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死神の涙は美しい  作者: 宮崎ソウ
第一章――お前に、会いに来た
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1-5

 私は心を押し殺してこの場を立ち去ろうとした。


「お待ちください、アリウス様」


 ジゼラが私を呼び止める。


「死神になると、全てが心で願う事で実現できます。現世での実体化……つまり、仮の肉体を作る事が可能ですし、ここに帰って来る場合も願えば入り口が開きます。現世へ向かう時も同様です。呼び止めて申し訳ありません。それでは……」


 彼は一礼して王の下に戻って行く。

 頭の中が整理できていない私は、緩く円を描いた長い階段を上って二階へ行き、ただ並ぶ石柱の隅に座ってぼうっと考えにふける。

 今頃、ヨエルは何をしているのだろうか。まさか、私の亡骸を担いで国に戻ったのか? あの性格ならやりかねないだろうに。ああ、槍も置いて来てしまった。殿下はどんな思いで私の亡骸を見ているのだろう……できれば殿下の悲痛な顔は見たくない。

 どうすればいいのだ、今の私は。結局、あの場の雰囲気に耐え切れずに引き受けてしまった。ヨエルの魂を持って帰って来なければ私が消滅してしまう。でも――。


「おや、新人かい? それもとびきりの大物じゃないか」


 座り込む私の隣に、同じドミンゴの竜騎士の格好をした青年が立っていた。

 ドミンゴの竜騎士の制服は赤と決まり、それは何十年も前から受け継がれている由緒あるものだと言われている。まさか彼も?


「現世へ行くたびに君の名前を耳にするんだよ。黄金色の竜がどうしたってね。……ああ、まだ名乗ってなかったね。僕はファビオ。もう肉体が朽ちてから二十年も経つ。生きていれば五十近い……でも、一度でも君と共に戦場へ行きたかったね。面白いだろうに」


 目を見開いたまま私は固まってしまった。一度たりとも彼の名前を忘れた事などない。

 彼こそはドミンゴ国内で世紀の大天才と謳われた竜騎士であり、私が竜騎士を目指すきっかけを作ってくれた人物である。

 しかし、私が四歳の頃、彼は二十八という若さであまりにも早く人生に幕を下ろした。死因は確か、二十歳の時に患った心臓病だったと聞く。やはりどんなに天才であろうとも、蝕む病には勝てないという事か。世の中は残酷でいつも溢れている。


「答えたくなければ無視して結構だが、どうして最強と名高い君がここに来たんだい?」


「それは……」私は口ごもった。一息置いて、岩のように重くなった口をこじ開ける。「しくじった。ユルゲン領の東にある密林にて、私は死んだ。それも敵が撤退している途中だった。相手の部隊長を殺めて警戒が緩んだ私の背中から、ユルゲン兵が私の心臓を突き刺した。そこで私は、今回のドミンゴ部隊を率いていた隊長を務めた戦友に見守られながら息を引き取った。戦友が私の死体の前で崩れ落ちる様は……瞼の裏に焼き付いてしまって、目を閉じるたびにそれが見える。しかも、私が受けた任務はその戦友を殺せと言うのだ。私はどうしたらいいのか分からなくて……」


 頭を抱えて悩む私を、無造作に伸びきった黒髪の間から覗く彼の青い瞳が悲しそうに見つめていた。落ち込む私を宥めるヨエルの瞳と似ている。

 私は……お前がいなければこんなにも脆い。ただの落ちこぼれだ。


「もし僕が君だったら……」ファビオは柔らかい笑顔を浮かべた。「僕はとにかくその戦友に会いに行くよ。頭が混乱している時こそ、本人に会った方がいいと思うんだ。君は死に際に何て言った?」


「私は死ぬから、殿下に勝利の報告を、と……」


「そんなんじゃ駄目だ!」突然彼が声を荒げた。私は驚いてびくっと体が震える。「君は自分の事しか考えていない。最期の言葉がそれでは、戦友は君の死を吹っ切れないだろう。例えどんな状況であろうと、自分の最期を看取ってくれた人には感謝を述べなければならない。本当ならそんな事はできない。でも、死神だからこそできる。できる事はやるべきだ。さあ、早く謝っておいで。戦友と会う事で、君の混乱は徐々に落ち着くだろうから。君と会った戦友は混乱するだろうけど、そこは君次第だ」


 立ち上がった私の背中を彼が押す。何故かヨエルと会うには気が引けるが、私は渋々現世への入り口を開いた。

 そこはドミンゴの広大な墓地。私は意を決して現世へ踏み込んだ。


 あの時と変わらぬ静かで冷たい雨が降り続いていたが、雨は私をすり抜けていく。何だか私を無視しているみたいで、もうここに存在しないと実感できた時だった。

 私は一人、十字架の墓石の前に立ち尽くすヨエルの背後に近付いた。そっと覗くと、そこには私の名が刻まれていて、置いて来た槍が雨に濡れた墓石の後ろに寂しげに刺さっている。

 どうやら彼は予想した通り、私の遺体をここに連れ帰って、すぐに埋葬したらしい。墓石に名前を刻むのだってそれなりの時間を要するだろうし、私がここに来るまでかなりの時間が経過していたようだ。


 ヨエルは堅く口をつぐんで、沢山の花束が手向けられた私の墓石をただ見つめていた。綺麗な茶髪も雨でびしょ濡れになってしまって、いつもなら風邪を引くぞと言ってやれた。けれど、今のままでは私の言葉は絶対に彼の耳に届かない。

 私はこの状況を何とかしようと思い、実体化するように心で念じた。

 すると、いきなり体が重く感じて足元がよろめいた。久々に重力を感じる。そのよろめいた時に水が跳ねて音が立ち、ヨエルは何かと後ろを振り向いた。その時の顔と言ったら……目をこれでもかと丸くして、口をぱくぱくさせている。私はそれがおかしくて仕方がなくて、思わず笑い声を上げてしまった。


「アリウス……何で……!」


 実体化した私の髪の毛も水を含んで重たく垂れ下がる。私は慣れない笑顔を見せて言った。


「お前に、会いに来た」


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