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人魚の肉  作者: 西
2/4

彼女

まだこのあたりが畑ばかりだった頃、藤篠家は一帯の地主でした。

私はそこで奉公する下女でした。

けれど藤篠家の皆様は私にとても良くしてくれて、

中でも末のお嬢様とは良い友人でした。

そしてある日、そのお嬢様と私は流行り病に罹りました。

どんな薬も効かない不治の病です。

しかし当時の当主様がどこからか万病に効くと言われる、

人魚の肉を手に入れたのです。

そんな怪しげなものに縋るしかない当主様はまずはじめに

私にその肉を分けて下さいました。

毒見の役です。

見る間に私は回復して、次にお嬢様が人魚の肉を食べた頃

私達はまた高熱をぶり返しました。

それから数日熱にうなされて、完治したのは私だけで

お嬢様は亡くなりました。

私は藤篠家を去ろうとしましたが、当主様が引き止めてくださって

これからも藤篠家の為に働こうと決意しました。

そして数週間過ぎた頃、私はある事に気付いたのです。

毎晩の夢が予知夢になっている事に。

夢に見た事が現実に起こる。

それは次の日であったり、何年も後であったり様々でしたが。

それが人魚の肉を食べた後遺症の一つです。

そしてもう一つが、有名な不老不死です。

藤篠家の皆様が年老いていく中、私だけが当時のまま。

何をしても死にませんでした。

なので今までずっと藤篠家に置いてもらっています。


なるほど予知とは。それで今日僕が来るとわかっていたのか。

藤篠家は代々、先物取引や株で財を成してきた家だ。

祖父や父は本当に未来が見えるのではないだろうかというほどの

リスクをまったく考えない投資をしていた。

経済の勉強は自分もしてきたがあんな一度損をかぶってしまえば終わる様なまねは

僕には出来ないとそう思って、

彼等には先が見える能力があるのだろうと思っていた。

そしてその能力は自分には発現しなかったのだと。

しかしそれは違った。

彼等にもそんな力は無かったのだ。

それもすべてこの人の力だったのだ。

「ならばその力で戦争や災害を回避する事は出来なかったのか」

「それは出来ません。私は所詮、見えるだけです。

見えたものを変える力は無いのです。

藤篠家の権力も今でこそ大きいですが、当時の国を動かせるほどでは・・・

鉄や火薬が必要になるから何年もかけて買い集めて置いたり、

救援物資を震災直後に送ったりが関の山です」

多くの嫌なものを見てきました。

疲れた様にその人は呟いた。

何年も前に起こる事はわかっているのに回避する事は出来ず、

夢と現実で同じものを二度見る人生、か。

「けれどそれも今日でおしまいです」

そう言ってその人は僕にがばっと抱きついてきた。

「これから先はあなたとの事しか見えないんです」

その嬉しそうな声を聞いて、僕の中のわだかまりも消えた。

「あなたが私の前に現れる事は何百年も前からわかっていました。

あなたの夢が見れた日はとても暖かかった。

そして幼いあなたがこの家の庭に現れた時、私がどんなに喜んだかわかりますか?

そしてあの別れの日も。悲しくはありました。

けれど待てばあなたは絶対に今日ここに来てくれる。

それがわかっていたから待てたんです。

私にとっての十年なんてすぐですから」

十年なんてすぐ、と言葉では言うが

どれほど待ち遠しかったかは彼女の表情でわかる。

「これから僕は君を愛するのか」

「そうです。そう、決まっているんです。明石様」

「その様はやめてくれないか、前のように呼んでくれ」

「明石君」

「それで良い」


それから僕達は彼女の言う通りになった。

僕は彼女を愛したし、彼女も僕を愛した。

おとぎ話ならここで終わり。

めでたしめでたし。

だったろう。

しかし、僕達には続きがあった。


季節が移り変わる。

「あなたの影として尽くしますと言いましたけれど、

私にはもう予知の力はほとんど残っていないんです。

最後に見たのが二年前、今日の夢でした。

これからは本当の未知。どうなるのかは私にもわからないんです。

けれどそれがとても嬉しい。

知らない未来をあなたと生きていけるのですから」

「それが人としては正しいんだ。明日なんてわからない。

だから今を楽しまなければいけない。明日死んでも良いように、今日の君と」

そんな言い訳を口にしつつ、彼女に口づける。

彼女を押し倒し、触れる太腿は湿った様に僕の掌に吸い付く様だ。

「普通の夢は見ないのか」

「あれは夢、なのか・・・。

眠っていると光が見えるんです。ゆらゆらと揺れている光。

あたりはうっすらと水色できらきらしていて、

あれは・・・そう、水に潜って上を見上げた時の輝きによく似ています。

水に透ける太陽の光・・・」


ある日部屋を訪れると彼女は切子のグラスで水を飲んでいた。

「最近よく水を飲んでいるね」

「はい。なんだか喉がよく乾くので。

今日久しぶりに予知夢を見ました。あなたが死ぬ日でした。けっこう長生きでしたよ」

「そうか僕は長くお前と一緒にいられるという事だね。

僕達に子供はいたかい?」

「それは見えませんでした。これからのお楽しみ、という事でしょうか。

あなたはどんな人と結婚してどんな家族を持っていくんでしょう」

「なぜそんな自分以外と僕が結婚している様な事を言う。

僕が相手を選ぶとするなら君しかいないだろう」

「私とあなたが結婚するなんて事はないですよ。

私には戸籍もありませんし、昔人魚の肉を食べた時に

私は人ではなくなっているんですから。子供も、もてません」

「それでも僕は」

「あなたには藤篠の家を存続させる責任があるはずです。それに、

私を一人にする気ですか。

私は自分が死ぬところがまったく想像出来ません。

きっとこれからもあなたの子を、孫を見守って生きていく。だから

あなたに先に逝かれても、私は・・耐えられるんです・・・」

彼女よりはやく僕は死ぬ。

それは不死の彼女ならば当たり前の事実。

そもそも一緒にいられる時間も限られていて、

彼女の永遠にも感じられる生からすれば本当に短い期間だけなのだ。

一緒にいられる数十年という月日は

僕と彼女では感じ方がまったく違う。

彼女は耐えられると言ったが、その言葉に嘘を感じた。

それは僕の願望だろうか。

僕が死んだら嘆き悲しんで欲しいという。

「僕が死ぬ時、どんな方法を使ってでもお前を共に連れて行こう」

「・・・本当ですか?」

「こう見えて僕は欲深いんだ。お前を手放すなんて出来ないよ」

「でも、その時は出来るだけ優しくしてくださいね」

ああと答えて、殺す真似事をしてみる。

彼女の首を僕の両手の指でしめるそぶり。

このまま力をかけてしまえばすぐにでも折れてしまいそうな

青白く細い彼女の首。

彼女は抵抗もせず、微笑みながら

自分の首にかかる僕の手の甲に指をそえる。

それはひやりと冷えていて、

「指、冷たすぎやしないか」

「なら、あなたが暖めてください」

彼女の冷えた指と自分のそれとを絡ませる。

熱は次第に移って二人の境界は曖昧になる。

彼女のきめ細かな肌を辿っていくと、

違和感があった。

違和感の正体を指で摘んで見てみると、

「魚の、鱗?」

「昼食に魚を食べましたし、それでしょうか。それより」

と彼女が僕の顔を自分の方へと引き戻す。

自分を見て、と。

それもそうだ。鱗が落ちていたからなんだというんだ。

しかし彼女の瞳の様に透き通ってきらきらした鱗の色が

違和感として僕の中に残り続けた。

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