに倍する焦げたスクランブルエッグ?がオレの皿の上に置かれた。
「・・・。」
いや、これは無理でしょう。どう見たって食べ物じゃないもん。まだ焼き肉するときの下に使う炭って言ってくれた方が、納得出来るよ。
「あれ?シン、どうしたの?食べないの?」
しかし、母さんは全く譲る気がないらしい。目が食べろと言っている。
「いやあ、オレ育ち盛りだから嬉しくて、いただきまーす。」
オレはダークマターに手をつけた。とりあえず噛み締めてしまえば終わりだ。いかにできる限り舌に触れないように喉に送り込めるかが勝負だ。うっ、ヤバイ、ミスって舌に付けてしまった。おえっ。
「シン、大丈夫? 別に全部食べなくても良いんだよ。」
その時、何故か梓がオレに止めるように提案してきた。
「いや、別に大丈夫。ちょっと一気に食べ過ぎて噎せそうになっただけだから。」
だがここまで来て止めるのも少し癪に障ったので残り半分以下になったダークマターを一気に口のなかに放り込み水で流し込んだ。
「ご馳走様でした。」
そのオレの様子を見て母さんは少し微笑んだ。
「さっきのスクランブルエッグね朝早く起きて梓が作ってくれたのよ。」
その言葉でオレはやっとこんなものが出てきた意図がわかった。それにやけに母さんが目で圧力をかけてきた理由も。
へぇー梓がねぇ・・・。
「美味しかったでしょ?」
「うん。美味しかったよ。ありがとね、梓。」
「そ、そう?まあそれだったらまた作ってあげてもいいよ。」
少し梓の顔が赤くなっている。気付けば梓の顔から不安の色が消えていた。
まあこれぐらいのことで梓が元気になるのであればもう一回食べてもいいかな?
その時、前の家から持ってきた時計が鳴った。毎朝よく聞いていた八時のアラーム。ちなみに学校が始まるのは八時二十五分だ。後、学校は電車をつかって二十分ぐらいのところにある。
「シン、・・・。」
「とりあえず、まずはどうして遅れてかの言い訳考えようか。」
「シン!!!」
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結局、なんとかギリギリで間に合った。(というか、梓は今日母さんに送ってもらえるから別に急ぐ必要なかった。)
指定された待ち合わせ場所に向かう。中3五組の前。
ん?普通事務所の前とかそんなんじゃないのか?もしちょっと警戒心の強いひとに出会ってしまったら不審者扱いされても文句は言えないぞ。
けれど、いかないわけにもいかないのでオレは出来る限り生徒に出会わないように気をつけながら廊下を歩いていく。
しかし、入る前にも思ったがこの学校も広いなぁ。ええと、どこだっけ。三階か・・・。今二十五分だから・・・っておい❗
キーン、コーン
チャイムが鳴り始めたのを聞いたオレは、生徒の事など気にせず全力で走り始めた。
キーンコーンカーンコーン
三階に着いた時にはチャイムが2フェーズ目に入っていた。
五組は一番奥、目測五十メートル、チャイムの1フェーズの秒数は3.79。オレの五十メートルのタイムは6.9、大丈夫だ。理論上間に合う。
そんなことを考えながらラストスパートをきろうとしたオレの横を圧倒的なスピードで駆け抜けていく影が見えた。
「お先ィィ」
そのまま彼は中3の教室がある廊下を爆走する。オレも慌てて走り始めるが少しずつ離されていく。
そのまま、五組の少し前まで来た彼は
キィィィイイイ
という音を立てながらブレーキをかけると、止めきれなかったエネルギーを扉を開けるエネルギーに変換して、流れるように五組の教室に入っていた。
「セーーーーーーーフ!!」
「んなわけあるかボケ!!」
中からそんな会話が聞こえ、笑い声が木霊する。
「始業式ぐらいギリギリで来るな。」
「すみませんでした。・・・ただ今日はオレだけじゃなくてもう一人遅れてくるやつがいるはずです。」
「お前以外、もうみんな来てるわ。」
「え、そんな馬鹿な❗じゃあさっき見た人影は何?」
「知らん!」
オレの事だ・・・。
「嫌、でも確かに・・。」
「じゃあ朝礼始めるぞ。」
「ちょっと待ってください。もしかしたら不審者かも。」
「お前の幻に付き合ってられるか。」
「そんな・・・。」
中でも会話が続いている間に乱れた服装を整えていく。
「と、言いたいところなんだが正直一人、その幻に思い当たる人物がいる。」
「えっ?」
五組が騒然とする。よしこれで服装は大丈夫だろう
「ということで、今日からお前らのクラスメイトになる転校生、清水神也君だ。清水くん、入ってきなさい。」
これ、めちゃくちゃ格好つけてるけど、オレ居なかったら先生大恥じゃん、と思ったオレはちょっとしたいたずらを思い付いた。
「あれ・・・清水くん?」
なかなか入ってこないオレを不審に思ったのか、ドアに近付いてくる足音が聞こえる。その時オレは後ろ側のドアの前にいた。そのまま、先生が扉を引く、と同時に後ろ側の戸を引いた。
「あれ・・・清水くーん」
