五里霧中
或る処で離骸といふ者が王に出会つた。
目が合つた刻は大変驚ゐたが何といふことはない。
離骸は目が良かつた。唯、目前に立するのみで
姿形は城から毎日見降ろしているのと変わりない。
王は疲れた様子であつたがしかし離骸も疲れてゐた
何しろ毎朝五里ばかり入つた処の水場に
水を汲みに行かねばならなかつた。
話してみるに、成程、王の云わんとする事は分かる
其の城の中で汚ひ欲望が潮流を全身に流し込むので
あろうことは想像に難くない。王として生まれた
ならば運命だったのだろうと彼も実は分かってゐた
筆者にしてみれば両者共に大変であろうと
情はふつふつと思い湧く。
一方王は人の人に生まれしばかりに起こる事であり
一方離骸も同じく、五里も遠くの水場へ行かねば
ならぬことは他者が近所の河川を使ってゐる故で
これも同義である。確かに似ている。
しかし筆者には、この二者の間に広がる
幅約五里ほどの地獄の淵が見えた気がするのである
五里霧中/終