神さまが引きこもってしまいました。
――その世界は魔神さまによって維持されておりました。支配、でもなく統治、でもなく維持、です。
その世界にはひとつの大きな大陸と、小さな島々の集まりがありました。
大陸には、魔力を持ち魔法を使う種族の魔族が住んでおりました。
小さな島々は大陸から見て、太陽が昇る方角の海に数多浮かび、群島と呼ばれていました。大小様々の群島は、魔法とは異なる不可思議な力を持ち、妖という種族が住んでおりました。
彼らは、とくに信心深い種族ではありませんでした。魔神さまという存在も、この世界を保つにはいなくてはならないお偉いさん、そんな認識でした。
魔神さまは死んだり、家出したりすると、この世界は世界の形を保てなくなり、崩壊して、無くなってしまいます。ですから、魔神さまは維持をするのです。
また、世界は彼ら二つの種族がそれぞれの土地で国や街を作り、それぞれが治めておりました。ですから、魔神さまが統治も支配もしなくてよいのでした。
魔神さまは、そこにいるだけで「世界の維持」ができました。ただ存在しているだけです。走っていても、寝ていても、食べていても、悪戯をしてみても、ぼーっとしても、ただ世界に存在しているだけで、世界は維持されていくのです。
なので、生まれた当初は真面目だった魔神さまも、次第にプー太郎になりました。皆さんはプー太郎になってはいけませんよ。けれども、別にすることがなく、ただ存在するだけの仕事なら、ひねくれてしまうのも仕方ないかもしれません。
やがて、魔神さまは、だらだらできる時間を何よりも愛する性格になってしまっていました。
でも、魔神さまが動かざるを得ず、その動くときには――「俺っちめぇんどくさいぃー」とぼやきながら、頭をポリポリとかきながらも――のっそりとですが、一応動いておりました。
魔神さまが動かざるを得ない状況、それは調停でした。二字熟語で示すとなんだかすごくすごそうに、たいへんそうに思えます。
神さまの調停なんて、まるで神話のなかで神さまが悪さをしたひとたちに裁きを下し、神罰でも与えちゃうような雰囲気です。
が、実際はただの喧嘩の仲裁です。
繰り返します、け・ん・か、のち・ゅ・う・さ・いです。ただ、種族間という言葉が頭に冠された小さな喧嘩でした。
最初は、小さな規模の喧嘩でした。魔神さまがちょちょいと、最低限の小さな動きでおさめてしまえる喧嘩でした。魔神さまが、直接降臨して『ほらほら、おまいらやめやめ』といえばだいたいおさまる規模でした。
魔神さまは出不精で面倒くさがり屋さんだったので、すごく、とっても、動きたくなかったのでした。魔神さまはどこまでも、どこまでもプー太郎でした。
そんな喧嘩も、徐々に小さな規模ではおさまらなくなっていきました。徐々に、長い長い時間をかけて。
喧嘩の理由やきっかけは、最初はとても些細な、とても馬鹿馬鹿しいものでした。けれども、憎しみや恨み辛みといったものは次第に増していきました。塵も積もれば何とやら、そういったものが、長い長い時間がかかったからこそ、歪みとして出てきたのです。
その些細な歪みが、小さな規模だったはずの種族間の喧嘩という火に油を注ぎ、一気に爆発させたのでした。一度爆発したものは、なかなか静まるところを見せませんでした。
そうして大きくなってしまっても、魔神さまはぶつぶつと愚痴りながらも解決していました。この頃、魔神さまは鬱憤がかなり蓄積していました。
それ以降、喧嘩は毎回毎回大きく膨れ上がっていきました。魔神さまの仲裁にかける時間とちからも、比例して大きくなっていきました。同時にストレスもたまっていきました。神さまだって、ストレスは感じるし、たまるのです。
そしてついに、喧嘩が起きる、魔神さまが仲裁する、規模が大きくなって再度喧嘩が起きる、魔神さまが仲裁する――そんなサイクルが当たり前になってしまったときでした。
魔神さまが、きれてしまいました。ぷっつんです。『俺っち、もう調停疲れたよ。やーめんぴ!』と、おうちに引きこもってしまいました。いつまでたっても喧嘩と仲直り(強制)のサイクルを続けていく彼らに匙を投げたのです。やってられるかコンチキショー(超訳)なわけです。
魔神さまのおうちは、冥界でした。あの世です、死んで土に還った肉体から離れた魂の逝き着く先です。あろうことか、魔神さまは引きこもるにあたり、おうちのドアを閉めてしまいました。おうちのドアとはつまり、冥界の入り口です。
冥界の入り口を閉じちゃったらどうなりますか? 答えは簡単です。魂が逝き場をなくしちゃうわけです。
なら、逝き場をなくしちゃった魂はどうなりますか? 答えは簡単です。土に還った肉体に逆戻りです。
土に還った肉体に魂が逆戻りし、再度魂が宿った肉体は、どうなりますか? 答えは簡単ではありません。
逝き場をなくし再度肉体に逆戻り=つまり黄泉帰りという新しい現象が起きました。
――結果。
「……………」
死した肉体が意思を持って動く現象が発生しました。埋葬された墓場の土の下から、そういった黄泉帰りの肉体たちが出てきたのです。
ほら、今もそこの墓場の土が、手が生えてきました。