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お父さんとの別れはこうでした。


 ミアとテオは魔族でした。ただ、魔族の中でも弱いといわれてきた種族でしたので、彼らの種族は既に両の手の指の数――ギリギリ二桁だったのです。

 弱い彼らは、弱いゆえにか、それとも優しすぎるその性質ゆえに弱いのか……戦うことを忌み、避け、嫌い、さけずみました。

 ミアとテオの種族はただ、固定する魔法しか使えない種族でした。この種族は、特にこれといった戦う術といった術を持っていなかったのです。

 お空から降ってきた雨粒を、雨宿りできる場所まで、落ちてこないように固定。魔獣に襲われたとき、逃げ切るまで相手の動作を停止。食材が傷みかけたら、食べるまで鮮度を固定。

 〜をするまで、という条件を前提すること、自分を拠点に半径一〜三メートル(※個人個人により異なります)でないことといった条件でないと固定できない、たいへん使い勝手が悪い魔法でありました。

 そんな魔法“のみ”しか使えず、しかも肉体的な防御力はゼロ。すぐに病にかかる、すぐに怪我をする、しかも治りが悪いといった虚弱な魔族でもありました。血の気の多い他種族の魔法を一発受けたら、気づけば冥界でしたなんて笑い話ではすまないレベルです。

 だから強い種族が多い魔族の中で、彼らはいつもいつも虐げたげられる対象でしかありませんでした。虐げられても、戦うことを良しとしない彼らに、種族の血を残していく術は、逃げる道しか残されていませんでした。

 そんな彼らは、次第に自然淘汰されていきました。ゆっくり、ゆっくりとその数を減らしていったのです。なので、気付けば両の手の指の人数しなかったのでした。

 その人数も、先日ひとり減ってしまいました。ミアとテオのお父さんです。他種族の一方的な攻撃から、ミアとテオを逃がすために、敵の魔族に固定魔法を放ったのです。

 ミアとテオは、お父さんの文字通り命を懸けた固定魔法で作られた敵の魔族の隙を見て、見事に逃げ切ることができました。

 けれどもお父さんは冥界へ旅立ってしまいました。お父さんは、敵の魔族の動きを止めるために、敵の魔族の懐へ飛び込んで固定魔法を放ったのです。お父さんは一メートルギリギリでしか固定魔法を放てなかったので、敵の魔族の近くへ行くしかなかったのです。

 また、相手に固定魔法をかけるために、相手の気を一瞬でも引き付けなくてはいけませんでした。だから、一メートル近づくところを、相手の懐へわざと飛び込んだのです――敵の魔族より放たれた、激しい炎と雷のまじった魔法に真っ向から飛び込んで。

 放った魔法に真っ向から飛び込まれた敵の魔族は、一瞬とはいえ虚を突かれました。きょとんとしてしまったのです。お父さんの決死の捨て身の行動は無駄にはならなったのです。

 敵の魔族がきょとんとした一瞬、お父さんは敵の魔族の間近で固定魔法を放ちました――条件は、敵の魔族の視界から娘と息子がいなくなるまで。

 ミアとテオは泣きながら逃げ、すぐに視界から消えました。つまり、固定魔法は時間切れです。時間切れになったら、固定されたままでも状況を把握していた敵の魔族が、一気にお父さんに魔法を叩き込みました。

 邪魔をされたので、敵の魔族の血は一気に沸騰し、怒髪天でした。怒気と殺気を思い切り魔法へ詰め込みました。

 お父さんの固定魔法は、肉体的な動きを止めるだけで、思考までは固定していませんでしたので、敵の魔族にとっては耐え難い屈辱を味わっていたのです。

 倒したい相手が逃げていく、しかも格下の相手の機転で。今まで経験したどの戦いも、戦況は“一方的にいたぶる”だけしか経験してきていないからこそ、初めて経験した“格下からの抗い”は、敵の魔族にとってかなりの屈辱だったのでしょうか。

 お父さんは、ところどころ火傷を負いながら、冥界へと旅だったのです。

 お父さんに思い切り鬱憤をぶつけた敵の魔族は、すっきりしない顔でどこかへと去りました。

 ――ミアとテオは、その一連の戦いを隠れてみていました。あまりにもひどい状況に、泣き叫びかけたテオは口をミアに塞がれつつも、ふたりはお父さんの最期を見てしまいました。

 それから、ミアとテオはじっと時間をかけて耐えました……あの敵の魔族がまた来るとも限らないからです。

 そして日が沈んで、夜が来て、また日が沈んで、また夜が来て、ようやくミアはお父さんの遺体を動かしたのです。テオはずっと泣きじゃくっていたので、ひとりで固定魔法を動かしました。

 まず固定したのは、お父さんのからだでした。条件は、土に埋めるまで。お父さんのからだが腐るのを防ぐため、固定したのです。

 そして、次に泣きじゃくっている弟を「いつまでも泣くな」と、自分が泣きたいのを我慢して叱咤して、固定魔法を使わせました。固定魔法は、同時にいくつも放ったりかけたりできないので、テオが使うしかなかったのです。

 テオは涙を流し、口を引き結び、嗚咽を時々漏らしながら、固定魔法を展開しました。

 固定する対象は、ミアとテオのまわりで吹き付けてくる強い北風です。


「お父さんを、はこんで!」


 テオは、喉に込み上げてくる嗚咽を噛み殺し、叫びました。


「きたかぜ、こていーっ!!」


 固定魔法は、固定したい気持ちを込めて叫びながら行使すると、その効果をはねあげさせることができます。

 普段なら二メートル少ししか固定できないけれど、いまのテオはお父さんへの気持ちがたいへん多く詰め込められていました。


「ちかくで、シウルのおはながさくところまで……っ」


 テオの固定魔法の条件は、この辺りでシウルの花が咲く場所まで、でした。

 風は、想いの強い魔力を込められたとき、その思いだけ強くなるといわれています。テオのお父さんへの気持ちが込められた風は、ぶわっと巻き上がり、お父さんのからだを包み、少し離れた場所の木々の間までお父さんを運びました。

 五、六メートル先に、木々に囲まれ周囲から隠れるように、小さな白い花がさくちょっとした花畑があったのです。

 シウルの花は、通称魔力嫌いの花と呼ばれています。花の周囲の魔力を弾く習性があり、微力程度なら弾きませんが、強い強い魔力なら、花の周囲への侵入を拒むのです。

 ミアとテオの種族は、魔力もまた微力な魔族でしたので、いくら想いで強めた風でも、拒まれることはありません。だって、ミアとテオはここに隠れていたのですから。

 この場所なら、あの強い敵の魔族なら拒まれるでしょう。

 だから、ふたりはお父さんをここに埋めることにしたのです。誰にも眠りを阻まれないための場所を、お父さんに捧げることにしたのでした――……奇しくも、姉弟から父への最初で最後のプレゼントでした。

 そして、時を置かずに、冥界で魔神さまがぷっつんキレた頃でもありました。


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