そして先生が廊下に出た瞬間に後ろ側のドアから教室に入る。
「え、・・・?」
そのオレの様子に気付いた生徒が声をあげそうになるが、急いで静かにするようサインを出す。あの共通の、口の前に人指し指を持っていくサインだ。
「おーい、清水君?」
廊下に出てオレを探し始める先生を片目に急いで教卓へと向かう。そして転校生が自己紹介をするであろう場所にオレはスタンバイした。
「おい!優馬!まじで誰もいないじゃねえか!!」
「始めまして、清水神也です。」
先生が、オレを探すのを諦めて廊下から教室へと帰る瞬間を見計らって、オレ自己紹介を始めた。
「えっ・・・?」
その時先生は完璧に硬直した。
「漢字は綺麗な水とかいて清水それに神様の神と漢文でよく出てくる∼也の也と書いて清水神也と読みます。」
硬直した先生を無視して自己紹介を続ける。
すると、一回周りを見渡した先生はようやく言葉を発した。
「ちょ、ちょっと待て。」
「はい、何ですか?。」
「何時からここに居るんだ?」
しかし混乱しているのか意味不明なことを聞いてきた。
「ついさっきですけど・・・。」
「そりゃ、そうか・・・、いや違う、どうやってここに来たんだ?」
「普通に先生に呼ばれたから入ってきただけですけど。」
「あぁ、そうなんだが・・・。」
的はずれな事ばかり聞いてくる先生に微妙な真実のみを選んで話す。
「先生、そろそろ自己紹介していいですか。」
「え、・・・あっ・・・うん。」
結局しどろもどろになった先生の言葉を最後に5組は笑いの渦が巻き起こった。
ただ、その時オレが注目していたのは、教師でも、優馬と言われた少年でもなく、ただ一人、しょうもなさそうに顔を窓の外に向けている少女だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ということで、今日からクラスメイトになる清水君だ。みんな仲良くしてやってくれ。」
その後、普通に自己紹介したオレはそのまま始業式に連れていかれてクラスメイトと一緒に・・・ではなく先生の横で式を受け、教室に戻り、改めて紹介させられた。
パチパチと拍手が贈られる。
「じゃあ、えっと・・・そうだな。空いてる席に座ってくれ。」
空いてる席か・・。って1つしかないじゃん。一番後ろの窓側から二番目。なかなかの好ポジションだ。
オレがその席に座ると先生が喋り始める。
「じゃあ、今日は委員会決めるぞ。さっさと決めてさっさと・・・」
どうでも良さそうな話だったので、とりあえずシャットアウトして周りを見渡す。40人学級・・・流石に今日中にクラスメイト全員の名前と顔を覚えるのは無理そうだ。まずは結構目立ちそうなやつから覚えていくことに・・・。
そんなことをを考えていた時、横の席に先程の少女が居ることに気付いた。今も少し退屈そうに・・・いや何かをこらえるように先生の話を聞いている。
なぜここまで始業式の日からつまらなさそうにしているのだろうか。少し彼女に興味が湧いたオレは、
声を掛けなかった。
無視して右隣のやつに話し掛ける。
「よう、これからよろしくな。
「ああ、こちらこそよろしく。」
「名前は?」
「・・・」
少しずつ会話を発展させていく。
「へぇー、ということは前は閉成に通ってたんだ。」
「そういうこと。まあ、まぐれで入ったようなもんだけど。」
「まぐれで入れるような学校じゃないでしょ。」
すると向こうも少しずつ警戒を解いていき、喋りかけてくるようになった。そのまま会話が続き、この学校の話題になる。
「ふーん、じゃあ優馬ってやつがこのクラスのムードメーカーなの。」
「うんそういうこと、そういうこと。本当万能なんだよ。頭めちゃくちゃいいし、運動もできる。容姿は見ての通り、しかもちょっとヤンキーっぽく見えるけど性格もいい。」
「何、そのマンガにありそうな設定の完璧超人。」
「だよねぇ。でもこれ少しも盛ってないんだよ。」
隣のやつの言葉を聞きながらシャットアウトしていた先生の言葉を拾う
「後、風紀委員だけか。・・・ほら、みんな内申点に有利だぞ。」
そろそろホームルームが終わるか、・・・、それまでにもう少しこの学校について情報を引き出したいんだけど。
「あ、そうそう、神也に一つ忠告。あんま大きな声で言えないんだけど。」
隣のやつが急に息を潜める。
「ん?」
「神也の左の人、雪村さんって言うんだけど。」
「関わらない方がいいよ。」
ヒソヒソ話してる割には、確実に隣に聞こえてる声量でそんな
ことををいい始めた。
「何で?」
オレがそう聞くと、何処か無表情になって言った。
「・・・彼女苛められてる。」
「そっか・・・。」
その言葉が合図だったかのようにみんな立ち上がった。
慌ててオレも立ち上がる。
「礼!‼。」
「ありがとうございました。」
・・・。マンガに出てくるような完璧青年と苛めてるということを隠そうとすらされないいじめられっ子。
まるで、オレの前のクラスみたいだ。