動物園
今日は久しぶりの休日だった。普段忙しくてあまり遊んであげられない娘と一緒に動物園へやってきた。前々から約束していたので、今日は朝から「早く行こうよ」とせがまれて大変だった。
外は相変わらず、放射能と化学物質のオンパレードだったが、それに適応した私たちには何の問題もない。こんな状況になっても生き続けてきたのだから、随分しぶとい種だと感心するが、そのお陰で今の私たちがあるのだ。
何百年も昔に起きた戦争によって地球上は荒廃し、現在は殆どの生物が生きられない状況である。この動物園は、そうした生物の保護のためにもつくられた場所だった。私と娘は、その中でも絶滅危惧種を多く集めたゾーンに脚を踏み入れた。
「お父さん、あれは何?」
娘は楽しそうに指をさす。その先には、黄色と茶色のまだら模様の体毛が生えた、首の長い生物が人工的につくられた木の葉っぱを頬張っていた。
「キリンだよ」
「首なっが~い」
娘はらんらんと眼を輝かせながら、キリンを見上げる。柵から身を乗り出し、今にも中に落ちてしまいそうだ。
「おいおい、気をつけるんだぞ。落ちたら危ないからね」
しかし、そんな私の忠告は無視して、娘の好奇心は別の対象に向かった。またも柵から身を乗り出す。
「お父さん、あれは?」
娘が指差したのは、あまり体毛は生えておらず、灰色の皮膚が露になっていて鼻が長く、重量感のある動物だった。
「ゾウだよ」
「おっきいね~」
娘ははしゃいで、次々と動物を見て回っていく。ついていくのも一苦労だ。
「うわっ、お父さん、あれ何?」
娘が指差した先には、体毛は殆どないに等しいが、局所的に大量に生えている二足歩行の動物がいた。白っぽい皮膚の者もいれば、黒っぽいのもいるし、中間の黄色っぽいのもいる。他の動物たちとは違って、かなり気性が荒く、さっきから暴れ回って奇声を上げている。
娘がその様子を見て怯えた。
「お父さん、怖いよ」
私に陰に隠れるようにしてしがみつく。私を掴む手が、微かに震えている。娘を安心させようと、私は頭を撫でてやった。
「大丈夫だよ。ほら、今お仕置きをするところさ」
柵の中に調教師が入っていき、動物を鞭で叩いたり、電流の流れる銃で撃ったりして、騒ぎを手際よく収めた。
よく見ると、その動物たちの皮膚は赤く爛れていたり、黒く焦げていたり、青あざが出来ていたりと、調教の跡が生々しく残っていた。
「あれが人間だよ」
「戦争で地球をこんな風にしちゃった、あの人間?」
抱きついたまま私を見上げる娘の肩に手を置いて、私は頷いた。
「そう。恐ろしいだろ? 昔は彼らが地球を支配していたから、私たちが今支配している状況が許せないんだ。だからあんな風に暴れて、元に戻そうとしてる」
「でも、お仕置きしたからもう大丈夫でしょ?」
「いや、今は落ち着いてるけど、またすぐに暴れ出すよ。彼らは怒りですぐ痛みや恐れや過去の経験を忘れてしまうんだ」
「ふ~ん、愚かなのね」
娘の眼は蔑んだように彼らに注がれていた。暴動を鎮圧され、する事のなくなった人間の何人かが、奥の方で交尾を始めた。しかし暫くすると、また大声で何か怒鳴り始め、落ちていた木の棒を振り回した。
「何でこんな動物を助けてるの?」
「助けてるわけじゃないよ。復讐の為さ。彼らは私たちの先祖に酷い扱いをしていたらしいからね。そのお返しが、今でも続いているんだ」
「そうなんだ」
娘はしばし何か考えていたようだが、地面に落ちていた石を拾うと、柵の中に投げ込んだ。石は見事に一人の人間に命中した。当たった人間は怒り狂い、こっちに来ようとしたが、調教師にぶたれて、地面に倒れ込んだ。
その様子が可笑しくて、私と娘は一緒に笑った。私はよくやったと言って、娘の頭を撫でた。
戦争でばらまかれた核兵器や化学兵器の影響で、巨大化し優れた知能を持ったゴキブリが支配する地球で、反対に脳が萎縮してしまった人間たちは、見世物にされてただ怒りに叫び、本能に身を任せるだけだった。