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「そうと決まったところで、早速、お前達に仕事を与える。内容はとある村の偵察なのだが、メンバーはお前達二人と、ガルシアの三人で向かってもらおうと考えておる」
「父も一緒に、ですか?」私は言い訳を考えて反論する。「主力人物が国から離ては危険です。偵察程度でしたら、私達で十分だと思うのですが……」
しばらく考え込んでから、殿下は何度か頷いて口を開いた。
「そう言うのであれば、ガルシアを残そう。しかし、細心の注意を払うのだぞ。耳に入った情報によると、その村はユルゲンと関係を持っているようなのでな……」
「ユルゲンと、ですか?」
「ええ、そこからはわたくしめが説明いたしましょう」
シモンが口を挟んだ。
「そこはベクの村で、我がドミンゴ国から南東へ五十キロ程度行った場所にあります。ヨエルさん達には馬で向かってもらいますが、多少離れた場所を拠点としてください。ベクの村にはユルゲンの輸送用大型馬車が出入りしていて、あまり近過ぎては怪しまれる一方です。村自体にユルゲン兵は居ないという事ですので、相手の馬車に近付かなければ大丈夫でしょう。少々危険が伴う任務ですが、もしかしたらユルゲンの機密情報を手に入れられるかもしれません」
「という事だ」殿下はヨエルの右肩に手を置いた。「城の裏にはもう二頭の馬が待機しておる。無理せず、必ず生きて帰って来るのだぞ。ヨエルまで死んでしまっては、わしが耐えられんしのう……」
「冗談はお止めください、殿下。それでは行って参ります」
ヨエルがそう言い、私達はクレイグ大公殿下に一礼し、城の裏口から外へ出る。
私は墓地へ寄って槍を引き抜いてから向かう。殿下が仰られた通り二頭の馬が用意され、私とヨエルは馬に跨り、手綱を引いてドミンゴを出発した。
夕暮れの赤い光に照らされながら、私達は果てしなく続く長い道のりを進んだ。しばらくは無言であったが、私は前を向いて沈みゆく太陽の陽を浴びながらヨエルに質問を投げかけた。
「ヨエル、お前に霊感があるならば、どうしてドミンゴ墓地や死んだ時に私の気配に気付かなかった?」
それが私の疑問だった。あの時、ヨエルが振り向いたのは私が実体化してからであった。足音で振り向いたのもあるが、霊が見えるほど強い霊感なら私の気配に気付くはずなのだが……。
「感じたさ、もちろん」私の左隣からヨエルが低く、落ち着いた口調で続ける。「視線もあったし、何かの気配もあった。けれど、それまで俺は霊なんか見た事もないし、その時はただ誰かに見られているっていう感覚だけだった。だから気にも留めなかった。……本当は心底驚いたんだ。アリウスが見えた時、また共に戦えるって。でも嬉しいよ。こうして側に居られてさ。お前が生身じゃなくても、俺の側に居てくれるだけで」
「そう、か……」
私は“ありがとう”という言葉を飲み込んだ。無理だ。言うタイミングが分からない。
それに私は悟っていたのだ。私の死が原因で彼の心が深く傷付いている事を。共に居るとはいえ、彼はまだ私が死んだ事を受け入れられていない。その状態でありがとうと言われても、困惑するばかりだ。
――私に非がある事は当然だ。騎士が戦場で命を落とすのは名誉な事であるが、私は死ぬ間際まで自分の事だけを考えていた。契の神殿に居たファビオの言っていた通りだ。殿下のため、殿下のためと言っていても、結局は他人の思いなんて考えない自己中心的な人間だった。
正直言えば、私はヨエルの事を本気で考えたためしがない。彼はこれほどまでに私を思っていてくれているのに、私は一体何を考えているのだ? 私は――私はこれまで、何のために生きていたのだろう。
「どうした、アリウス? そんな難しい顔して……」
「え? いや、何でもない……」
私はヨエルの前に出て馬を走らせる。
何なんだ、この気持ちは。悲しさと怒りが混じり合って、自分自身でも理解できない感情が湧き起こる。それと同時に過去の記憶も蘇る。ドミンゴ兵になった時や、ヨエルと出会った時。
今思えば、私の思い出にはヨエルが必ず登場する。親との思い出なんて欠片もない。これから私は何を守ればいい? 親か、国か、それとも――。